13・『虚空の惑星』(後編)
エスター・エマードは朝の眩しい光で日を覚ました。どれだけ眠っていたのだろう……、ここは何処なのだろう。
ふかふかしたベッド、窓辺でほんのり暖かい。随分長い夢を見ていた、私がパパやジュンヤを殺そうとするなんて。
ベッドから起き上がり、姿見で自分を見た。すっかり変わってしまった自分の姿に落胆する。やっぱり、夢じゃないよね、どうしよう、私はとんでもないことをしてしまった。
部屋にメイシィが食事を持って入ってきた。
「あら、エスター、起きたのね」
──あれ? 何だか違うわ。いつもと同じ。私はジュンヤを殺そうとしたのよ? メイシィ。言おうとしたが、エスターは黙って朝食を頬張った。
彼女は朝食後、外に出掛けることにした。何だか青臭い匂いがする、私の鼻がおかしいのかしら。空気もすごくおいしい。エスターはゆっくりと、玄関の戸を開けた。ぱあっと光が充満して、彼女は思わず目を閉じた。目を凝らして景色を見る。
「うわあ、綺麗!!」
彼女は草原の中にいた。見渡す限りの草原、花が咲き、蝶が飛び交う、立ち並ぶ雪を抱いた峰々。これは夢だろうか。私がいる今が夢で、二人を苦しめたあの日は現実? それとも逆?
自分が寝ていた家は立派な一軒家だ。彼女は自分の知らない世界に酔い痴れていた。
「これはきっと夢ね……」
「夢なんかじゃないさ」
後から話し掛けたのは、一段と逞しくなったジュンヤだった。気のせいか、年をとったように見える。心なしか、背も高くなった。
「あれからもう、五年だ。君は五年間、ずっと眠ったままだったんだよ、エスター」
草原に一陣の風が吹いた。
エスターとジュンヤは、小高い丘の上を遊歩していた。
春の涼しい凪が頼を掠めた。緑色が少女の心を癒した。空は快晴で、日はもうすぐ真上につこうとしている。
「もう二度と目覚めないんじやないかと思っていたんだ。──良かった。本当に良かった」
ジュンヤはそう言って空を仰いだ。
「恥ずかしい話、エスターと初めてあった時、俺はお前のことを眠れる森の美女だと思ってしまったんだ。可愛いだろ。ついさっきまでも、やっぱりそう思ってた。今だから言うよ、俺はお前が好きだ、エスター」
青い空の下、二人を穏やかに包む草原は、太陽の光をいっぱいに浴びてきらきら輝いている。
「ありがとう……、でも……」
「いいんだ、姿形とか、そんなのどうでもいい。過去のことなんか振り返らなくていい。俺はエスターが好きなんだ。お前がどんな奴だろうと、俺は構わない」
立ち止まって、エスターの両手を握り締めた。金属に成り果てた手に彼の温もりが伝わってくる。真剣な眼差し。
「結婚しよう」
少女は青年の胸に飛び込んだ。青年はしっかりと少女を抱き寄せた。もう、悲しい思いはさせない。お互いきっと、うまくやっていけるさ。
丘の向こうに掘っ立て小屋を建てて、ディック・エマードが研究室にしていると聞いて、そこに向かうことにした。ディックはまだ、エスターの目覚めを知らない。二人、手を繋いで歩いた。彼はどんな顔をするだろう。
途中、ジュンヤにいろんな話を聞いた。ここに移住してきた経緯やその後ESのこと、EPTのことを。アンリとマリアはめでたく結婚したそうだ、もう三才になる子供がいる。ESの皆は故郷に帰ってそれぞれ楽しくやってるようだ。今はESもEPTもない、平穏が続いている。幸せの色と同じように、緑も以前より多くなった。
「お前の寿命が縮まるのを知ってても、ディックがお前を改造できずにいたのは、どうしてだと思う?」
「?」
「エレノアの面影がお前から消えるのを恐れてたんだよ。ああ見えても、結構ロマンチストだよなぁ」
