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波紋  作者: 叶 こうえ
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3

 その約束は叶えられることはなかった。

 翌日、千夏は学校を休んだ。彼女だけでなく、航も欠席だった。

 今日は二学期最終日だ。終業式とホームルームを終えたらすぐに下校となった。

 担任が「よいお年を!」と言って教室を出ていく。耕太はあわてて彼の後を追い、呼び止めた。

「ん? なんだ三上か」

 担任が立ち止まって耕太を振り返る。心なしか、いつもより機嫌が良さそうだ。冬休みが嬉しいのは先生も生徒も一緒なのかもしれない。

「先生、千夏が休んだ理由知ってる?」

 単刀直入に聞くと、担任はすんなり答えてくれた。

「体調不良だよ。親御さんから電話があった」

 ――体調不良。

 昨日はあんなに元気そうだったのに。急に心配になった。それに、休むことを直接、耕太に教えてくれなかったことも気にかかる。いつもならメールで連絡が来るのに――耕太と千夏の主な連絡手段はPHSのメールだった。

「千夏の成績表、俺が預かるよ。家近いし、すぐ渡せる」

 そうすれば、千夏に会いに行く口実ができる。

「あー有難い申し出なんだけどダメなんだわ。成績表って個人情報に当たるからほかの生徒に預けられないのよ。面倒だけど郵送するよ」

 担任はちょっと残念そうに苦笑した。

「それにしても、笠石の成績表だけ預かるってのがなあ……日野とは本当に仲が悪いのか?」

「本当に悪いよ」

 航の家は、千夏の家から三百メートル以内の場所にあるし、耕太の家からでも八百メートル以内と近距離にある。それでも学校以外で顔を合わせたいとは思わない。極力かかわらないようにしたいのだ。

「ご近所なんだから仲良く――っていうのもアレか」

 担任が困ったようにボサボサの頭を掻いた。

「お前が正解だな。関わらないほうが無難だ」

 急に担任の顔から愛想がなくなり、冷静な表情になる。

「え?」

「日野は前の学校で問題を起こしたんだ。だからここに編入してきた」

「え、それってどんな――」

 気になる。気になりすぎる。

 だが担任は、首を横に振って歩き出した。それ以上の追求を拒絶するように、彼は職員室に入り、ドアをぴしゃりと閉めた。

 学校を出るときに、PHSで「体調悪いの? 大丈夫?」と千夏にメールを打ち、急いで杉崎村に戻る。帰宅した時点で千夏から返信がなかったら、彼女の家に直接行くことにする。航も学校を休んでいることが気になった。偶然なのかもしれないが、いやな胸騒ぎがした。

 帰り道の途中。杉崎村の入り口で、小学校時代の知り合いに会った。彼は三歳年上で、耕太が小一のとき、ペアとなっていろいろ世話を焼いてくれるお兄さん的存在だった。

 彼は郵便局員になっていた。ポストの後ろ側から郵便物を取り出し、黒い鞄に詰めているところだった。気が付かないふりをして通り過ぎようとしたが、考え直した。ポストに横付けされている郵便車の前で、耕太は自転車を止めた。

 彼の名前は忘れてしまっていた。耕太は愛想笑いを浮かべて、挨拶した。

「こんにちは。お久しぶりです」

 車に乗り込もうとした男が、こちらを見て「おお!」と嬉しそうに声を上げる。

「あー名前忘れたけど、顔は覚えてる! 何回かちびったよな、学校で!」

 こっちが忘れていた恥ずかしいことを、彼はしっかり覚えていた。

「三上です。三上耕太」

「ああそうだったな、三上。お前の母ちゃんとはよく話すよ。本屋で働いてるだろ? 耕太も元気そうだな。高一? だよな」

「はい。あの、先輩は杉崎村の日野さんって知ってます?」

 郵便局員はもしかしたら情報通かもしれない。住民の住所を熟知しているし、郵便物、宅配便を扱っているのだから。

 守秘義務はあるのだろうが、目の前の郵便局員は口が軽そうに見えた。チャラい恰好はしていないが、顔つきに締りがなく真面目な感じがしない。

「日野さん? ああ、さっき荷物届けてきたよ。手紙も。あそこの家、よく通販してるよな。こっちまでくる割合、めちゃ増えたし」

 やっぱりよく喋ってくれる。あともう一押し、とばかりに、耕太は問うた。

「隣町にいたときに、なんか、航がやらかしたそうなんだけど、内容知ってます?」

「へえ、そうなん? 知らなかったけど」 

 とぼけているわけではなさそうだ。先輩は好奇心が湧いたような目で耕太を見る。

「まあ、こんな過疎った村に、祖父さんと孫で越してくるんだもんな。なにかあって当たり前か」

 納得したように彼が頷く。まずい、よけいな話題を提供したのかもしれない、と耕太は自分の口の軽さを後悔した。

「でも、あの爺ちゃん、ほんと気前が良いよな。荷物届けただけでチップだって千円くれたんだぜ」

 耕太は頷くだけの反応しか返せなかった。

 ――そうか。こうやって周りを懐柔しているのか。

「お前の母ちゃんとも仲良いみたいじゃん。さっき爺ちゃんちに総菜たくさん持ってきてたぞ。大根の煮物、うまそうだったなあ」

 耕太がすぐに反応できずにいると、なおも先輩が続ける。

「日野さんのことが知りたいなら、明日、鎌田さんに聞きゃいいよ。明日は鎌田さんが配達するから。あ、鎌田さんってのは、俺と同じ局の配達員のことね。俺よりずっと年上で、前は薄幸町の局にいたからさ」



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