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U-CC  作者: 椥桁
プロローグ
3/3

一周年記念大会決勝戦

 決勝戦が始まる三〇分前にはもう、競技場のように広い円形の戦場は観客で隙間なく囲まれ、ざわめきで満ちていた。

 ただしその大半が、会場を盛り上げるためのNPCであった。


 U-CCのプレイ人口はまだ少なく、これだけの人数は集められない。

 その原因として、筐体の価格が以上に高く、設置に必要なスペースが広すぎるうえに、アカウント登録には身分証明が必要で、プレイ中は視界が塞がれ謎の機械に全身を拘束されるという高すぎる敷居があった。


 それらの理由によって、U-CCは最先端ゲームとして注目はされながらも、実際にその世界を体験している者は少なかった。

 もっとも、今この場に集まるプレイヤー達には外の世界のことなど関係も興味も無いのだけれど。


 決勝戦の開始まで残り一分を切ると、無機質だった競技場が荒野に書き換わっていく。

 空中に数字が浮かび上がり、カウントダウンが始まった。

 決勝まで勝ち進んだ二人の名と、その強さを知らしめるレベルが、数を減らしていく数字の両隣に並んで表示される。


 片方は“Thor Lv.999”。

 反対側には“aaa Lv.1”。


 このたった数文字だけで会場は大いに盛り上がった。

 誰もが認める玄人。対、謎多き素人。


 U-CCでは相手を倒すと経験値が貯まり、経験値が貯まるとレベルが上がる。

 反対に、負ければ経験値は減り、経験値が減ればレベルは下がるシステムになっている。

 U-CCの設定上、どれだけ勝ってもレベルは九九九を超えず、どれだけ負けてもレベルは一以下にはならない。


 およそ一年でレベルが上限に達したということは、無駄な時間を作らずほぼ全ての戦いに勝利してきた証であり。対するレベル一は、大会以前はずっと負け越していたか、登録したばかりの初心者の、どちらかであるといえた。


 大会の試合では特殊ルールによりレベルが変動しない。

 決勝まで勝ち続けたaaaにとっては勿体ない話だった。これだけの数の猛者を倒せばどれほどレベルが上ったことだろう。

 ちなみにThorは大会に参加した時点でレベルは上限値の九九九だったので、もし特殊ルールが適応されていなかったらそれはそれで勿体なかった。


 そんな二人の姿が、戦場である荒野の中心に現れる。

 お互い右手で握手を交わすと、逆方向へ歩き出し、距離を取った。


 両者共、随分と小柄なキャラクターだった。一部の観客の心を覗けば「決勝戦には不釣り合いなほど背が低い」と読めることだろう。

 U-CCはプレイヤーの体格がそのままキャラクターの体格になる。

 この、中学一年生のまま成長が止まってしまったような身の丈で勝ち続けてきたことが、頂点を争う二人の共通点だった。


 背丈が似ていれば戦闘スタイルも似ているのか、というとそういうわけでもなく。同じ身長であることを忘れさせてしまうくらいにそれ以外はてんでバラバラな二人だった。


 鎧でがっしり身を固めているのが、この大会中、対戦相手を全て一撃で倒してきた圧倒的な強さを見せる優勝候補。皆からは「ソア」と呼ばれるThor。

 地面と水平に背負う周囲が目を惹く片刃の大剣は、持ち主の体よりも大きく、相手を鎧ごとぶった斬るU-CCに一本しか存在しない武器――カファルジドマ・ミラ・デネブカイトス――通称、剛剣ケトゥス。

 ソアは所定の位置に着くと剛剣を構えた。


 一方、装備の制限がなく、体が動く限りいくらでも持ち込みが許されるこの大会で、防具には到底なりえない世界観を無視したパーカーにカーゴパンツのみという装備のうえ、棒立ちのまま武器も持たず、最弱だと思われ続け誰にも注目されないでこの大舞台に残った、最大級の下克上を起こし得る可能性を秘めた人物、aaa。何も考えずに名付けたであろうそれを、誰かが「ナナシ」と読んだ。


