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その約束は叶えられることはなかった。
翌日、千夏は学校を休んだ。彼女だけでなく、航も欠席だった。
今日は二学期最終日だ。終業式とホームルームを終えたらすぐに下校となった。
担任が「よいお年を!」と言って教室を出ていく。耕太はあわてて彼の後を追い、呼び止めた。
「ん? なんだ三上か」
担任が立ち止まって耕太を振り返る。心なしか、いつもより機嫌が良さそうだ。冬休みが嬉しいのは先生も生徒も一緒なのかもしれない。
「先生、千夏が休んだ理由知ってる?」
単刀直入に聞くと、担任はすんなり答えてくれた。
「体調不良だよ。親御さんから電話があった」
――体調不良。
昨日はあんなに元気そうだったのに。急に心配になった。それに、休むことを直接、耕太に教えてくれなかったことも気にかかる。いつもならメールで連絡が来るのに――耕太と千夏の主な連絡手段はPHSのメールだった。
「千夏の成績表、俺が預かるよ。家近いし、すぐ渡せる」
そうすれば、千夏に会いに行く口実ができる。
「あー有難い申し出なんだけどダメなんだわ。成績表って個人情報に当たるからほかの生徒に預けられないのよ。面倒だけど郵送するよ」
担任はちょっと残念そうに苦笑した。
「それにしても、笠石の成績表だけ預かるってのがなあ……日野とは本当に仲が悪いのか?」
「本当に悪いよ」
航の家は、千夏の家から三百メートル以内の場所にあるし、耕太の家からでも八百メートル以内と近距離にある。それでも学校以外で顔を合わせたいとは思わない。極力かかわらないようにしたいのだ。
「ご近所なんだから仲良く――っていうのもアレか」
担任が困ったようにボサボサの頭を掻いた。
「お前が正解だな。関わらないほうが無難だ」
急に担任の顔から愛想がなくなり、冷静な表情になる。
「え?」
「日野は前の学校で問題を起こしたんだ。だからここに編入してきた」
「え、それってどんな――」
気になる。気になりすぎる。
だが担任は、首を横に振って歩き出した。それ以上の追求を拒絶するように、彼は職員室に入り、ドアをぴしゃりと閉めた。
学校を出るときに、PHSで「体調悪いの? 大丈夫?」と千夏にメールを打ち、急いで杉崎村に戻る。帰宅した時点で千夏から返信がなかったら、彼女の家に直接行くことにする。航も学校を休んでいることが気になった。偶然なのかもしれないが、いやな胸騒ぎがした。
帰り道の途中。杉崎村の入り口で、小学校時代の知り合いに会った。彼は三歳年上で、耕太が小一のとき、ペアとなっていろいろ世話を焼いてくれるお兄さん的存在だった。
彼は郵便局員になっていた。ポストの後ろ側から郵便物を取り出し、黒い鞄に詰めているところだった。気が付かないふりをして通り過ぎようとしたが、考え直した。ポストに横付けされている郵便車の前で、耕太は自転車を止めた。
彼の名前は忘れてしまっていた。耕太は愛想笑いを浮かべて、挨拶した。
「こんにちは。お久しぶりです」
車に乗り込もうとした男が、こちらを見て「おお!」と嬉しそうに声を上げる。
「あー名前忘れたけど、顔は覚えてる! 何回かちびったよな、学校で!」
こっちが忘れていた恥ずかしいことを、彼はしっかり覚えていた。
「三上です。三上耕太」
「ああそうだったな、三上。お前の母ちゃんとはよく話すよ。本屋で働いてるだろ? 耕太も元気そうだな。高一? だよな」
「はい。あの、先輩は杉崎村の日野さんって知ってます?」
郵便局員はもしかしたら情報通かもしれない。住民の住所を熟知しているし、郵便物、宅配便を扱っているのだから。
守秘義務はあるのだろうが、目の前の郵便局員は口が軽そうに見えた。チャラい恰好はしていないが、顔つきに締りがなく真面目な感じがしない。
「日野さん? ああ、さっき荷物届けてきたよ。手紙も。あそこの家、よく通販してるよな。こっちまでくる割合、めちゃ増えたし」
やっぱりよく喋ってくれる。あともう一押し、とばかりに、耕太は問うた。
「隣町にいたときに、なんか、航がやらかしたそうなんだけど、内容知ってます?」
「へえ、そうなん? 知らなかったけど」
とぼけているわけではなさそうだ。先輩は好奇心が湧いたような目で耕太を見る。
「まあ、こんな過疎った村に、祖父さんと孫で越してくるんだもんな。なにかあって当たり前か」
納得したように彼が頷く。まずい、よけいな話題を提供したのかもしれない、と耕太は自分の口の軽さを後悔した。
「でも、あの爺ちゃん、ほんと気前が良いよな。荷物届けただけでチップだって千円くれたんだぜ」
耕太は頷くだけの反応しか返せなかった。
――そうか。こうやって周りを懐柔しているのか。
「お前の母ちゃんとも仲良いみたいじゃん。さっき爺ちゃんちに総菜たくさん持ってきてたぞ。大根の煮物、うまそうだったなあ」
耕太がすぐに反応できずにいると、なおも先輩が続ける。
「日野さんのことが知りたいなら、明日、鎌田さんに聞きゃいいよ。明日は鎌田さんが配達するから。あ、鎌田さんってのは、俺と同じ局の配達員のことね。俺よりずっと年上で、前は薄幸町の局にいたからさ」