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小学校からの帰り道。いや、正確には寄り道を、黒いランドセルを背負った少年は胸を弾ませて走っていた。
行き先はこの町にひとつだけあるゲームセンター。
その店に設置されている《U-CC》と呼ばれるゲームにて、本日、稼働一周年記念を称した大会の決勝戦が行われるのだ。
体感型対戦格闘ゲーム《U-CC》は、“一応”全国のゲームセンターに設置され、ネットワークにも繋がっているため、遠く離れた店舗にいるプレイヤーとも対戦ができる。ただし、その筐体の大きさと価格が通常のアーケードゲームとは桁違いなため設置できない店舗の方が多い。
少年は目的のゲームセンターに到着すると、真っ先にU-CCのフロアへと向かった。
「おねえちゃん! U-CC!」
U-CCフロアの入口にある受付に向かって少年は言った。次いで名刺サイズのカードを差し出す。このカードには少年のU-CC関連の情報が全て記録されている。言わば身分証明証である。
「こらっ。学校から直接来ちゃダメって、いつも言ってるでしょ?」
おねえちゃんと呼ばれた受付の女性は怒りつつ呆れながらも、差し出されたカードをカードリーダーで読み取り、しっかり受付としての仕事をする。その後、自分の財布を開くとU-CCのプレイ料金をレジに入れ、ネームプレート付きの鍵を取り出した。
ネームプレートには“3”と書かれている。
「ごめんなさい! 次からは気をつけるから! 早くそれ貸して!」
少年は形だけの謝罪をし、受付の女性が持つ鍵に手を伸ばす。
「ん。今日はやけにせっかちだねえ」
女性が鍵とカードを手渡す。
「今日は決勝戦だからね!」
少年は満面の笑みで言った。
「どうせネットとかでも見れるでしょ? わざわざ――」
「おねえちゃんアイドルのライブとかよく行くよね」
「はい、行きます。生で、リアルタイムで見たいから」
「ほら!」
「くうー……、こんな子供に論破されるなんて。……あっ、でも決勝戦の始まる時間って七時からじゃなかった?」
「うん、そうだよ」
「まだ五時前じゃない」
「いいの! 早めに入っときたいの!」
「うーん、私のお金だからあんまり良くないんだけどなー……。ま、いいわ」
受付の女性は覚悟を決めたようにそう言うと、再び財布からU-CCの料金をレジに入れて、“4”のネームプレートが付いた鍵を取り出した。
「おねえちゃん、決勝戦見に行くの?」
「うん。もしかしたら凄くカッコイイ人が出るかもしれないし」
「準決勝だと二人とも顔隠れてたよ」
「いーの。たしか片方の人は鎧壊しちゃうくらい強いんでしょ?」
「兜破壊しちゃったら顔面ごと吹き飛んじゃうよ……」
「だったら観客席の中から探すわ。あ、ちょっと待ってて」
受付の女性は電話の受話器を取り、内線に掛ける。
「……すみません。気分が優れないので早退します……。U-CCコーナーの受付に代わりの者の手配をお願いします……」
それだけ言うと電話相手の返事を聞かずに受話器を置いた。
「さ、行くわよ」
受付だった女性は歩き出す。一緒に少年も付いていく。
「悪い大人だ……」
「大人の世界は嘘だらけなのよ。他の人にはこのこと黙っててね」
「えー」
少年の顔からは、今すぐにでも言いふらしたい、といった思考が読み取れる。
「ランドセル背負ったままゲーセンに来たこと、学校には内緒にしておいてあげるから」
「……はーい」
渋々、少年は納得する。
大きく“3”と番号が表記された扉の前で、少年は立ち止まった。
「それじゃあ私はあっちだから」
「うん」
女性はそのまま隣の扉の方へと歩いて行った。
扉の番号が表記されているすぐ横の鍵穴に、少年はさっき受け取った鍵を差し込み、回し、引き抜く。すると、扉は中心よりやや上部分で上下に少しだけ開き、隙間からはカードリーダーと手の平より少し大きいサイズの台座が姿を現した。これこそがこの扉の本当の錠であった。
U-CCのプレイ中は無防備になるため、セキュリティは非常に厳重になっている。
少年はカードを通したあと、隣の台座に右手を置いた。
数秒後、錠が解かれた扉はカードリーダーと静脈認証機を飲み込み、上下に大きく開き少年をその部屋の中へと招き入れる。
踏み出した少年の体が完全に部屋の中に入ると扉は自動で閉まり、鍵も掛けられた。
少年は慣れた手付きで今の扉のすぐ横にある壁に埋め込まれたロッカーの中に、いらない荷物を鍵と一緒に仕舞った。
部屋の中は完全な球形になっていて、直径は大柄な人間が跳んで手を伸ばしても天井の一番高い所には届かない程度。壁面は光沢のある黒一色で染まり、部屋を照らす光源は特定することができない。
その部屋の中心に、まるで超高級なマッサージチェアのような、世界観を壊さずに言えば幻想世界で魔王が座る玉座のような、巨大で立派な椅子が備え付けられていた。
床から突き出す極太な一本の金属製のパイプが、足としてその巨体を支えている。
U-CCのプレイヤーは皆、この椅子をACと呼ぶ。
少年は迷いなくその椅子――ACに深く腰掛けた。
椅子の脇にあるドリンクホルダーにボトルを二本セットし、唱える。
「コネクト」
するとヘッドレストがヘルメットのように変形し少年の頭を覆い、AC本体は静かにゆっくりとベッドのように広がり、続いて衣類のようにその体を包んでいった。
最初は座っていた少年の姿勢が、ACに促され直立へと徐々に移っていく。
分と掛からず、椅子だったACは鎧へと形を変えた。
この鎧こそがこのゲームのコントローラーである
公式パンフレットによれば、人体の筋肉と同じ数だけの伸縮材、骨の四倍の支柱、関節の八倍の可動部、神経の一六倍のセンサーが組み込まれているとのことだった。
頭からつま先までの全身をACで覆う少年の姿は、さながら戦地へと赴く騎士のようであり。背面から床へと伸びる尻尾のようなパイプがなければ、これからゲームを始めようとする姿には到底見えなかった。