 カウントダウンが、決勝戦まであと一〇秒だと知らせる。

 その両隣に並ぶ名前の下に、横長の円柱が現れた。一〇〇から〇まで、一〇ずつの目盛りで区切られた円柱には%の単位が付いている。

 キャラクターの体力を示すゲージであり、これが〇になった方が負けとなる。


 カウントダウンが進むに連れて、ゲージの中身が増えていく。

 両者の体力ゲージが一〇〇まで溜まったと同時に、カウントダウンが〇になる。

 今度は一八〇〇秒を数えるカウントダウンが始まった。

 試合開始を告げる鐘の音が鳴り響く。


 一目散にソアがナナシの元へ駆け出した。

 ACを通じて、プレイヤーは装備の重さを実際に感じている。

 小さな体には大きすぎる大剣の重みでその切っ先はゆらゆらと振れながらも、力強く真っ直ぐ前に進むさまは、まるで海の中を優雅に泳ぐ生き物のようだった。

 そしてその剛剣を、ナナシ目掛けて薙ぎ払う。


 鯨の潮吹きの如く豪快に舞った砂埃が、高く高く上っていき、二人の体力ゲージをも隠した。

 普段のソアならばこれで試合終了だった。

 結果が気になり息を飲む観客で会場は驚くほど静かになる。

 砂の霧が上の方からゆっくり晴れていく。


 ナナシの体力は、一パーセントだけ残っていた。

 つまり、まだ勝負は決まっていない。

 ソアが真横に振るったはずの大剣は斜めに傾き、地面を抉っていた。


 状況を理解した会場が大喝采で包まれる。

 ソアのファンからもナナシへの賞賛が聞こえてくるほどだった。


 装備が自由なU-CCでは、武器を防具としても使用可能である。

 いつの間にかナナシの手にある小さなナイフに、皸が増えていき、砕けるエフェクトと共に粒子になって消えた。

 ダメージが溜まり耐久値を超えた装備は、壊れて対戦終了まで使えなくなる。


 U-CCのダメージ計算はとてもシンプルだ。攻撃力から防御力を引いた数字がダメージとなりプレイヤーの体力ゲージが減少し、攻撃力の値がそのまま装備の耐久値を削る。

 ただし、相手の防御力が自分の攻撃力を上回っていても必ず一パーセントのダメージが与えられる、最低ダメージが設定されている。


 また装備の耐久値がなくなって破壊されたときの攻撃のみ、“戦神の御加護”が発動してキャラクターへのダメージが無効になる。が、ソアの攻撃はその設定を貫通してキャラクターにダメージを与える。

 故に剛剣。故に全ての対戦相手を一撃で倒してきた。


 それを、ナナシは耐えた。

 これには流石のソアも驚愕し手が止まった。

 先にナナシが動く。


 すぐにソアは思考を切り替え剣を引き抜いた勢いのまま振り上げるも、ナナシには跳んで避けられる。着地する前にソアが剣を振り下ろす。

  再び会場は砂煙に包まれた。


 誰もが目を逸らさず見守る中、徐々に体力ゲージが見えてくる。

 数値は変わらずだった。

その下で、大剣は刃の中間まで地面に深く突き刺さり、ナナシがそれの背を踏み付けていた。

 歓声が湧く。

 今度は剛剣を無傷で耐えてみせた。


 ナナシの反撃が始まる。

 大剣の背を歩いてソアに近付いてくる。一歩ごとに更に大剣が地に埋まっていく。


 刺さった剣を握ったままだと、ACのシリンダーに腕部分を固定されてしまい全く動けないソアは、渋々愛剣の柄から手を離した。ACのシリンダーの固定から開放され、一気に自由が戻る。

 大剣を押すように反動を付けて後ずさった。


 さっきまでソアの首があった位置には、ナナシが握るナイフの刃が光を反射して煌めいていた。

今さっき、剛剣を防いだものとは別物、だけれど、それと同じ型のナイフ。フルーティー・ナイフという名称で威力、刃渡り、価格、全てにおいてU-CC内最低値を誇るナイフだった。

 それをパーカーの内側に隠し持っていたらしい。


 本来なら二刀流だっただろうものの、一本は開始早々ソアが折ってしまった。

 それでも挫けずナナシは攻める。

 一方、逃げるソアは二度の攻撃を防がれ、今は剣を手放し、精神的に追い詰められているようだった。

 堅牢な鎧の重さが拍車を掛け、じりじりとナナシの振るナイフとの距離が縮まっていく。


 無傷で勝利したいという譲れないプライドがあるのか、ソアはナナシの攻撃を全て避けていた。鎧に当たったところで最弱武器では大きなダメージは与えられないし、破壊すらできないのは誰もがわかりきっているのに。

