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鏡の男の死にシーンに変更を加えました(8/1)

「ハァイ、こんばんわ。殺人ピエロのボクだよ!」


 僕は鏡の迷路に無限に映る自分の姿に向かって、おどけた仕草でお辞儀をした。すぐに鏡に映る僕の背後にあの男が現れた。 その表情には僕ら兄妹を嬲り者にした時の余裕の笑みは無かった。


 いいぞ。僕は男の反応に満足を覚えた。すぐにその表情をもっと醜く歪めてやるからな。イッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!


「何だオメェ……まさかオニイチャンか? お仲間になりやがったのか、クソッ! 怨念を貯めるヒマも無く、ひと思いにブッ殺しとけば良かったぜ!」


「後悔は済んだかな? それじゃ、名前の通り早速お前を撲殺させてもらおうかなぁ!!」


 僕は手近な鏡にハンマーを振りおろして粉々にしてみせた。男の怯えの表情に焦りが加わる。そうだ! もっと怯えろ!

 更に立て続けに数枚の鏡を割って、男を更に追い詰めた。ミラーハウスに鏡が無くなれば、こいつは只の悪霊だ。鏡から引きずり出してタップリとお礼をしなきゃ!


「やめろ! 鏡を割るのはよせぇぇぇぇ!!」


 次々に鏡が割れる音に混ざって、鏡の男の絶叫が響きわたる。僕は勿論鏡を割る手を休めはしない。笑いながら更にハンマーを振るう。


「鏡を割るんじゃねぇぇぇぇぇ!! ……じゃないと、お前また死ぬ事になるぜ」


 え? と思う間もなく、床に散らばった鏡の破片が次々と宙に舞い上がった。そして次の瞬間のは一斉に僕に向かって襲い掛かり、一瞬で僕をズタズタに切り裂いた。

 衣装が裂けて、一緒に僕の体にも無数の切り傷が入った。人形の体なので血は一滴も出なかったけど、それでも全身を襲った苦痛に悲鳴を上げて僕は床に倒れこんだ。


「ぎゃはははははははは!! 引っかかったなバアアアァァァァァァアアアカ!!」


 暗い通路に男の嘲笑が響きわたり、僕の全身に突き刺さった鏡の破片はまた独りでに浮かび上がり、割れた鏡の壁面に戻ってジクソーパズルの様に次々と繋ぎあわされると、再び傷一つ無い綺麗な鏡の壁に戻った。


「残念でした! ここは俺の体内なんだぜ。ミラーハウスに入った時点でお前の負けは決まってたんだよ!!」


「ぐっ……」


「しっかし、流石は御同輩! 丈夫なモンだ。人間なら今のでミンチになってたのによ」


 僕は軋む身体を奮い立たせて、どうにか立ち上がった。そしてまた手前の鏡に映るヤツの顔目掛けてハンマーを振りおろして鏡を叩き割る。


「ムダだっつの! 俺は鏡の中にいるんだぜ。鏡だってほれ、こうやって再生出来る。ハンマーでチマチマ割っていったんじゃ、ちょっと追いつけないだろうな。どうだ? 同じ超常の存在になってもココならまだ俺の方が有利なんだ! どうだ、悔しいか? ぎゃははははははははははははははははははははははははは!!」


「ぎゃはははははははははははははははははははははははははは!!」


 男に釣られて僕も思わず爆笑する。成程、やっぱりここに居る限りは男が有利か……ここにいる限りは。自分からネタバレをしてくれて助かった。


「何だ? ついに狂ったか?」


「いやぁ、鏡の中からは破片を飛ばしたり、人と入れ替わったり操ったりは出来るけど、お前自身は直接こっちには干渉出来ないんだな、と思ってさ。で、鏡で隔てられてるから“匂い”には気付けなかったか。おかげで上手くいったよ」


