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「起きなよ、まだ終わったワケじゃ無い」


 不意に耳元で声が聞こえて、僕はゆっくりと意識を取り戻した。


 不思議な事にあれだけ長い間拷問を受けていたのに、体のどこも痛くなかった。じゃあ、あれは夢だったんだろうか?

 いや、そんな事は無いだろう。なぜなら散々嬲り者にされてズタボロになった死体は、僕の足元にちゃんと転がって……


 え?


 僕は呆然となって床に転がっている死体を見つめた。変わり果てた姿になったがこの死体は僕だ。なら、この僕は?

 自分の姿を見降ろして、初めてこの自分には身体が無い事に気がついた。じゃあ、これはやっぱり夢なのか、それとも……


「夢じゃないよ。キミは妹を助けられずにアイツに殺されて、執着と怨念だけの存在……悪霊になったんだ」


 また声が聞こえたのでそっちを振り向くと、ウサギをモチーフにしたボロボロの縫いぐるみが立っていた。確か、ドリームランドのマスコットだった……何と言う名前だったか


「とりあえず“園長”って呼んでおくれ」


 その縫いぐるみ……園長は僕の思考を読んだかのようなタイミングで自己紹介しながら、おどけた仕草で挨拶をした。

 園長? なら、ここはまだドリームランドの中か? 僕は思わず周囲を見渡した。

 ここは何かの建物の内部の様だった。窓一つ無い暗闇だったが、何故かハッキリと周囲の光景が見える。

 壁一面に腐乱死体やガイコツが(はりつけ)にされている。床や天井一面に血痕が飛び散っていたが、そのいずれも安っぽい作りものだった。

 反面、僕自身の物を含めて床に転がっている幾つかの死体は、様々な古さのモノが入り混じっていたがそのどれもに本物独特の迫力があった。


「ここはお化け屋敷だった場所だよ。ここには“住人”が居ないから、アイツらの死体の捨て場になっているんだ」


 アイツ……ミラーハウスの男の事か!? じゃあこの園長も仲間なのか!?


 そう叫ぼうとしたが、声が出ない。 園長はオーバーなジェスチャーでやれやれと首を振って、また僕の疑問に答えた。


「ああ、無理に喋ろうとしなくても良いよ。今の君には口が無いからね。で、まぁ例の“ミラーハウスの悪霊”なんだけど、まぁ一応は仲間だよ。アイツがこっちをどう思ってるかは知らないけどね」


 一応?


「そうさ、ここにはアイツや僕以外にも色々と棲んでいるんだ。ちょうど遊園地の入り口が鬼門を向いていたんでね。ここに集まって色々とお楽しみをしてたんだけど……ね」


 お楽しみ? ここでは昔子供が消えると噂がたっていたらしいが、じゃあコイツらが?


「まぁ、ね。 時々子供を攫って糧にしてた。でも、やりすぎて騒ぎになったら人が来なくなって元も子も無くなる。だから慎重に、少しづつ狩りをしてたんだ。だけどアイツがね……入れ替わりの力で遊園地の外でも怪異を繰り返してね、しまいにはあの事故を起こして閉園さ」


 園長は僕の憎悪を他所に話を続ける。


「それでも、時々肝試しや探検の為に侵入してくる不届き者がいるんで、そいつらを時々狩っていれば我々は満足だったんだ。でも、アイツはそうじゃない。獲物の少なさが不満で、人を操って外部から積極的に獲物を集めてる。このままじゃ、遠からず世間の耳目を引いて大規模なお祓いか、最悪廃園全体の撤去になりかねない。そうなれば皆破滅だ」


 ……それが僕と何の関係が?


「有るんじゃないかな? 君はキミちゃんを助けられずに死んだけど、妹への執着とアイツへの憎悪で悪霊……言わばアイツと同じ超常の存在になったんだ。これが何を意味するか……解るよね?」


 良く解った。つまり、ドリームランドの安全を脅かす問題児の始末を僕にやらせようと言うわけだ。でも、何故今まで自分でやらなかったんだろう?


「僕らは、自分のアトラクション(ナワバリ)から遠くには行けないんだ。僕も自分のキャッスルから苦労して、どうにかここまで来れたんだ。それに、長い間獲物はアイツに独占されてたからね。アイツに対抗する力も無くて、ね」


 お前らの都合はどうでもいい! 僕を利用したいなら好きにすればいい! 僕はただ希美を早く助けたいだけなんだ! 一体どうすればいい!?


「そうこなくちゃ! 幸いここにはキミの身体の代わりになりそうなモノが一杯ある。そいつの中に入れば後はどうすれば良いかは解ると思うよ。じゃぁ、そろそろ力が尽きるから戻らせて貰うね。じゃ、頑張って」


 そう言うとウサギの縫いぐるみは、いきなり空気の抜けた風船の様に萎んで床に落ちた。どうやら中身は空っぽだったらしい。だが、そんな事はどうでも良かった。僕は自分の身体の代わりになる物を求めて、急いでお化け屋敷の中をさまよい始めた。


 ガイコツ、ゾンビ、幽霊、殺人鬼……色々な人形が点在しているが、どれも老朽化が激しくて使い物になりそうにない。何か、何か無いか? 一刻も早く希美を救いたいのに!!