 もうすでに、ソアの体はふらふらと大きく揺れて危なっかしい。


 ソアが今まで一撃で勝負を決めていたのはこれが理由でもあった。

 重装備ではスタミナが保たない。体が小さければ尚更である。

 おまけに超短期戦しか経験してないソアには、初撃後の戦闘の組み立て方がわからない。

 最初の攻撃をなんとかやり過ごしたナナシの勝つ確率は、格段に跳ね上がっていた。


 遂には二人の距離が零になり、ソアの首元にナイフが突き刺さる――直前にナナシが足を滑らせ派手に転んだ。

 ここでナイフを奪いナナシに突き刺せばソアの勝利だったものを、自分の剣でとどめを刺したい意地でもあるのだろう、ソアは自分の剣の元へ一目散に駆けた。

 その足元を見れば、穿ったような大小深浅の窪みがいくつも地面に空いている。逃げるソアが疲労した素振りでカムフラージュしながら、ナナシを嵌めようと地道に穴を掘っていたのだ。


 飛び込むように、ソアが愛剣の柄に手を伸ばす。速度を緩めず全体重を掛けて、すれ違いざまに引き抜いた。

 恐ろしいほどすぐに追い付いたナナシが右手を突き出し、ソアはその右手ごとナイフを叩き切ろうと剛剣を振り下ろす。


 もう砂埃は上がらない。剛剣の速度も威力も明らかに落ちている。

 ソアの体力ゲージが四パーセント減った。


 確かにナナシが右手に持っていたはずのナイフは消え、左手に持ち変わっていた。

 大剣でソウの死角になった鎧の僅かな隙間に、ナイフの刃先が的確に突き刺ささっている。


 手品のようだった。

 ACの操作に馴れれば細かい作業も不可能ではないけれど、流石に限度というものがある。これは信じられない技術だった。

 またもや湧いた大歓声で会場が震えた。

 今、初めて、剛剣を持つソアが傷を負うところを皆が目にした。


 すかさず剛剣が横に振られる。

 既にナナシはナイフを引き抜いて後ろに跳んだあとだった。

 ソアが剛剣を振り終わりその重さの反動で動作が鈍くなったところを見計らって、ナナシが一気に踏み込んでくる。


 傷付けられても強者。ソアの切り返しも充分に速い。重力、遠心力、慣性を完全に再現するACに刃向かい、反対方向に剛剣を引っ張った。

 ナナシの位置は剛剣の射程圏内。全速力で突っ込んできているから体制的に後ろへの回避は無理、跳べば剛剣の切り上げ、しゃがめば振り下ろし、横は薙ぎ払われる。王手が掛かった。


 次に攻撃が当たると確実に負けるナナシは全力以上の力で地面を、ACを蹴った。剛剣の刃と同じ向きにひたすら駆ける。

 悪夢のような数秒間、更に加速し、剛剣の振られる速度を超え、紙一重で攻撃をすり抜けた。


 ブレーキ代わりにソアの鎧の隙間にナイフを突き刺し、引き抜き、その場で一回転することで、完全に速度を殺す。

 もう一度、隙間にナイフを差し込み、抜くときの力を利用して後ろに大きく跳び退った。


 一瞬前までナナシの頭があった場所を、剛剣が空振る。

 剛剣を振り終わったソアの体がごくわずか硬直した隙に、ナナシは大きく踏み込んでソアの懐に入り込んだ。


 対象が近すぎて思うように剛剣が振れないソアに、容赦なくナナシのナイフが襲い掛かる。

 ソアはもう防御に徹するしかなかった。


 数十手に一回、ソアの体にナイフが刺さる。

 距離を取とろうとしても身軽なナナシにすぐ詰められる。

 手が出せないまま、時間の経過に比例してソアの体力ゲージは削られていった。


 ナナシの攻撃は止まらない。

 ソアも防戦一方の状態から抜け出せない。


 残り六〇〇秒

 ソアの残り体力ゲージは五八。

 ナナシの残り体力ゲージは一。


 ここからソアの体力ゲージが減少するスピードが二倍に上がった。

 いつの間にかナナシの両手にフルーティー・ナイフが握られていた。これもパーカーの内側に隠していたようだった。


 U-CC登録時、所持金としてゲーム内通貨が千円分受け取れる。

 現状、所持金を増やす方法はU-CC内で相手に勝利し報酬を得るか、所持品を売却するしかない。

 ナナシのレベルは一であり、それはまだ報酬を得られる勝利をしておらず、売却できるような所持品を持っていないことを意味する。

 大会の試合ではレベルはもちろんのこと、所持金も変動しない。


 ナナシの防具であるパーカーとカーゴパンツが合わせて五百円、武器のフルーティー・ナイフが一本百円、そうして計算するとあと二本ナイフを隠し持っていてもおかしくはなかった。


