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乙女のなみだ



 少女は机に置いたノートを眺め、椅子に腰かけていた。

 夕食も終わり、あとは就寝するのみだった。だが、少女にくつろいだ様子はなく張り詰めた表情をノートに向けていた。


 少女の就寝の準備を手伝ったメイドは心配そうな顔をしながら退室した。メイドが主のいつもとは違う様子に理由を問わなかったのは理由があった。昨日の夜に幼い主に起きた事件が、気を落としても当然な出来事だったと知っていたからである。


 本当は、その主には昨夜のこと以上の落ち込む理由があったからなのだが。


 少女、アリアはため息をつきつつ、ペン先にインクをつけた。




――この日記に、嬉しいことを書く事は難しくなってしまった。

 前のページは変なところで文章が切れているし、急いで閉じたので汚くなってしまった。まぁ、いいか。


 また続きを書こうと思う。

 落ち着くな。ここは自室であるし、闖入者などありえないからかな。


 私の嬉しい事、それは勿論、エミリオ少年を助ける事ができた、そう思ったからだ。

 もう嬉しい事では、なくなってしまったが。



 私は諸注意や講師の顔合わせのあと、そのまま帰るのではなく図書館に寄ったのだ。

 朝の変質者騒ぎと同期生の女生徒の長話を聞いたことで疲れてしまっていた。

 その落ち込んだ気分を払拭したかったのだ。


 この学院は王都で王立図書館に次いで本が多い場所だった。

 数は王立図書館の方が多いが、研究のための専門書はこちらの方が数があるのだ。


 だがこの学院の図書館は一般公開されていない。学生と研究生にのみ開かれている。

 前世、あれほど本に興味がなかった私が今では本の虫と家で呼ばれるようになった。今になって昔、課題の為に読んだ本がどれだけ貴重な物だったかが分かる。


 だから、早速初日から図書館に向かった。また学生になったら、全ての本を読もうと思っていたからだ。

 この日は一学年のみの登校日なので、他学年は来ていない。だから、何も気にせず悠々と本探しができると思ったのだが。


 そこで、私はもう帰ったであろうと思っていたエミリオ少年を見つけた。

 

 思わず彼の視界に入らぬように、さっと本棚の影に隠れた。

 彼は荷物をどこかの席に置いてきて、本を探しているようだった。

 本を棚から出して中を見ては、すぐに戻す。それを何度も繰り返していた。


 なにを探しているんだろう。

 私はこれでも過去に学院を卒業もしたし今では本もたくさん読んでいる。


 私の知識で彼を助けれるかもしれない。

 でも、声をかける事もできない。そんな事をしたら不審者である。


 親しくもないのに、いきなり何の本を探しているのですかと聞くのは変だろう。しかも彼は私より賢い少年なのだぞ。聞いておいてわからない事だったらどうする。この世から消えたくなってしまう。


 とても残念だった。だが、このまま彼をこっそり見ていても不審者だと気づき、反対方向へ歩き出した。



――だがそこで、おそらく彼の荷物の乗ったテーブルを発見した。

 不用心である。彼の上着と鞄、ペンにインク。そしてノートと――紙の束だった。


 これは課題なのだろう。学院の講師のではなく、彼の家庭教師の。


 午前のクレア嬢の三時間に及ぶ話の一つを思い出した。

 優秀すぎるエミリオ少年は、これまた優秀な家庭教師を雇っており、いつも彼の鞄には、必ずノートと大量の課題が入っていると。

 そして、平然と熟なすのだそうだ。


 紙の束には一問以外、全てに回答が書かれている様だった。悪いと思いながらも内容を軽く見る。

 教師の要求した答えを、資料を探して回答せよ、というものらしい。


 彼の優秀さが伝わる、この歳の少年に望むレベルではない難易度だった。

 その中で、一つある未回答。問題を見た。


 それは、各領地の詳細な鉱石の採掘量を求めるものだった。


 驚いた。私はこれを知っている。

 なぜなら過去、といっても大昔にこの採掘量が私にも必要だったからだ。

 今も、昔と変わらずの場所にそれがあるなら。


 私の無表情のはずの口元が緩んだ。



――結果は、私の馬鹿さ、阿呆さ、考えたらずを露呈する最悪なものだった。


 彼は採掘量が分かったらしい。それはとてもよかった。


 だが、だがな、なぜかそれが私の犯行だと露見したのだ。

 私の望みは、こっそり影から、そうとは知れず助ける事なのだ。それが、早々に露見してしまった。これからどうすればいいのだ。な、涙が。いや、泣いておらぬぞ!!



 はぁ、犯行を問い詰められるし、自白させられるし。彼はもしかすると私などが手助けする必要がないかもしれ……いやいや、まだ彼は11歳だぞ。


 子どもなのだ。まだまだ、大人の庇護も必要なはずだ。



――――いや、彼の立ち去るときのあれは、いや、なんでもない。考えるのはやめよう。

 私が疎いだけなのだろう。普通はこれくらいの歳で、あれくらいの気安さでするものなのだろう、た、多分。



 昨今の11歳とは早熟なのだろうか。私が彼と同い年のときには、もっと子どもらしい子どもだったんだが。


 昔の私は周囲も男ばかりだったし、気が合う友と嫌々ながら課題をしつつ好きな剣術ばかりしていた。良い子供時代だったと思う。とくに剣術は頑張っていたな。鍛練し、少しずつ強くなる事が嬉しかった。友と遠駆けしたり、街にいって買い食いしたり、普通の少年だったと思う。


 前の私は家柄も血筋も悪くはなかった。だが私には兄上がいらしたし気ままな子どもでも、よかったのかもしれない。


 彼女は、エミリアはとても優秀な女性だった。王女殿下の教育係を勤めるほどに。知性と教養ある女性だった。そんな利発な彼女と気が利かない朴念仁な私が似ているはずがない。


 もっと、もっとよく彼の周囲や環境を考えて理解できなければ、彼の助けになれないのかもしれない。


 それはいやだ。彼のためになることがしたい。

 だが、怖い。


 私は彼に、婚姻もなにも望んでいない。ただ、幸せでいてくれるなら。

 だから、彼が私が傍にいる事を望んだら。



『私に、関わってください。貴女とならば、私は良い関係を築けると思います』



 私は怖い。私は彼が怖い。

 言えない。私は君を見ていないと。


 君の幸せを願いながら、私は君との関係を望んでいない。

 私は、君が君だから好きになったと言えないのだから。






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