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三人とも晴れない顔で街に着き、食事と買い物を済ませて寄り道もせずに村に戻った。家に着いたときには夕刻で、辺りは暗くなっていた。
耕太は一度玄関に入った。父と母が先に靴を脱いだのを確認してから、素早く外に出た。すぐ近くに止めてあるロードバイクのスタンドを蹴り、電灯を点け、サドルに尻を着けると同時に漕ぎだした。千夏の家に向かう。
――なんでこんなにムキになってる?
自問しながら自転車を漕ぎ続ける。途中、ぬかるんだ場所に車輪が食い込みバランスを崩しながらも、なんとか千夏の家まで辿り着いた。
すりガラスの引き戸をバンバンと拳で叩く。
「千夏! いるんだろ!」
なりふり構っていられない。今すぐ会えないと、不安で頭が破裂しそうだ。
――そうだ俺、不安なんだ。怖い。
千夏が自分の前からいなくなりそうで怖いのだ。顔をひと目見られれば、きっと落ち着ける。
応えはない。もう一度、ドアに向かって千夏を呼ぶ。ドアを叩く。
すると、「耕太くん」と、ドアの向こうから声がした。男の声だった。
「おじさん、千夏に合わせてよ。一秒でもいいから」
千夏の父親も温和で優しい人だ。平日は街の会社に勤めているサラリーマンで、話す内容も表情も理知的だった。いつだって冷静な対応をしてくれる。
「駄目だって言ってるだろう? まだ千夏は誰とも会える状態じゃない」
「俺、もう知ってるんだ。千夏に何があったか。それで、会いたくて」
「知っていても駄目だ。そういう問題じゃないんだ」
「じゃあどういう問題なんだよっ!」
ちゃんとわかるように説明してほしかった。不安が増していく。
引き戸がいきなり開いた。千夏の父親が立っている。
「ほとぼりが冷めるまで放っておいてくれ」
鬱陶しそうに視線を投げられる。耕太の苛立ちが膨れ上がった。
「なんだよそれ。ほとぼりって。みんな変だ。千夏は航に襲われそうになったんだろ? ふつう警察に通報したりするんじゃないの? それなのになんだよ、ほとぼりって」
怒りで鼓動が早くなり、こめかみがビリビリと痺れ、両手の指先が燃えるように熱くなった。
「耕太くん、落ち着いてくれ」
千夏の父親が慌てて駆け寄ってくる。宥めるように耕太の肩を撫でた。
「ごめんな。言い方が悪かった。千夏のことは、ちゃんと考えてるよ。今回あったことは、学校に報告してる。警察に届けるかは、うちと学校と航の家の三者で話し合って決めることになったんだ」
穏やかな声で説明され、耕太も少し落ち着いた。だが、会いたい気持ちは変わらない。
「千夏に会わせてください」
「それは駄目だ。本人が会いたがっていない」
「嘘だ」
耕太は千夏の父親に体当たりして、玄関に踏み込んだ。
「千夏!」
天井に向かって呼びかける。二階に千夏の部屋があった。
「うるさいわよ! 静かにしてっ!」
上の方からヒステリックな叫び声が聞こえた。千夏の声ではない。
その声に気を取られていると、いきなり強い力で腕を掴まれた。
「お願いだから静かにしてくれ。うちの者を刺激するな」
怒りのためだろうか、千夏の父親の声が震えていた。瞬きもせずに、じっと耕太の目を見た。
「千夏は今、気持ちが不安定なんだ。誰とも接触しないで、穏やかに過ごさせてやりたいんだよ。耕太くん、君もだよ。心穏やかでいてくれ――難しいかもしれないけど、努力するんだ」
子供の機嫌を取るような、噛んで含めるような口調で言い、千夏の父親は耕太を玄関から突き出した。




