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12・『虚空の惑星』(前編)

 EPT本部ビルの上空に停滞したES要塞は、月の光に照らされて地面に丸い影を落としている。

 昼間の出来事は嘘だったかのようないつもの夜を迎える街、ネオ・ニューヨークシティー。その中で続いている戦いを知る者は少ない。核シェルターの跡地は郊外にあった。誰にも知られずにひっそりと残っている。

 かつて、一人の科学者とマシュー・ヴィクトの息絶えたそのコンピュータルームで、再び戦いが繰り広げられていた。

 時間は川のように流れたが、戦況は変わらなかつた。アンドロイド・エスタ一に守られて、ティン・リーは余程余裕なのか、椅子に座って寛いでいた。ディック・エマードは地面に項垂れて、黙っている。ジュンヤ・ウメモトは倒れたまま動かない。絶体絶命とはこういう状態のことを言うのだろう。

「面白くないな、始まったばかりだってのに。戦意喪失か? 情けない」

 リーの言葉に反応する者もない。

「エマード、私はFILE.Dを、貴様なら完成してくれると信じていた。──それがこのざまだ。改造の途中、(しか)と見たぞ、貴様、エスタ一に何もしてやらなかったな。FILE.Dは、成長に伴って徐々に改造していくことに意義があったのに。そのせいで、エスターに残されていたのはたった五日だった。娘のために尽力を惜しまない、そういうのが人間てもんじゃないのか」

「今……、何と言った……?」

 エマードの体から闘気が湧き起こる。失われていた輝きが少しずつ取り戻される。

「『娘のために尽力を惜しまない』と、確か、そう言ったな……」

 彼は二本足をしっかり土地に着け、リーを睨み付けた。汗で体を濡らして、死に物狂いで彼は立った。絶望は風と共に去った。

「俺だって怠けてたわけじやない。それを知ってて……、やらなかっただけだ。世間の親は笑うんだろうな、自分の娘を早死にさせる気か、と。でもな、例え後指差されようとも、俺は……、俺は絶対にやらんと決めていた」

「どうしてだ」

「分かるもんか……、分かるもんか、貴様に。分かってたまるか──!!」

 床に落とした銃を拾いあげ、撃つまで僅か数秒。彼の残り少ない弾の一つはティン・リーの心臓を射抜いた。リーは床に倒れ、うつ伏せになった。ディックは据わった目で荒く息をした。終わったのか……? 俺の、長い長い……。

「ディック・エマード……、私の負けだ。認めよう……」

 即死と思っていたリーが助けを請うように手を延ばしていた。二十代だった彼は徐々に老い始め、八十歳くらいの年寄りへと変身した。顔にも手にも、皺が隙間無く現れ、しわがれた(じじい)になった。黒かった髪も急激な老化と共に白く染まった。何が……、どうしたんだ……。リーはどうなってしまったんだ……? ディックは不思議に思い、リーの側へ行こうとした。

「来るな!!」

 爺の声は、何だかもの悲しい。

「貴様に同情などされたくないわ!! 私は……、わしは、見ての通りの年寄りじゃ。メイン・コンピュータにプログラムされていたあるデータをもとに、わしが永遠の若さを手に入れて、早三百年。以来、EPTの総司令として、時を過ごしてきた……。偶に現れる、天才と呼ばれる者達から技術を盗み、わしは、到頭ここまで上り詰めた……。わしは、神によって、創られた……。わしが死んでも……、まだ神が残っているぞ……。フハハ……ツ。貴様は、わしに負けぬ強い力を、持っているようじゃ……。じゃが……、わしに勝つことも……、で……き……ん……」

 ぞっとして、ディックはリーの額に一発打ち込んだ。ゾンビ……、不死身なのか、こいつは。さっきのは確かに奴の心臓を……。

 取り敢えず息の根は止めた。しかし、神とは……?

 主人を失ったアンドロイドは暴走を始めた。「EPTに反抗する全ての者を抹殺せよ」。生前、リーが吹き込んだ言葉だけを頼りに、彼女は動く。力の抜けたディックに、エルボーを喰らわせた。ディックは血を吐き、彼女は仰向けの体に伸しかかると、心臓を潰そうと踏み付ける。喘ぎ声がジュンヤの目を覚ました。壁まで這い、やっと立ち上がる。彼が見たのは悲しい場面だった。父娘同士、何で殺し合わなくちゃならないんだ……!!

「『虚空』の星だ、ここは」

 ジュンヤの呟きに、アンドロイドの動きが止まった。

「何もありゃしないんだよ」

 ディックはアンドロイドの足を払い除け、体を起こして咳をした。

「こんな……、何もない星だなんて思わなかった。少しくらい何かあったっていいじゃないかと、俺は思い込んでいただけなのかもしれないな。だってさ、この星には何もないじゃないか。俺達は何もかも失ってしまったじゃないか」

 ジュンヤは泣いた。家族以外の者の前で泣くのは初めてだった。

 アンドロイドは乾いた眼で、じっと彼の涙を見つめていた。──どこかで聞いた、同じような台詞。あれは誰が言ったんだろう。

『ティン・リー、あなたはこの星のどこが好きなの? ここは「虚空」の星よ、何もないわ。太陽も大気も大地も、みんなつくり物じゃない。唯一信じれるはずの自分の体もつくり物だわ! 何もないのよ、カラなのよ。どうしてこんな何もない世界を好きになれるの、どうして続けようとするのよ!!』

 あれは……、私……。ティン・リーに攫われてここに来た時、私はそう言って彼の手を振り解いた。幾ら改造されたからって、私はどうしてリーの手助けを……。

 一筋の涙が流れた。突然、彼女の中のコンピュータが異常を(きた)した。電磁波が彼女とメイン・コンピュータを包み込む。

 ジュンヤは直感した、エスターを動かしていたのはリーではなく、メイン・コンピュータではなかったろうか? ……メイン・コンピュータを破壊すれば、エスターは助かるかも……。そこで思い止まる。

 俺は今、この星のメイン・コンピュータを壊そうとしている。もし、これがなくなったら、世界中が混乱に陥ってしまうかもしれない。俺達が恩恵に預かった──地球から分離して飛ぶES要塞は別にしても── 全ての機能が停止してしまうんじゃないか。ティン・リーの言ってた神とはこいつのことか。それでも……。

「今必要なのは、こんなんじやねぇだろ」

 自分自身に言聞かせ、ジュンヤは単身、メイン・コンピュータの破壊に向かった。武器なんて無い、リーが座っていた椅子を持ち上げ、駆け出した。アンドロイドは彼の動きを止めようとふらつきながら近付いてきた。悪い、思いながらも彼女を突き飛ばし、彼はメイン・コンピュータに、渾身の力を込めて椅子を降り下ろした──。

 それはあっという間に炎に包まれた。全機能停止、アンドロイド・エスターの体から力が抜け落ち、倒れかかった。

 ジュンヤは慌てて椅子を投げ出し、重くなったエスターを担いだ。ディックも自力で立ち上がり、三人で何とか出口まで辿り着いた。

「長い……、旅路だった……」

 振り向き、ディックは最後の一発をメイン・コンピュータに撃ち込んだ。爆音は益々激しくなり、黒い煙が立ち上った。エアカーの中、ES要塞に向かうディックは、その黒い煙に哀愁を感じていた。黒い煙、それはまるで、彼の過去の記憶のようだ。俺の辛い過去……、その黒い建と共に、天に消えてくれ。もう二度と振り返らない、エレノアの笑顔さえ残ればそれで十分だ……。

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