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レフトハンド

 風雅からもらったジュースを飲みながら歩く。向かっている先は駐輪場だ。

 人がいるせいで居心地が悪いのだから人がいないところに行けばいい。そう考えたのである。


 案の定、駐輪場に向かうにつれ、ひと気も少なくなり俺の心はいくらか軽くなった。

 駐輪場で楽器置き場が開く時間まで時間をつぶし、どさくさに紛れて帰る作戦だ。これなら余計なストレスを感じることなく家に帰れる。我ながらいい作戦だと思う。


 しかしそう思ったのもつかの間、駐輪場から人の声が聞こえてきた。とっさに足を止める。誰かがいるのでは意味がない。

 すぐに別の場所を探すことを考えたが、誰が何をしているのかを確認してからでも遅くはないハズだ。校舎の角からそっと様子をうかがう。


 そこにいたのは三人組の男と一人の少女。言い換えるのであれば一般客と女生徒だ。

 すぐさまカツアゲという言葉を連想してしまう。男たちは金髪や茶髪と、どうにも柄の悪い風貌をしていて、小柄な女生徒を取り囲んでいるように見えたからだ。

 嫌な場面に出くわしてしまった。とっさに彼女の前に飛びだし、庇うことができたらどれだけいいだろう。けれど俺は風雅のように柔道をやっているわけでもないし、体格も細身だ。行くだけ無駄でかっこ悪いところを見せるだけ。


 去ろうか。向こうはこちらに気付いていないし、俺は他の場所で時間を潰せばいい。そうだ、それがいい。

 無理矢理そう思い込み決心を固める。しかし、その場から去ることができなかった。足が自分の意志で動かすことができず、そればかりか前に進もうとしているのだ。

 待てよ、俺。馬鹿なことしているんじゃねぇよ。


 無様な姿を晒すのは嫌だ。痛いのも嫌だ。帰りたい。それなのに、どうして俺は……。


 対抗する二つの意志を落ち着かせるため、その場にしゃがむ。とりあえず、もっと様子を見よう。もしかしたらカツアゲ現場に見えるだけで、実際は違うかもしれないじゃないか。

 しゃがんだまま声が聞こえる距離までじりじりと近づく。


「ここに、ゴミを捨てないでください」


 少女がキッパリと男たちに言った。その堂々とした口調に聞き覚えがあり、茂みからそっと覗き見る。ツンっと尖ったショートヘアーと鋭い目つきを見て、確信した。たしか隣のクラスの堅物女。名前はド忘れしたが、生徒会役員であるため何度か風雅と一緒にいるのを見た覚えがある。

 服装の規制がゆるくなる文化祭中でも関わらず、彼女はきっちりとセーラー服を着用し、生徒会と書かれた腕章も左腕に付けている。しかも式典用の黄緑色のスカーフをつけており、文化祭を楽しむ気は毛頭ないように感じた。


 どうやら、警備係の少女が真面目に仕事をしているだけのようだ。銀色の警棒を片手にご苦労な事で。

 ただ、少女がたった一人で柄の悪い男三人に立ち向かうのは、いささか無茶が過ぎるように思える。


「ゴミはゴミ箱か、持ち帰るのが規則。守れないようであれば、直ちにこの文化祭の出入り禁止を言い渡します」


 淡泊な口調で少女は仕事をこなしているが、男たちの反応は悪い。


「うっせぇよ。チビ」

「こんなしょぼい祭りなんてもう来ねぇよ。バンドやるっつーから来てやったのに、やってねーのが悪い」

「何偉そうに指図してんだよ。おもちゃみたいな棒持って、サムライきどりですかー?」


 普通の女子なら泣くか、弱腰になるところだ。女子に限らず、男だって三対一は威圧される奴も少なくないだろう。口ではどうとでも言えるが、実際こういった場面に遭遇すると、身がすくみ思うように動けないのが現実だ。現に俺がその状態だった。

 警棒を持った彼女の左手に、ギュッと力が入ったように見える。


「今捨てたゴミを拾ってください」


 少女は俺とは違った。信念を曲げることなく男たちに真っ向から立ち向かう。

 彼女が指したのは男たちの足元。俺が今持っている物と同じ物だ。風雅をはじめとする柔道部たちの大切なものが、飲みかけのまま捨てられていた。俄然、少女の味方をしたくなる。といっても、やはり動けないまま見ているだけなのだが。


