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ノイズ→メジャー・トライアド

 ギターを回収して帰ろうと思ったが楽器置き場には鍵がかかっていた。盗難防止の為か係の人に声をかけないと開けてもらえないらしい。張り紙には担当者の名前が書いてある。しかし知らない奴だった。とてもじゃないが、この人ごみの中では探せないだろう。仕方なく諦めることにした。


 校内をあてもなく歩く。去年までの俺は祭り好きな奴らと面白おかしく騒いでいたが、今は一人だ。誘いのメールはもちろん来ている。しかし馬鹿騒ぎする気分ではない。一言、二言、断わりのメールをし電源を切った。


 ざわざわとした周囲の音がやけに耳障りだ。無性に腹立たしい。苛立ちをきっかけに、ドロドロとした黒い感情が足元からせりあがる。ずぶずぶと蟠りに飲み込まれる自分を見たくなくて上を向く。二階にも人が大勢いた。その中に、こちらを見下ろすように立っている『鬼』がいた。


 一瞬であたりが深い闇に包まれる。華やかな色も音もない世界に放り出され思考が停止した。

 俺と鬼だけの世界。色が付いているのも存在しているのも俺らだけ。


 なんだ……これ?


 ようやく疑問が出てきた。ここはどこだ? あいつはなんだ?

 身体が竦んだまま動かない。俺はただ、鬼を見つめていた。赤い鬼の面をかぶった男がこちらを見下ろしている。遮る校舎もなく位置はそのまま。上も下も分からない漆黒の世界で、ただ、ただ、見つめ合う。


 冷たく気持ちの悪い汗が全身から噴き出ていた。そのくせ、そいつから目を離すことができない。鬼の面のせいで表情はわからないが、とにかく怖い。真夏のハズなのに身体がガクガクと震えてきた。

 鬼の面をつけたただの男だろ? なんでこんなに恐怖心を煽られる? 半そでのパーカー着た、俺と同じくらいの男じゃねぇかよ。動けよ、俺の足。震えるのが仕事じゃないだろ。距離はあるんだ、逃げるんだよ。


 ――どこへ?


 逃げ場がない。そもそもここはどこなんだよ? 俺に何が起きた? 俺は何もしてないだろ。来るなよ。絶対に来るな。消えろ。消えろ。


「消えろ。消えろ。消えろ消えろ消えろキエ――」


「よっ春葵」


 ポンッと肩を叩かれるのと同時に、世界が弾けるようにもとに戻った。先ほどと何も変わらない喧騒が身を包む。

 肩を叩いたのは柔道着を着た男。


風雅(ふうが)……」


 友人の風雅だった。体育会系特有の爽やかな笑みを浮かべている。


「こんなところで何つっ立っているんだよ?」

「あ、いや、別に」


 風雅に気付かれないように、二階を見る。そこに鬼はいなかった。俺の願い通り消えてくれたのか? ただの白昼夢?


「暇なら柔道部の屋台に来いって、メールしただろ? ほら、こっちだ」


 有無をいわさず引きずられ、連行される。身長も高く、がっしりとした体型の風雅にかなうはずもない。


「わかったから、引きずるなよ。自分で歩くって」


 とりあえず元の世界へ戻れたことに安堵した。

 連行された場所は中庭。ここが一番人が多い。柔道部の屋台は毎年恒例「カチワリドリンク」。豪快に砕いた氷にシロップやジュースを混ぜたもので、数多い屋台の中でもトップクラスの人気を誇っている。


「おっかえりぃ風雅! って、おぉ? 金づるだ!」


 売り子をやっていたのは、同じクラスの灯歌(とうか)だった。彼女は風雅と同じく柔道着を着て接客している。服装以外で変わったところといえば、髪型だろうか。いつも通りのストレートボブヘアーだが毛先がキッチリ揃っている。彼女なりのやる気のあらわれかもしれない。

 灯歌は俺を見つけた途端、ニヤリと笑った。


「どれでも200円! スマイルだけは無料だよ」

「じゃあ、スマイルください」


 あいにくだが手持ちがない。持っているのは家の鍵とケイタイだけだ。


「春葵くん。スマイルは無料だけど、無限じゃないからね?」


 にっこりと返された営業スマイル。目が笑っていない。こんなことなら財布をもってくるんだった。

 俺が困ったように笑っていると、風雅がバシバシ叩いてきた。


「俺のおごりにきまってるだろ? 好きなの飲めよ!」


 身体が大きいだけあって器も大きい。マジで助かった。こういう気のいい奴だから人望も厚く、生徒会役員と柔道部部長を任せられるのだろう。


「んじゃ、お言葉に甘えて」

「風雅のおごりならテキトーでいいよね! はい!」


 俺には注文する権利がないらしい。文句を言おうにも、アイスピックを振りかざす灯歌を見たら、何も言えなくなった。

 眼前にブルーハワイ味を押しつけられ受け取る。嫌いな味でもないし、おごってもらった立場だ。風雅に感謝しいただくことにする。

 とりあえず一口っと思って飲んだが半分ほど飲みほしてしまった。冷たいジュースが身体全体にしみわたる。自分が思っている以上に喉が渇いていたようだ。おそらくあの鬼に遭ったせいだろう。アレは一体なんだったのだろうか。考えても分からないので今は落ち着くことが先決だ。


「うまいか?」

「あぁ。ありがとな」


 風雅の笑顔を見ると不思議と心が落ち着く。大きく息を吐いてその笑顔を真似した。

 いつも通りとはいかないが、いくらか余裕を持てた気がする。


「灯歌が円歌(まどか)と別行動なんて、めずらしいな」


 余裕のあらわれか、思ったことをそのまま言葉に出す。円歌というのは、灯歌の双子の妹で同じ柔道部に所属している。二人の仲はとてもよく、常に行動を共にしているイメージが強い。


「円歌ならあそこだよ」


 灯歌が指差したのはミニステージだ。柔道部が宣伝用に作った特設ステージである。そこに灯歌そっくりの少女が立っていた。灯歌と違い、頭にうさぎのような白いリボンをつけている。傍らには雪玉を模した巨大な発泡スチロールがあった。


「はいはーい! みなさーん柔道部ですよー!」


 人々の視線が円歌に集まる。円歌は巨大雪玉を頭上に持ち上げ、声高に叫ぶ。


「暑い時こそ水分補給! 柔道部のカチワリドリンク、買ってくださーい!」


 小柄な体に大きな雪玉を掲げる姿がウケたのか、拍手があちこちから送られる。屋台への客足も増え、みるみる長蛇の列が作られていく。


「おっと。悪い春葵、ちょっと待っててくれ」


 灯歌だけでは手が足りず風雅もヘルプに入る。

 円歌が客を呼び、風雅が氷を砕き、灯歌が売りさばく。暑いし目が回るような忙しさの中、三人とも笑顔だ。

 俺は別に柔道部でもないし、この屋台の設置にも携わっていない。明らかに場違いだ。三人と俺の間に線が引かれているように感じる。


 俺の居場所はここじゃない。


 無言でその場を離れた。応援だけは、するから……ごめん。心の中で謝っても意味なんかないんだろうけど。


「あれ、春葵?」


 俺を探す風雅の声が聞こえた気がした。


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