 U-CCでの武器の装備には制限がなく、指と指の間に挟んで握っていても、口で咥えていても有効になる。

 ナナシの戦い方はそれを最大限に活かしていた。動作のバリエーションが豊富で、予測できない攻撃を繰り返し仕掛けてくる。


 ソアは溜まってきた疲労が限界に近いのか、剛剣を度々自身の鎧にぶつけてしまい、その耐久度を削っていった。


 残り三〇〇秒。

 ソアの体力が三〇パーセントを切った。


 ソアが剛剣を体に引き寄せ、その場で右回りに回転し続ける。重量のある剛剣が遠心力によって徐々に持ち上がり地面と水平になる。

 大事を取ったナナシが充分に離れたことを確認して、ソウは回転を止めた。

 剛剣で自分の体をひたすらに叩き始める。


 呆気に取られたナナシは、その行動に見入って動かない。

 ソアの装備が次々と砕かれていく。

 鎧の重量分の圧力を掛けていたACから解放され、ソアの体は軽くなった。

 自傷行為でも当然体力ゲージは減少してしまうのだが、ソアの場合は、装備だけを的確に狙うことで自身へのダメージを最小限に抑えていた。


 装備を壊し終わったソアは身なりを整える。

 鎧の下から現れたのは、純白な布地が返り血を浴びたような紅に染まる斑模様の袴姿だった。

 もちろん兜もなくなったのだけど、その中は毛量の多い赤い髪に赤い鬼の面で隠されており、ファンたちがソアの素顔を拝むことは叶わなかった。


 これらの装備の防御力は、金属製の鎧に比べ大分劣る。

 しかし、圧倒的に軽い。


 剛剣を一刀目の倍を超える速度で振り始める。

 舞い上がる砂煙も自らの剛剣で斬り払っていく。


 全て演技だった。

 ふらふらと剣を自身にぶつけていたのも、その後に鎧を手早く破壊するため。

 防御するのみで攻撃できなかったのも、少しでも体を休めスタミナを回復するため。


 晴れた砂塵の隙間からナイフの刃先が光を反射し、遅れてナナシが姿を見せる。

 ソアが剛剣を盾代わりに体の方へ引き寄せると、ナナシはぶつかる直前で体を捻り強く地面を蹴って横からもう片方のナイフで斬り付けた。

 ソアはこれを避けずに受け止め、すぐさま剛剣を振り上げる。

 ナナシの予想よりも遥かに速い反撃、直撃は免れない。


 砂埃がナナシの身体を包む。

 奇跡的に剛剣は当たらなかった。

 もともと小柄なソアの体は、鎧を外したことで更に軽くなり、剛剣の重さに軸足が引っ張られ、位置が下がってしまっていた。

 すぐにそのずれを計算に入れた上で剛剣を振り直す。

 大剣に引っ張られながら奇抜な動きで獲物を狙う姿は、気が狂った鬼のようだった。


 僅かな隙を探してナナシがナイフで突き刺す真似をする。

 その手にナイフはない。

 薙ぎ払われる剛剣を跳んで避け、ソアの肩に手を掛けて更に跳ねる。

 上を見上げたソアが会場の照明で目を眩ました隙に、ナナシは空中で先程投げていたナイフを掴んだ。


 重力にまかせてソアの背中を斬り付け、伏せるように着地することで追撃を躱し、すぐさまナイフを上に投げる。

 落ちてくるナイフを斬り落とそうとソアが反射的に剛剣を突き上げるが、実際に投げられていたものはただの石ころでソアの攻撃は空振りに終わり、ナナシはそのまま斬りかかった。


 まるで鳥を操るかのように武器を扱う。

 これこそがナナシの本領だった。

 ただ乱舞するだけではなく、手品師のように相手の目を欺き翻弄させる。


 またナイフが放り投げられた。

 ナナシは、剛剣を扱うためにどっしりと大きく開かれたソアの股下をくぐり抜け、背後に立つ。

 その背に突き立てようと、落ちてくるナイフに指を伸ばす。

 直前、剛剣に巻き込まれ、ナイフは空中で破壊されてしまった。


 フードの下で口元が苦しそうに歪んだ気がした。

 頭の上には振り切った剛剣。

 構わず、その腕にもう一方のナイフを突き刺した。

 最弱の武器ではこれだけ攻撃を当てていてもまだまだ最強の体力を削り切れない。


 ソアは剛剣を握り直し、再度振るう。

 避けるナナシを執拗に追う。

 ナナシの動きを真似て、ナイフを扱うような感覚で大剣を振り回す。その姿はとにかく異常であり、寿命を前借りして動いていると言われれば納得してしまうほど鬼気迫っていた。


