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 あれから十年後、僕は再び廃墟となった裏野ドリームランドを訪れた。


 十年前のあの日、ドリームランドの帰り道で起きたあの出来事は、世間では父の居眠り運転による単独事故と言う事になったようだ。

 父がハンドルを切り損ねて道を外れた車は木に衝突し炎上、衝撃で車から投げ出された家族の中で僕だけが重傷を負いながらも奇跡的に一命を取り留め、意識を失って倒れていた所を駆け付けた警察と消防に発見されて云々……

 そして僕は数日間意識を失っていて、気がついた時は病院のベッドの上だった。 医師や親戚に事故の事を告げられた僕は、みんなにあの時起きた事をありのままに伝えたが……そう、もちろん誰も信じてくれなかった。

 大人たちは皆、僕が重傷を負った際に悪夢を見ただけだと理解して、一応話は聞いてはくれたが一様に困惑するか憐れむような視線を僕に向けるだけだった。 ついにはカウンセラーまでが登場して長い間かけてカウンセリングを受けるうちに、僕自身もあの滅茶苦茶な惨劇が次第に単なる幻覚か悪夢だと“理解”していった。

 あの時希美に刺された、今も跡が残っている傷が何よりの証拠だと思っていたが、あの事故で自動車から投げ出されて負った傷跡はこれだけじゃ無いし、あの現実離れした体験は月日が経つごとにリアリティが薄れて行った。

 何よりも大事な妹だった希美が父さんの首を刺し、母さんを笑いながらメッタ刺しにして、僕まで(なぶ)り殺そうとした事、稲妻に照らし出された希美の無残な姿、そして希美が僕の目の前で自分の喉を切り裂いて血泡を噴きながら大笑いしたあの光景……あの恐ろしい出来事が現実だったと僕自身が信じたくなかった。

 そうして、体の傷が癒えてからも続いた病院と親戚達の献身的な看護と、根気強いカウンセリングのお陰で、高校に入る頃には僕はあの出来事をすっかり現実の物とは思わなくなっていた。

 その間、僕はあの事故の翌年に退院してから父方の祖父母の家に預けられた。祖父母は僕にとても優しく、高校に進学してからは友人も出来、そして東京の大学に進学するべく単身上京して……事件の傷が癒えた僕はこの上無く幸せだったと思う。

 ただ、それでもあの“悪夢”を思い出してしまうので鏡を長い間見る事は出来なかったし、遊園地も怖くてあれ以来一度も近づいた事は無かった。


 悪夢が蘇ったのは大学の帰り道、何気なく立ち寄ったコンビニでだった。


 飲み物を買うためにコミックの棚の前を何気なく通り過ぎようとした時、一冊の本の表紙の見出しが僕の目に飛び込んできた。


 “U市Dランドの廃墟に現れる少女の悪霊の噂を徹底追跡!!”


 U市Dランド……少女……その文字が目に入った瞬間、僕は半ば反射的にその本をつかみ取っていた。足速くその本を購入して、イートインのカウンターで急いで立ち読み防止のフィルムをひっぺがしてページをめくっていくと、問題の記事は程なく見つかった。


 その記事はライターが噂を聞いて取材した顛末を漫画にした体の良くある形式のルポ漫画で、些かオーバーな表現で某県U市の山奥にある潰れた遊園地、Dランドで起こる怪異を紹介していた。


 曰く、その遊園地には夜になると白いワンピースの少女の幽霊が現れる。


 その幽霊を追いかけて、それっきり行方不明になった者もいる。


 閉園前からこの遊園地は子供が消えるとウワサが絶えなかった。


 閉園直前の夏休みに交通事故で遊びに来ていた一家の大半が死ぬ惨事があり、それも遊園地の悪霊の仕業だと言う都市伝説も……


 ……両手が震えて思わず本を取り落とした。


 白いワンピースの少女の幽霊……交通事故で一家の大半が死ぬ惨事……


 僕は店員や他の客から向けられる怪訝な視線にも構わず、落した本はそのままにポケットからスマホを取り出して“裏野ドリームランド”“怪談”に関連するワードを夢中で検索してた。

 この頃にはドリームランドはそこそこ有名な怪奇スポットであったらしく、すぐに沢山のドリームランド絡みの怪談がヒットした。あの遊園地は今では結構有名な怪奇スポットと化していたらしく、ドリームキャッスル地下の拷問部屋だの夜中に独りでに廻るメリーゴーラウンドだのの怪談がぞろぞろと現れた。

 しかし、それにも増して多かったのは“白いワンピースの少女の幽霊”の怪談だった。 ネットの書き込みもさっきの漫画と大差ない内容だったが、いくつかの書き込みは少女の姿をもう少し詳細に書きとめていた。


 黒いお下げ髪、真っ白なワンピース、赤いサンダル、くりくりとした大きな目に、人懐っこい満面の笑みを浮かべて……


 僕の脳裏にあの日の記憶が鮮明に蘇った。 そう、あの日希美はこの幽霊と同じ格好をしていた。 そしてミラーハウスで鬼ごっこをして一旦はぐれ、再開した時に希美の顔に感じた違和感、そして帰る直前にミラーハウスの出口から聞こえた“助けて”と呼んだ希美の声……


 僕の導き出した結論を聞けば、誰もが僕の正気を疑うだろう。 でも、僕はその結論を疑いはしなかった。


“あの時両親を殺して、僕まで殺そうとした希美は本物では無い”


“そして、本物の希美は未だにあの廃園にいる”


 疑う余地は無かった。 僕はコンビニから勢いよく飛び出すと、最寄りの駅を目指して身一つで走り出した。もちろん、行先は一つしかない。


 ……そんな訳で、あの出来事からちょうど十年経って僕はあの忘れていた悪夢の源……裏野ドリームランドの廃墟にこうして立っているのだった。

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