下
目がさめるとそこはやはり知らない天井だった。
隣には泣き疲れ寝てしまった彼女の姿、口には酸素マスク。心拍数は正常のようでどうやら本当に命は助かるようだった。
彼と過ごした時間が果たして夢だったのかはわからない。夢であっては欲しくないと思うばかりであった。
僕が目を覚まし酸素マスクを取ると隣の彼女も目を覚ました。
「あれ…起きてる」
「ただいま」
彼女は再び目から涙を流した。
「何泣いてるんだ?」
「だって、あの時…」
「僕は夢の中で新しい友達ができたんだ」
「友達?」
「そう友達。彼はね僕にいろいろなことを教えてくれたよ、君が助かったことや、僕のせいで君が泣いてしまったこと、起きたら謝ろうとも思えたんだ」
「ふふ。それはいい友達だね」
「ああ、まったくもって憎らしいほどにね」
彼女は先生を呼んでくると言って病室を後にした。
あたりを見回すとすっかり夕方になっていた。勿論自分が何日寝ていたかなんてわかるわけもなく今は何日なのかもわからない。
ただもう一度彼女の顔を見れたし、こうやって綺麗な赤色の空も見ることができた。彼には感謝しなきゃいけないな。
思いふけり空を眺めていると彼女は医者を連れ病室に入って来た。
「先生連れて来たよ」
「いやはや、本当に頑張ったね」
「そんなことはないですよ」
「どうしてだい?」
「僕は友人の手を借りておきることができました、これは僕の力ではなく友人の力。頑張ったというなら僕の友人に言うべきなんですよ」
「君はなんだか面白いことを言うね、その調子ならすぐに退院できるだろうね」
医者は僕の周りについていた器具を取り、僕は動くことができるようになった。
彼女は僕を見るなり再び悲しい表情を見せた。
「どうしたの?」
「またどこかに行っちゃう気がして」
「それなら心配ないよ。行ってしまうといっても今じゃないだろうしね」
「変な言い回し」
「褒め言葉だよ」
僕はベットから降りようとする。
身体中が軋む感覚、喉にはガーゼが付いていて喉の傷が見えずにいた。
「無理しないでね」
「大丈夫大丈夫。ちょっと先生のところ行ってくるだけだからまってて」
「わかった」
僕は未だにおぼつかない足を運んで医者の元へ行く。
「あら?どうしたんだい?」
「相談事が有りまして」
「何かな?」
「明日だけでも外出出来ませんか?」
「なるほど、それは厳しい質問だね」
「お願いします!僕には明日しかないんです!」
「まあまあ、そんなに慌てないで。俺は厳しいといっただけで、ダメとは言ってない」
「つまりは?」
「1日だけだ、それも車椅子でね」
医者の優しさが身に染みるようだった。
僕はおぼつかないながら少し浮き足立っていた。
病室の前で一歩を踏み出そうとした時、僕の体は一瞬ふらついてしまった。
やっぱり無理はするものじゃないな。
病室へ戻ると彼女が果物を剥いていた。
「お帰り」
「ただいま」
「どうしたの?」
「いきなりなんだけどさ、明日どこかに出かけない?」
「いいけど、どこにいくの?」
「ノープランだ」
「ふふ、なにそれ」
彼女は笑った。その笑顔は今まで見て来た中でいちばんの笑顔だった。
幸福感に満ちた僕は彼女の剥いたリンゴを一切れ口に入れ噛み砕いた。
シャキッとなった軽快な音はとても耳が心地よくなった。
気がつけば面会時間も終わり、彼女は家に帰っていった。
「明日はなにをしようかな」
僕は何もない白い天井に夢を膨らませて夢の中へと入っていった。
その夜僕は再び夢を見た。
『やあ、1日ぶりだね』
そうだね。
『君はなんだか満ち足りた表情をしているよ』
おかげさまで。
『もうそろそろ時間だ本当に少ししか会えなかったけど、また話せて良かったよ』
今度はもっと多く話そうな。
『勿論さ』
それじゃあ、バイバイ、そしておはよう。
『バイバイ』
目がさめると隣には既に彼女がいた。
「やっと起きた、早く準備して!出かけるんでしょ?」
「おはよう、それにしても早いね」
「勿論、楽しみだったからね」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
僕は早々に着替えて、ある程度の準備をした。
僕は今日、時計を気にしなきゃいけない。そんなことは忘れていた。
「それじゃあ行こうか」
彼女との外出はそれはもう楽しかった。勿論車椅子で不自由なこともあったけど、彼女はそんなことは気にせず一緒に楽しんでくれた。
「いやー、今日はいろんな所に行けて良かった」
「なに?今日が最後みたいな顔して」
「ん?なんでもない」
「変なの」
「そうだ、君に言いたかったことがあるんだ…」
僕が彼女に話しかけようとすると急に目眩がして来た。
「大丈夫⁉︎」
「あ、うん大丈夫大丈夫」
「もう今日は病院に戻ろう?」
「待って」
僕は彼女の手を掴む。
「これだけは言わせてほしい。僕と仲良くしてくれてありがとう。そしてやっぱり僕は君のことが…」
最後の最後に僕は倒れてしまった。
薄れゆく意識の中、僕の目にはいっぱいの彼女の顔があった。
「ねえ、起きてよ!最後まで言ってよ!」
ごめんね、どうももう声は出せそうにないんだ。ああ、やっぱり僕は君のことが、
好きなんだな
僕は彼女の泣いた顔が目に移ったまま意識が無くなった。
目がさめると見覚えのある部屋だった。
『お帰り』
「ただいま」
『ようやくきちんと話ができるようになったね』
「確かにちゃんと声が出る」
『びっくりしたよ、僕は君がいつまでも彼女といたいって言うと思ってたから』
「それね、僕は1日で良かったんだ、その方が沢山の思い出が作れると思って。それに、本当はきちんと生き返るなんてできなかったんだろ?」
『バレてたか』
「もちろん、君と僕の仲だろ?」
彼と話をしていると、扉の向こうから一人の老人がやって来た。
「そろそろ時間です。」
『早かったね』
「神さま、もうこんなことは無理ですからね」
老人の口から出た言葉に驚き、目が点になった。
「神様だったの!?」
『そう、僕が神。そしてこっちが天使さ』
「最後の最後に君はなんてサプライズを用意してくれたんだ」
『黙っててごめんよ。君とはもう少し話がしたかったけど、時間が時間だまたどこかであったらお茶を飲みながら話でもしようね』
「任せておけ」
僕は神に手を振りその場を離れようとする。
一歩一歩を踏み込むごとに目から涙が溢れ落ちて来た。
「じゃあ、またな」
『また』
神と過ごした空間は、扉を出るとそこから消えていた。
天使の老人も気がつけばそこにはいなく、僕だけが残った。僕は彼女のために精一杯の1日を生きることができた。
これで僕は生きる理由を全うすることができたな。
彼女の生きる理由はなんだったんだろう。僕と同じ理由だったらいいな。
好きな人の為に精一杯生きるって理由だったらね。
暫く歩くと僕は大きな光に包まれた。
とてもいい人生だった。
また、どこかで。
それから数年後、彼女の元に一つの命が芽生えた。その子は命の恩人のように優しい人であるように、「優」という名前が付けられた。