あの日、ES要塞に帰った後、ディックは壊れかかったエスターを必死に直していたらしい。娘の名を何度も呼んで、彼は懸命に頑乗っていた。五日しかなかつた寿命をめいいっぱい延ばすために、何日も寝ないで作業してた。そして、エスターは生き延びることができたのだ。エスターは父に感謝した。ありがとう、パパ。やっぱり私、パパが好きだわ──。
丘を越えると、小さな小屋が見えた。二人の姿を見付けたからなのか、ディックは慌てて小屋を飛び出し、両手をいっぱいに振っている。いつもの、少し汚れた白衣を着た父親は、ずり落ちた眼鏡を直すことも忘れて、似合わぬ涙と精一杯の笑顔で娘を出迎えた。
「お帰り、エスター」
やっと終わりました……。編集。
とってもじゃないけど、今はこのような展開には出来ませんw
久しぶりに読み返してみて、恐ろしく前向きな小説に仕上がっていたので、びっくりしました。
実はこの小説は、10年ほど前、高校3年生のときに執筆したもので、今回は漢字変換、言い回しのミスの手直しのみで、殆ど原文のままのものを掲載しました。……ので、展開が変でも見逃してやってくださいw 突込みどころが万歳過ぎて、どうしたらいいかわからないのは私も一緒です(泣
3人称なんだか1人称なんだかわからないし。語彙が少なすぎ(汗
10年も経てば作者も大人になるんですよ……(遠い目)。
ところで、初期設定資料というのが出てきました。
どうやら最初はエスターは当初、ディックと血が繋がっていない設定だったようです。そんでもって、リーは『正体不明の科学者に身体を改造され、絶対的な若さと権力を手に入れた』と書いてありました。……なんてこった。
私、そんなこと考えてたんだ……。
ショックで立ち直れないよ……。
読み返して、納得できなかったのは、ストーリーや設定だけではなくて、キャラもだったりするのです。
ディックがいい人過ぎる。どうしたんだ。
エスターが気丈過ぎる。守れない。
ジュンヤがカッコ良過ぎる。お前は悩んでればいいんだ。
リーがカッコ良くない。そんなんじゃ惚れないよ。
何がどうしてそういうふうになったのかは忘れましたが、なんだか、薄っぺらい。もっと、肉厚で、濃くて、人間味のあるキャラが欲しい。……と、言うのを踏まえて、本編では全てのキャラが<ANOTHER STORY>と違う性格になりました。
おかげさまで恐ろしいくらい怖い展開に。
ダークでシリアス。無駄に武器とか、兵器とか持ち出す人たち。歪んだ感情、非日常な世界、何処までも続く闇。これらを使って、現代における様々な問題を遠まわしに批判していたりする……んですよ。実は。
最終的に、ハッピーエンドで終わった<ANOTHER STORY>ですが、本編はどうなるのかわかりません。
エスターがどうなるのか、ディックの過去にはどれくらいのものが詰まっているのか、リーは何処まで策略を巡らせているのか、それはまだ秘密です。
これは一つの、完結した「もう一つの『虚空の惑星』」というものであって、たくさんの分岐点のうちのほんの一例に過ぎません。こういう結末もあるんだ、位の気持ちで読み終えてくださると嬉しいです。
あとは、「もとの話がこうなのに、どうして本編はこんなに膨らんでんだ」と思っていただければそれで(言い訳)。
<ANOTHER〜>ご覧いただいた方にはおわかりの通り、まだまだ本編は序盤なのです。(今中盤への差し掛かり位かな)
執筆速度はカタツムリのように遅いですが、<ANOTHER〜>同様、いつか完結すると思いますし、リーも倒せると思いますので(汗)、今後とも虚空の惑星をよろしくお願いいたします。
(2007年7月)




