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挟まれた手紙


 ――また、今日も日記を書こうと思う。

 今日は、うん、まぁ少し動揺することがあったのだ。自室に帰ってから何もしておらぬ。随分呆けていたようだ。気にせず行こう。

 やはり書く事で思考を文章化するのはいいな。冷静になれる。




 重厚な色調の部屋で、少女はいつものように椅子に浅く腰掛けていた。

 彼女の前には机が置かれ、一冊のノートとペンとインク、そしてなぜが粗末な紙切れがあった。


 その紙切れは夕刻に届けられたものだ。

 少女は相変わらず仕事が早い、そう思いながら紙切れ、ではなく情報屋からの報告書を開いた。



 ――へいへい、姫さんのお望みの調査書ですよ。まぁ俺の麗しの姫さんの為だもの、金はいりませんぜ。そんかわり今度是非ともお茶しましょうや。


 姫さんが見た、茶髪の目つきの悪りぃ少年は、まぁ一言で言えば有名人でしたね。


 エミリオ・ハーウェルン。ハーウェルン公爵の長男です。

 あの王都の学院の入試一位をとる程度には秀才で、剣の才能もあるようですね。王太子殿下の側付きを拝命し、将来の側近候補です。

 人望などもそこそこあるようです。まぁ、それより人となりが問題ですがね。


 どうやら、最近、運命の出会いなるものをし、初恋の真っ只中のようです。

 親友だろうが、ポロッとこぼすと広まる事をまだ知らねぇ無垢な坊ちゃんのようだ。


 それより、姫さんの新しい学び舎の方が問題だ。気をつけてないと危ないですぜ。

 姫さんいつもの鉄仮面の装備はどうしたんです? もう熱狂的信奉者がゴロゴロいますぜ。


 まぁ俺に護衛の許可をくれるなら心配いらねぇんですがね。


 別に敵対するわけでも、寝首かいてやりてぇ相手でもないって事なんで、まぁ調査はこんなもんです。

 一応、御家事情から経済状況まで軽く見ときましたが、簡単に露見するきな臭さはなかったです。


 調査続行するならまたいつもの手段で連絡くだせぇ。




 少女は紙片を日記の後ろに挟んで閉じた。別に誰かに見られても困ることはなかった。

 少女は一応は今年12歳になる子どもであり、国家転覆などに興味はないし、政敵もいない。

 だがせっかく情報屋であるリードが調べてくれたが、彼女も彼の名と入試一位をとる程の秀才である事を知っていた。


 一度閉じた日記を少女は開き、新たな文字を書きだした。



 ――まぁ、彼の事を知ったのは今日なのだが。


 今日は学院の入学式だった。

 そこで成績上位順に名を呼ばれ、並べられたのだ。だから、知らぬはずがない。


 私は彼の傍らだった。横にいなければいけなかったのだ。

 彼が一位で、私が二位であるために。


 エミリオ・ハーウェルン。私の前に名を呼ばれ、前にでる。

 昔の彼女と変わらないのだと思った。優秀で、きっと勤勉なところも。

 そして妻、エミリアにあまりに似た名前に、彼をエミリアと呼んでしまいそうだと思った。


 次にアリア・ウォルシュ。私の名が呼ばれる。


 身体に這う視線、煩いほどの囁き声。

 言いたければ、言えばいい。見たければ、見よ。


 私の誇りが折れることはない。




 エミリオに、視線も声もかけられなかった事に、なんだかとても心が落ち着いた。


 まぁ、安心してしまったのだ。もう今日は何も起こらないと。

 まぁ、得てして期待とは外れるものだ。

 悲しんではいけない。字も震えてなどいないぞ!




 本館前の広場から、列になり離れた別館の式典会場に向かうところだった。

 最初は低い段差だったと思う。

 なんで庭園を突っ切るんだ。他に道はないのか。前は違ったと思うんだが。――といっても70年前は大昔のことかもしれないな。


 私は母上に今日は式に出るのだからと白の華やかなドレスを用意され、ヒールの靴を履いていた。

 まぁ、なんて素敵なんでしょう!! とメイドたちに大絶賛されたのだ。恐らく似合っているのだろう。私のただの入学式です。そこまで華美な必要はありません、という言葉は聞こえなかったようである。

 なので大変、裾が汚れやすそうなドレスと、歩きづらい靴が本日の装備品である。


 だが負けぬ! ドレスの裾を上げて、越えればよいのだ、そう判断したとき。



「お手を」


 すっと手を出された。もちろん目の前の少年である。

 私の身体は固まった、固まったとも。私も前世なら確実にしただろう、行動だ。だが、だからといって妻にされる事になるとは。


 他の男どもなら大丈夫ですわ、と断るところだ。

 でも、彼の矜持の為に手をとった。


「ありがとうございます」


 とても彼の顔は見れなかった。

 私は私の絶望を無視した。何を守られている。

 次がなければ良いのだ。そう思ったのに。


 ふと遠くを見、次に視界に入った難関は、ぬかるんだ地面だった。十歩ほどの距離。

 紳士な、紳士な彼ならばやることは一つ。


 抱え上げられてしまう。


 その時、胸の中で起きた絶叫は、もし口から出していたら何事と思われるほどだったろう。





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