「はいはい。拾えばいいんでしょ、拾えば」


 男の一人がだるそうにカップを拾う。

 そして、わざとらしい口調で、


「あー手がすべった」


 透明なフタを外し、飲みかけの中身を少女に向かって投げつける。

 その瞬間、銀色の警棒が太陽に反射し俺の目がくらむ。次に視界が回復したとき、信じられない光景を目の当たりにした。


 少女はジュースをかぶった様子はなく、その周りのコンクリートだけが濡れている。いや、もう一つ。少女の持つ警棒からも水が滴っている。


 そこでようやく俺は気付いた。その警棒が日本刀だということに。

 おもちゃではない正真正銘の刀を見たのは、生まれてこのかた初めてだ。


「今、すぐに」


 低く冷たい声。例えるなら、真夏の太陽さえも凍りつかせてしまう、絶対零度の殺気を含ませた声だ。


「この学校から出ていけ。さもなくば、斬る」


 切っ先を男たちに向け睨みつけると、男たちは一目散に逃げ出した。

 少女は、ふんっと鼻を鳴らすと白い紙を取り出し刀を拭う。手慣れた手つきだ。


「あんな奴らがバンドに来たら……私の、ベ……で黙らせてやる」


 なにやら物騒なことを言っている。別の意味でこの場を離れた方がよさそうだ。

 ゆっくりと後退し少女から距離を置く。――と、足が痺れていたのか、バランスを崩し尻もちをつく。


「いって」


「誰かいるのか」


 しまった、と思った時にはもう遅かった。蛇に睨まれた蛙とはまさしく今の状況のことだろう。冷や汗が滝のごとく流れ、その場から動くことができなかった。

 だって刀だぜ。水を弾き、氷を切り捨てるほどの腕前を持ち、躊躇なく刃を人に向ける相手だ。生命の危機を感じざるを得ない。


「出てこい」


 素直に従った方がいいと判断した。両手を上げ投降する。

 少女は上から下まで俺を眺め、眉をひそめた。警戒したように日本刀を構えている。


「お前もゴミの不法投棄か?」


 キレてる、とまではいかないが、かなりご立腹の様子。無言でいたら悪い方向にしか進まないと思うので渇いた口をひらく。


「お、俺はゴミを捨てに来たわけじゃない! ほら、まだ飲みかけだ!」

「…………」


 俺の言葉に目立った反応はない。先ほどの男たちが飲みかけを捨てていたせいか、説得力に欠けるようだ。

 やばい、マジでやばい。


「ゴミを捨てるわけでないなら、こんなところに何しに来た」


 思わずサボりっと言いそうになり慌てて口をつぐむ。そんなことを言ったら頭と胴体が繋がったまま、縦に真っ二つだ。


「いや、ちょっと一人になりたい時だってあるだろ? ほらお前、じゃない! 君と一緒だ。な?」

「どうだか」


 口調は変わっていないが刀を下げてもらえた。刀身はぎらぎらと日差しをうけて輝いている。


「あの、その刀危ないっすよ?」


 やはり生きた心地がしないので、そこだけは指摘しておく。

 そもそも堅物で有名な彼女が、不要物どころか銃刀法違反までしていることに驚きだ。


「あぁこれか。いい刀だろう。学祭中はこれを持っていても玩具に見えるようでな。色々と重宝している」

「いや、いくらなんでもそれは……」

「これは私の魂だ。校内に魂を持ち込むことは、歓迎されるべきだと思っている」


 こいつ、意外なところでぶっ飛んだ思考回路を持っているな。なんとか離れたいが、この距離で一目散に逃げ出そうものなら背後から切りかかってきそうだし、どうすればいいのだろう。

 ひとまず今は彼女の警戒心を徐々に解いていかねばなるまい。少しずつ先程の話から離れて、この場から去る口実をつくるのだ。


「普段は魂持ち歩けないだろ? そんな物騒なもの、女の子が持ってちゃやばいって」

「案ずることはない。私の魂は二本ある。だから普段は危険性の低い、もう一本の方を持ち歩いているのだ。今は預けてあるがな」


 まさかの二刀流発言。本格的に生命の危機が迫っている気がする。

 俺が背後に障害物がないか、気付かれないように確認していると少女が話しかけてきた。


「ここは私に任せろ」

「え? あ、はい?」


 突然の言葉に思考が止まる。何を言っているのだと言いそうになったが、向こうも同じような顔をした。


「お前は私と一緒なんだろ?」

「あぁ。そうっすね」

「ならば、ここは私に任せて校内のゴミ拾いを頼む。私はここを汚してしまったからな。清掃しなくてはならない」

「なっ」

「異論は認めない。さっさと行け」


 思わず面喰ったが、これはいいチャンスだ。俺は曖昧に頷き少女に背を向けた。


「あぁ、それと」


 鋭い声に委縮し立ち止まる。首から上だけ動かして少女の方を見た。


「な、なんすか」

「そのシャツとズボンのことだが、クラス又は部活内で統一し、学校からの許可が下りたものか? そうでないならバンドの――」

「いってきます!」


 全力で走りだした。この距離なら逃げ切れる……ハズ。

 制服なんか暑くて着てられるか。


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