「あ?」


「これ、なーんだ?」


 僕は衣裳の袖から、四角い空き缶を取り出して床に落として見せた。 男は怪訝な顔をして缶を見たが、そこに書かれている表示を見て血相を変えた。


「ライターオイル!?」


「お前の下僕が沢山持ってたんだ。知ってた?ライターオイルは吸えば有機溶剤みたいに気持ち良くなれるんだってさ。でも、僕は健康でいたいからね。さっき鏡を割りながらこっそり振りまいておいたんだ。で、やっぱりライターオイルの使い方はこう、だよね?」


 僕はニタニタ笑いながらもう片方の袖から、これまた下僕達から失敬したライターを取り出して火を点けた。


「ハンマーでダメなら、これでどうかな?」


「やめろ! ここにはキミも居るんだぞ! そんな事をしてどうなるか……」


「どうなるんだろうねぇ? ここはお前の体内だろ、何とかして見せたら? あ、そうそう。オイル缶がもう一つあったんで、この中に入る前に外にもたっぷり撒いといたからヨロシク」


 男が何か叫ぶ前に、僕はライターを床に放り投げた。たちまち周囲に勢い良く火の手が上がる。 熱で次々に鏡が割れて行くのを男は必死に修復していた。


「くそっ! くそっ! くそっ! 信じられねぇ事しやがって!」


 うろたえながら必死に鏡を修復し続ける男に僕は軽い満足を覚えたが、まだこれからだ。コイツをここから出さないと話が進まない。

 さて、どうしたものか。男は蓄えた力で火を消しに掛った様で、火勢がどんどん衰えてきている。あまり時間はなさそうだ。鏡を全部破壊すればいいのか? それともこの無限に映る男の鏡像のどれかが……


「お兄ちゃん!!」


 不意に希美の声が聞こえて僕は背後を振り返った。そこには僕と男が映っていたが、男の足元には希美が必死の形相でしがみついていた。他の鏡像には、希美が映っていない。


 なるほど、コイツが……


「放せ!」


 男がもう片方の足で希美を蹴り飛ばした。しかし、別の子供の影がまた男の足に飛びついてしがみついた。 一人、もう一人、無数の子供たちが次々に男に飛びついて身動きを取れなくさせている。


「いままで攫った子供たちか……ここで裏切られるとは人望無いねぇ、ご主人様」


「うるせぇ! 放せ! 放せぇぇぇぇ!!」


「それじゃあ良い子たち、ちょっと危ないから頭を引っ込めてねえええええ!!」


 通路の火が消えるのと同時に僕はハンマーを振り上げると、鏡の男の額目掛けて思いっきり振り下ろした。鏡の割れる音と男の絶叫が重なり合い、鏡の中からドサッと音を立てて男が転がり落ちてきた。

 

「ひっ……」


 鏡から出てきた男は、小さく悲鳴を上げて向かいの割れてない鏡に這って逃れようとしたが、その前に僕は男の背中を思いっきり踏みつけて動きを止めた。同じ悪霊で無ければ逃していただろう。


「放せ! 放して!」


 僕は男の背中に馬乗りになって、右肩の肩甲骨のあたりにハンマーを振り下ろした。ハンマーの下で骨が砕ける感触を感じ、僕は高揚感が高まって行くのを覚えた。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


「アハハハ、良い声で泣くじゃ無いか。よし、悪霊同士ならダメージを与えられるな。もう鏡で守ることも出来ないから……えい」


 今度は右手の親指を叩き潰す。


「ぎいいいいいいいい! 許して! おねがい許してぇ!!」


 哀願する元鏡の男の泣き言を無視して、笑いながら両腕と両足首を砕いてやった。これでもう逃げられない。すすり泣く男の髪を掴んで上体を起こしてやる。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……おねがいですゆるしてください」


 僕は哀願を続ける男の耳に顔を近づけて、囁きかけた。


「散々楽しんでおいて、そりゃ無いだろう。遊び倒したツケは払わないとね。それに僕が許したとしても、君が無様に死ぬショウを期待してるお客さんも居るんだ。この子達の期待を裏切るワケにはいかないねぇ」


「……え?」


 男は怯えた目で周囲を見渡した。僕と男の周囲を、希美と子供たちの亡霊が取り巻いている。その眼は一様に何かを期待するかの様に輝いていて……


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「さぁ、解体パーティーの始まりだ!! ここじゃ手狭だし、もっと広い所に移ろうか」


