サイクル・コード
どうにかうさ男を巻き、再び玄関に戻ってくることができた。
もうこれ以上何かに巻き込まれるのはごめんだ。今度こそ帰ろう。
俺が下駄箱の扉に手をかけた時、突然チャイムが鳴った。校内放送用のスピーカーからだ。そこから聞き覚えのある声が響く。
「校内にいる皆様へ」
「ご連絡いたしまーす」
灯歌と円歌の声だ。
「おまたせいたしました! あの時間です!」
「そう、狐鬼祭名イベント!」
「「バンド発表がはじまりまーす!」」
ざわりと胸の奥が波立つ。楽しそうな灯歌と円歌の声が遠くなる。
やめろよ。その話をするな。
いいや違う。俺にはもう何の関係もないことだ。無視しろ。文化祭なんて馬鹿みたいに盛り上がって、思い出作ってそれで終わりだ。俺はそんなものいらない。どうだっていい。勝手に青春していやがれ。
帰るって決めたんだ。俺はもう諦めた。未練なんかない。ぐるぐると同じ考えが回っているのが分かる。けれど止めることはできない。帰ることしか考えたくないのだ。
帰ろう。帰るんだ。俺は帰る。
「――帰りたいのか?」
校舎へ繋がっている廊下側から声が聞こえた。あの、少年がいる。白い狐の面をつけているが、間違いなくコイツはあの鬼だ。
さきほど二階から見たときよりも、いくらか背が縮んでいるように見えるが気のせいだろうか。
「帰りたいのか?」
もう一度問われる。その問いは俺の口からこぼれたものだった。必死に抑えつけていた気持ちに火をつけられた気分だ。
少年はジッと俺を見つめている。目があったわけではないが、瞬きすらせずただ一心に見つめられているような気がした。
答えは? そう訊かれているように思った。
俺はそれに答えることができない。
だって、しょうがないじゃないか。どうしようもない。自分一人でどうこうできる問題じゃないから諦めて帰るんだ。
「ちがうって」
誰かの声がした。少年が喋ったのだろうか? でもこの声は女声でとても聞き覚えがあって――。
「答えはイエスかノーだよ。私は春葵の気持ちを聞いているんだよ」
まるでそれが合図だったかのように少年は踵を返し、走り出した。思わず後を追う。追いかけなければいけない。それが俺の答えだ。
ひたすら少年を追う。
何も考えずに走りたい。けれど記憶が洪水のように溢れる。せき止めていたものが砕け、心のダムが決壊した。
思い出す。今日までの出来事全てを。