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U-CC  作者: 椥桁
プロローグ
2/3

ver.in

 少年の体が浮遊感に包まれていく。

 これは錯覚などではなく、実際に少年の体を鎧のように包むACごと、空中に浮いていた。

 それを支えるのは地面からACの背面へと伸びる一本の太いパイプ。U-CCのプレイ中は常にこの状態が維持されるため、足が地に着くことはない。


 兜の内側が淡く光り出す。

 少年の目に、黒い背景に浮かぶU-CCのタイトル文字が映った。


 この兜の内側には両目をすっぽり覆えるほどの大きさのゴーグルが内蔵されており、超高精細ディスプレイを搭載したこのゴーグルは人間の二つの目に合わせて左右で分かれ、両目の視差から計算された角度の異なる映像を左右のディスプレイにそれぞれを映し出すことで 、遠近感のある立体的で現実的な映像を見ることができるようになっている。


 更にこのゴーグルは、超高精細ディスプレイの表面に極薄透過ディスプレイが複数枚重ねられた多層式ディスプレイになっていて、手前に見える映像を前面側、奥に見える映像を背面側に映し出すことによって、わずかであるが眼が水晶体の調節を行うために、通常の立体視映像以上に立体感が得られ、乗り物酔い軽減の効果もある。


 そして、ゴーグル内に二点・兜内に三点設置された計五点の小型カメラが、プレイヤーの表情をリアルタイムでゲーム内のキャラクターに反映させることで、他のプレイヤーとも現実世界と変わらないコミュニケーションが取れると共に、戦闘での心理的な駆け引きも可能にしている。

 当然、口元にはマイクも備え付けられている。


 少年の目に映るタイトル文字の下に、円盤状の操作画面が現れ、上半分には[おかえりなさい。防具を自動で装備しますか?]と書かれた文が、下半分の左側には青色で[はい]右側には[いいえ]の選択肢が並んでいた。


 少年は迷いなく[はい]のパネルを押そうと、ACに指先まで包まれた腕を持ち上げる。

 すると、その腕の動きをAC内部のセンサーが感知してゲーム内へ伝達し、キャラクターが寸分違わぬ動きをして[はい]のパネルが押された。


 このようにACに付随するセンサーによって、プレイヤーの動きとゲーム内での動きは完全に一致するようになっている。


[防具の装着を開始します]という表示の後、プレイヤーの体に負担が掛からぬように足から順にゆっくりと、空中に浮かび上がった鎧が金属音を鳴らしながら装着されていく。

 装備品が増えるに連れて、少年は自分の体に重みが増すのを実感する。

 ACが少しずつ、少年の体を締め付けて下に引っ張っているのだった。

 ゲーム用に設定された軽い素材の鎧とはいえ、キャラクターの体を隙間なく覆う装備品は全て合わせて一〇キログラム以上の重さがある。

 その重量分だけACが縮小してプレイヤーの体にぶら下がり、負荷を与える。


[防具の装着が完了しました]の表示の後[それでは、ご武運をお祈り致します。]という字幕が浮かびあがった。

 少年は目を瞑る。それがU-CCを始めるときの習慣になっていた。

 小さな音が鳴り始める。どんどん大きくなるにつれて、その音が街中の喧騒に似ていることがわかる。

 他のプレイヤー同士の話し合う声。靴と地面の擦れる音。小鳥のさえずり。球形を模すこの部屋の壁面六二点に設置された超指向性スピーカーから聞こえる音は、聴覚だけで現実とゲームの境界を曖昧にした。

 音に立体感が生まれる。音だけで周囲の情景が

 兜の内側で少年の頬が緩む。きっとこの瞬間が好きなのだろう。


 少年は目を閉じたまま意識を集中させ、様々な会話に耳を傾ける。どれも他愛のない話で少年に有益な情報はなかったけれど、誰もが楽しそうなことは充分伝わってきた。

 同じように、表れた足音がどこへ消えていくのか、その人の動きを想像する。

 さえずる小鳥がどこに留まっているかを予測する。

 ほんの数十秒、それだけで少年の中の現実と虚構は入れ替わった。


 いつまでも街中で立ち止まったままでは他のプレイヤーに迷惑が掛かってしまうので、少年は仕方なく目を開ける。

 世界に色が足されていく。

 石を積み重ねた建物に、土を踏み固めただけの剥き出しの地面。街並みだけを見れば灰色や茶色だらけで地味以外の感想は出てこないだろう。

 それを覆すのが、個性豊かで色取り取りな鎧を身に纏う、大勢のプレイヤー達だった。

 このプレイヤー達のおかげで、U-CC内には途切れることなく、世界観を壊しかねないほどの活気が満ち溢れている。


 とりわけ今日は大会の決勝戦が行われる日ということもあってか、生で試合を見たいとするプレイヤー達でいつも以上に賑わっていた。

 もちろん少年もその内の一人であるため、試合会場の方へと歩きだす。

 一歩、一歩、と進むごとに地面の感触が確かに少年の体へ伝わった。


 床から伸びる一本の支柱によってしっかりとACは空中に固定されたいるので、その足が床に届くことは決してない。

 それでも地面を踏む感覚が得られるのは、ゲーム内で足が地に着いている間のみACの足裏部分に仕組まれたシリンダーから上方向への力が加わり、足が地から離れるとACの足裏部分に加わっていた力が解除されるためである。そしてまた地に足を着ければ再びACの足裏部分から上方向へと力が加わる。

 この作用により、実際の体は空中に浮いていても、U-CC内では地面を蹴る感覚を得ることができる。


 このシリンダーはACの各関節部にも合わせて仕掛けられている。

 ゲーム内で障害物があればその固さに応じてシリンダーが空気圧で制御され、ACを通じて現実のプレイヤーの体の動きを阻害する。障害物がなくなればシリンダー内の空気圧は開放され、自由にACを動かせるようになる。


 つまり、現実のプレイヤーの動作は、ACの各センサーを通してゲーム内のキャラクターの動作に反映される。ゲーム内のキャラクターが受けた負荷や障害に関しては、制御・制限されたACを通して現実のプレイヤーが受け持つことになる。


 当然、プレイヤーが怪我をするほどには負荷が掛からないようACは設計されている。

 たとえゲーム内のキャラクターが骨折や切断などの重症を負っても、実際のプレイヤーが大怪我をすることはないので、心配することなく全力でU-CCの戦闘を楽しむことができるのである。


 少年は駆け出す。

 地面を蹴り、着地するたびに、鎧の重さを加算した負荷がその足に体全体に掛かる。

 それでも少年は満面の笑みを兜の内側に浮かべていた。


 現実世界では体感しきれないものが、この世界にはありふれていた。

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