 焦る僕の目の前に、唐突にその人形は現われた。


 その部屋は使わない人形や仕掛けに工具をしまっとく倉庫だった様で、積み上げられたガラクタや工具の中に血まみれの斧を持った等身大のピエロの人形が転がっていた。

 有名なハンバーガーチェーンのマスコットに体型や服は似ていたが、顔はどちらかと言うと、昔アメリカに存在したピエロに扮した殺人鬼の自画像に似ていた。確か道化師のポコだかボコだか……いや、名前なんかはどうでもいい、損傷も少ないしどうにか使えそうだった。僕は希美を救いたい一心で人形の胸に飛び込んだ。


 ……


 ……肉の身体と違って、朽ちかけた人形の身体は動かし辛かったが、何度かコケたりひっくり返ったりする内に次第に動きが馴染んでいった。乗り移る前に手にしていた血まみれの斧をふたを拾い上げたが、思った通り只のハリボテだった。

 斧を投げ捨てて代わりになる物を探す……あった。僕は工具類の中から大きなハンマーを取り出した。鏡の化け物には丁度いいだろう。

 僕は生前ピエロの真似ごとなんてした事は無かったが、それでも見よう見まねでおどけた足取りで時々飛び跳ねたりしながらお化け屋敷を出た。外は既に夜になっており、大きな月が夜空に掛かっていた。


 僕はハンマーを振り回しながら、踊るように飛び跳ねて園内を移動する。園長は多くを語らなかったが、自分が遊園地の怪異としてどう振る舞えば良いかは解っていた。


 自分はこの裏野ドリームランドの怪異に成り切る。そうでないとあの“ミラーハウスの悪霊”と同等の怪異にはなれないだろう。


 しかし、悪霊の乗り移ったピエロの人形と言うだけではまだ怪異としてインパクトが薄いのでは無

いか? そんな事を考えながらミラーハウスに移動していると、正門の方から女の悲鳴が聞こえて来た。それは聞き覚えのあるダミ声にかき消される。


 アイツ等だ。鏡の男の下僕の三人組……僕はいい事を思いついて悲鳴の聞こえた方へ小躍りしながら向かって行く。

 ……いた。あの三人組が服が破かれて半裸になった女を強引に引っ張ってミラーハウスの方に向かっていた。そういえば鏡の男が今日の配達、とか深夜の部がどうとか言ってたっけ。なるほど、あの女がそうか。

 僕はピエロらしい登場の仕方を考えたが、適当なのが思いつかないのでとりあえず精一杯おどけたポーズを取って奴らの前に躍り出た。


「ハァイ」


 昔一回だけ見たスティーブンキングのホラー映画に出てきたピエロのマネをして、芝居がかった仕草で挨拶して見せた。


「……は?何だ」


 お前? と赤髪が言う前に素早く前転して、起き上がり様に赤髪の脳天をハンマーで砕いた。

 血と脳漿が飛び散って(こんなバカっぽいヤツにも脳みそがあるなんて!)女の顔に掛かる。次いで少し距離を取ってから、おどけたポーズで自己紹介してやる。


「やぁ、僕の名前は殺人ピエロの……なんだっけ、ポコ? ボコ? えーっと、あ、じゃあ僕の名前はボクにしよう!! 撲殺するからボクだよ!!」


 そのまま、まだポカンとしている茶髪の側頭部にも一撃を与えると、そいつの目玉がポンと漫画みたいに飛びだしたのが可笑しかったので、思わずアヒャヒャヒャヒャと爆笑してしまった。

 笑うのに夢中で、最後に残った金髪がナイフで僕の背中を刺していることに中々気が付かなかった。何せ、超常の存在になった僕にはそんなナイフなんか効かないし、それにこうして……えい!


 僕は金髪の首を片手で掴んで、枯れ枝みたいに簡単に首の骨を折ってやった。


 もっと苦しめたかったけど、あまり時間が無い。お楽しみは鏡の男にとっておこう。あれ?そう言えば女は?

 ふと周りを見渡すと……いたいた。腰を抜かして失禁しながら這いずって逃げている。その姿があんまり滑稽なんでまた大笑いすると、女は涙と鼻水でグシャグシャになった顔で僕を振り返り、次いでカエルみたいに這いつくばって必死で命乞いを始めた。


 遊んであげたいけど、今は一刻も早くミラーハウスに向かいたかったし、この女には僕の役に立って貰う使命がある。僕は女にバイバイと手を振って、ステップを踏みながら園内に戻った。


 初仕事は上々、この人形の身体は思ったよりも動きが良い。あの女は無事に山を降りれたら、僕の事をきっと誰かに話すだろう。これで僕はドリームランドの新しい怪談“ドリームランドの殺人ピエロ”になったワケだ。

 後は鏡の男……ミラーハウスの悪霊を殺して希美を救うだけ。さぁ、アイツは時間を掛けてタップリと苦しめてやろう。


「イッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒィ!!」


 僕は愉快な気分で笑いながらミラーハウスの扉を蹴破って中に踊りこんだ。

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