 僅かな綻びを探されてナイフを突き刺してくるけれど、刃先が触れる前に全てを阻む。

 ソアの扱う剛剣はナナシのナイフを振る速度を上回っている。

 まさに剛剣。

 鎧を着けていた間の亀のごとき鈍さは仮の姿であり、白と赤の袴に身を包む今の兎のごとき素早さこそが真の姿だった。


 もう誰も、手出しできない。

 ソアの残り体力は一三。ナナシの体力は一。

 焦ってしまったナナシは無茶苦茶な攻めに入る。

 全身の筋肉を最大限に動かし、反射神経、瞬発力、勘だけで無理矢理距離を詰めていく。


 両者とも既に疲労困憊だった。先に集中力を切らした方が負ける。

 ナナシはとにかく攻撃を当てることに夢中で、腕を手を指を伸ばしすぎていた。

 ソアが軌道を読み、投げられていたナイフが拾われる前に剛剣で叩く。


 虚しい金属音と共に、三本目のナイフも粉砕された。

 その音で我に返ったナナシは急いで後退する。

 砕け散るナイフの欠片の影になってしまい、ソアはナナシの動きに反応できず、二人の距離は剛剣四本分ほど開く。


 残り時間が五秒を切った。

 ナナシは何もしてこない。まだ隠し持っているであろうナイフも取り出さない。


 二人とも急停止と急加速を繰り返す連続で筋肉がもう言うことを聞かなくなっていた。

 ソアは杖代わりに剣を地面に突き刺し、全身の体重を預けている。

 息を吸うのも苦しそうだった。

 一度止まってしまった以上、再び体を動かすのは拷問よりも苦痛であるに違いない。


 盤面は揺るがない。武器も三つ破壊した。全力を出し切った。

 きっと。

 それで妥協してしまった。

 集中力を欠いてしまった。


 残り三秒。

 ナナシが小瓶を取り出した。少し色の付いた透明な液体が中で揺れている。

 ソアはそれが何か知らなかった。知る機会がなかった。


 残り二秒。

 ナナシが小瓶の蓋を開ける。

 その行為が切っ掛けで、走馬灯のごとくU-CC内でのあらゆる出来事がソアの脳内に蘇り、一つに結ばれて、ある仮設が浮かび上がる。


 それはこの会場にいる誰もがソアより早く気付いていたけれど、信じることができなかった。

 そんなことをすればナナシの最後の数分間の行動は全て無駄になる、あるわけがないと思った。そんな手があったのならばただ逃げ回るだけでよかったのだ。あんな命懸けの攻防はする必要なかった。


 しかしソアは全ての可能性を排除すべく、剣を引き抜き全力で駆け出す。その耳に、U-CCではない現実の音、ACの各関節部分が悲鳴をあげるよううな軋む音が届いた。


 一秒。

 ナナシが小瓶の中の液体を自身の体に振り掛ける。

 ソアが驚異的な信念で距離を埋め、剛剣を薙ぎ払う。


 〇秒。

 ナナシの体力ゲージが上昇していく。

 剛剣がナナシの体を通り抜ける。

 試合終了の合図を告げる鐘が鳴り響いた。


 U-CC一周年記念大会終了。


 Thor、残り体力十三パーセント。

 aaa、残り体力、二十一パーセント。


 U-CC一周年記念大会、優勝者はaaa。


 起こり得ないと思われた出来事に一瞬だけ静かになった会場から、過去最大級の盛大な歓声が湧き上がる。その場にいないモニター越しの人達の声まで聞こえた気がした。


 優勝者のaaaには、大会参加者全員分の経験値、オーダーメイド装備が作れるほどのU-CC内通貨、生涯U-CC無料利用権が贈与された。

 一だったレベルが上限の九九九まで上がりストップする。

 今回の大型アップデートが適用されてレベルの上限が解放。レベルは一〇〇〇を超えた。

 ナナシは最弱のレベルと最短のプレイ時間で、一気に誰もが認めるU-CC内最強となった。


 今回ナナシが優勝したことで、レベルの差・プレイ時間の差を、己の技術・実力で乗り越えられると証明された。

 もちろん、レベルを抜きに見てもソアの実力はトップクラスだったのだけれど、その事実が眩むほど、無名の選手が優勝したという結果が与えた影響は大きかった。


 インターネット上に違法アップロードされたこの決勝戦の映像をきっかけに、U-CCのプレイヤーは爆発的に増加する。


 しかし、ソアとナナシは決勝戦以後U-CCにログインすることはなく完全に行方を晦まし、その姿を見た者は誰一人としていなかった。

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