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郵便局員の鎌田を、熊田と表記している箇所がありました。気づいた場所は訂正しました。
その夜、布団に入ってからだいぶ時間が経っているのに、全然眠気が訪れなかった。当たり前だ、と思う。こんな気持ちのままで気持ちよく眠れるわけがない。
「耕太、寝た?」
廊下の方から母の囁き声が聞こえた。耕太は答えずに目を閉じた。母の足音が遠ざかるのを耳にしながら、枕元に置いてあったphsを手に取り時間を確認する。深夜三時。いつもならとっくに眠っている時間だった。
寝返りを繰り返していると、外から車のエンジンの音が聞こえてきた。急に騒がしくなる。車は一台だけではなさそうだ。
ガタン、と重い戸を引きずる音がしたと思ったら、パチンと電気を点ける音がした。
耕太は布団から体を起こした。部屋の障子はしっかり閉まっていたが、穴がいくつも開いているせいで廊下から光が漏れてくる。天井や壁に水玉模様が浮かぶ。隣の部屋から人の話し声が聞こえてきたので、壁に耳を当てた。
(じゃあ私の家だけじゃないのね、リフォームしたの……)
(そうなのよ。私も騙されて……)
(それも大事な話だけど……)
(とりあえず、年が明けたら弁護士を……)
途切れ途切れだが、会話の内容は聞き取れた。
男の声も女の声もある。どうも、リフォーム詐欺の話をしているようだ。両親が皆を集めて、話し合いの場を設けたのだろう。こんな夜中に。
(ところで村長は……)
(あの人はもう村長辞めるっていってる……面倒みたいよ、話し合いが……)
(まあ八十路だし……)
(チカの様子はどうだ?)
(ふさぎこんでて……練習にも身が入っていない……)
そこまで聞いて、耕太は首をかしげる。今たしかに、「練習」と聞こえた。
――ふさぎこんでいるのは分かるけど、練習って何だ?
(冬休み中にどうにかしないと……)
(そうだな。コウタも怪しんでる。ずっと会わせないわけには……)
(血を薄めてきたっていうのに、なんで……)
――え? 何だ? ちをうすめて?
耕太の頭に疑問符が浮かんだ。
今ここで、隣の部屋の襖を開け、「どういうことだ」と問いただしたとして、彼らは真実を教えてくれるのだろうか。
耕太は首を振った。教えてくれないだろう。予感というより確信だ。
耕太はそっと布団から転がり出た。鴨居に引っ掛けてあるコートを取り羽織る。
静かに畳の上を歩いて、細心の注意を払って障子を開ける。廊下の電気は点いていないが、隣の部屋の襖から細い光が漏れている。
耕太は足音を消して玄関に向かい、ゆっくり引き戸を開けた。
だいぶ真相に近づいてきました。




