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月舘のおじさんたちと別れたあと、相坂家と秋村家にも足を運んだが、あいにく留守だった。今日は土曜日だ。街に買い出しに行っているのかもしれない。
耕太は一度自分の家に帰った。ちょうど昼時だし、歩き続けて疲れていた。
ただいまあ、と言いながら耕太は玄関のドアを引いた。すると、目の前の三和土に父と母が立っていた。母は軽く化粧を施し、父は禿げを隠すためのキャップを被っている。
「どっか行くの?」
「どっかって……街に決まってるでしょ。土曜日なんだから。あんたも行くのよ。昼ご飯はあっちで食べるから」
両親に押される形になって、耕太は外に出た。
「俺は残るよ。千夏んちに行き――」
話しの途中で、母が「ダメ」と声を上げた。
「――まだ会わない方が良いわよ。千夏ちゃんとは」
声を荒げたことを恥じるような、バツの悪い顔をしたあと、母は哀れみの表情で耕太を見た。
「そのうち会えるから、辛抱強く待ってなさい」
小さい子を宥めるように言われ、耕太の額はカッと熱くなる。
「なんでっ? 会えない理由を教えろよ!」
どいつもこいつも秘密ばっかりだ。杉崎村は、村民同士の結束が強くてアットホームなコミュニティだと思っていた。でも違う。外面だけだ。大事なことはお互いに秘密にしていて、両親は詐欺に合ったことも言い出せない。恥ずかしい。格好悪い。見栄を張り合うだけの関係なのだ。
顔を強張らせた両親は、無言で耕太を見ていた。沈黙が数秒続いたあと、父が「落ち着けよ」と、耕太の肩を叩いた。
耕太は後部席に乗ってすぐ、前に座る両親を問い詰めた。
「千夏は航に襲われたんだろ? それで航が火傷したんだろ?」
とにかく真相が知りたくてまくし立てた。自分だけが蚊帳の外にされているという焦燥に駆られていた。
「耕太、落ち着きなさい」
落ち着いた声で父に返される。彼はよほどのことがない限り声を荒げない。耕太が小さいころから変わらない。
母が観念したようにため息をついた。
「そうよ。千夏ちゃんはレイプされそうになった。でも未遂で終わったのよ。だから落ち着いて」
母が振り返り、笑って見せた。
「じゃあ何で会えないんだよ」
耕太が噛みつくと、母が少し沈黙したあと、「そんな簡単に割り切れるものじゃないのよ」と返してくる。
「未遂でも、心が傷ついたり、フラッシュバックを起こしたり色々あるでしょ。――千夏ちゃんの気持ちが落ち着くまで待っててあげなさいよ」
母の口調が窘めるそれになる。
耕太は反論できなかった。母の言い分は間違っていない。自分が、人の気持ちを慮ることができない、せっかちな人間に思えてくる。でも、と思う。
――それでも俺たちは、一緒にいて一番安心できる存在だったじゃないか。
辛いこと、悲しいこと、腹立たしいことがあったとき、いつもそばで過ごしてきた。慰めあったり、共感しあったりして、諸々のことを乗り越えてきたのだ。
――でも、こんなのは感情論だ。
耕太は言い返すのをやめ、窓の外を見た。昨日の雨で、まだ柔らかさが残る茶色い地面と、冬の畑。今にも倒れそうな電信柱、弛んだ電線――寂れた村の景色に、気分が重くなる。
早くここを出ていきたい――そんな気持ちが強くなる。
車中で耕太は、日野の爺さんの黒い噂を両親に伝えた。隣町でリフォーム詐欺をしていたのがバレて杉崎村に来たこと、リフォーム詐欺の詳細、月舘家にもリフォームを勧めていたことを。
だが、両親の反応は芳しいものではなかった。
「まさか、そんな……」とつぶやいて絶句。怒り心頭になることも、ショックで青ざめることもない。両親は困惑の表情を浮かべるだけだった。これからどうするか指針を示すこともしない。
「とにかく、村の人に相談してみるしかないな」
お茶を濁すように父が言い、日野の爺さんの話題を〆た。