 それから僕たちは泣きわめく男をドリームランドの中央にあるイベント用のステージまでひきずって行き、思いっきり男をオモチャにして遊んだ。


 お化け屋敷の倉庫から新たに工具を持ち寄って、子供達がめいめい手に取って男に使う。ノコギリ、ペンチ、ニッパーにドライバー、針金にロープ。


 切ってつまんで引きちぎり、突き刺し縛り吊り下げて……


 男によく見える様に胸に“わたしは子供しか相手に出来ない変態で負け犬です”と刻んでやり、草刈り釜で男を去勢してやると、今度はステージの周囲から歓声が上がった。どうやら、他の悪霊もショーの見物に加わったみたいだ。


 ここまでやると、流石に悪霊である男も姿が薄れ始めてきた。 どうやら二度目の死が近づいてきた様だ、僕はドライバーで男の両目をくりぬいて、あの日の様に片方を僕がツルリと飲み込んで、傍らのバールを手に取った。


「それではそろそろショウはお開きです! 皆さん!悪霊さんの身体を張ったパフォーマンスに拍手を!」


 観客の拍手と声援に包まれて、僕はゆっくりとバールを振り上げ……


「お疲れ様でした! お気を付けて地獄に御帰り下さい!!」


 一気に男の脳天に振り下ろした。男の頭は腐ったスイカみたいに潰れて赤黒い肉片と脳みそを撒き散らした。動かなくなった男の身体はしだいに消滅して、後にはバールしか残らなかった。


 ……ふぅ、初演にしては上手く()れたかな?……。 そんな事を考えながら床に座り込むと、後ろから誰かが抱き付いて来た。誰かは確かめるまでもない。


「希美?」


「お兄ちゃん……だよね?」


「うん、そうだよ。……まぁ、こんな姿になっちゃったけどね」


「私のせいでお兄ちゃんまで……ごめん……ごめんね!」


 背中で泣き始めた希美に向き直って僕はおもいきりそのちいさな身体を抱きしめた。


「いいんだ。僕は希美を助けだせた。ここでずっと遊園地の怪異として在り続ける事になっても、後悔なんかしてない」


「でも、それで良いの?」


「いいって言ったろ? 希美のいない人生を生きるよりも、ここで希美と一緒に暮らす。他には何も要らない。もう酷い奴らに希美を渡したりしないし、一人ぼっちにもさせない。それにホラ、こうしてピエロになっちゃったから、退屈もさせないさ。だから、ずっと一緒にいよう……希美」


 希美は何も言わずに僕の胸に抱きついた。子供たちの亡霊が歓声を上げる。


 メリーゴーラウンドと観覧車は綺麗に輝きながら回転して、二人の再開に彩りを添えてくれた。


 ジェットコースターは犠牲者の亡霊と一緒に轟音と絶叫を響かせて、ウオーターワールドの怪物は濁った水面からいくつもの触手を振って祝ってくれる。


 そして園長は、ドリームキャッスルの地下の拷問部屋に溜めこんでいた惨殺死体を惜しげもなく空に打ち上げて、汚い花火の連発で夜空を飾ってくれた。


 周囲に腐った肉片と臓物がぼちゃぼちゃと降り注ぐ中で、極彩色のイルミネーションに照らされて僕ら兄妹はまだ抱擁を続けていた。


 これが正しい選択だったのかは解らない。


 これからドリームランドの怪異として在り続ける暮らしがどんな物なのか、まだ想像もつかない。


 いずれは遊園地の廃墟も撤去されるか、あの男みたいに新たな怪異に排除されるかもしれない。


 そうなれば、僕ら兄妹はどうなるのか……


 いや、そんな事はどうでもいい。僕は家族の仇を討って、大事な希美を取り戻したんだ。それで充分だ。


 僕は強く希美を抱きしめて、希美もそれに応えてくれる。


 ここにはボクがいて、キミがいる。これでいい。他に何もいらない。


 ボクは、最高に、幸せだった。

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