11・栄光の果てに(後編)
メイン・コンピュータルームでティン・リーは、似合わぬ汗を掻き、ディック・エマードとジュンヤ・ウメモトの到着を待っていた。さっきはまんまとやられてしまったが、今度こそ勝てる自信がある。ESを完全に潰すまで、私のこの気持ちは晴れないだろうと思い、最後の手段に出ることにした。ディック・エマード……、やはり、敵にすべきではなかったのかもしれない。天才と騒がれるのも無理ない、だが彼もまた、私に及ぶことは出来ないのだ。リーはゆったりと椅子に腰掛けて敵の到着を待った。
エアカーの二人は、シェルター跡に着くと、急いで地下に続く梯子を下り、メイン・コンピュータルームに向かった。重々しい鉄の扉は、彼らが来るのを知ってていたかのようにすうっと音もなく開いた。
「待っていたよ、ディック・エマード博士、ジュンヤ・ウメモト君」
リーは不適な笑いを浮かべて二人を迎えた。この野郎は何を考えているんだ? 甘いマスクの下で一体どんな悪巧みをしているんだ?! ジュンヤはリーの考えを読み取ろうと観察していたが、彼の心の内は真っ暗で何も見えない。
「エスターはどうした」
ディックは一歩、一歩、リーに近付いた。懐から銃を出そうとしているのをリーは見逃さなかった。
「まあ、少しくらい待って私の話を聞いてくれ。そしたら会わせてやるよ、エスターにな」
「……分かった」
仕方なく立ち止まって話を聞くことにする。
「FILE.Dを覚えているか? 超極秘プロジェクトの一つだった、その中でも最重要視されていたFI LE.Dの正体を君は知っていたか?」
「人間と機械の融合の結果、最強の人間を造ろうとしていたのだろう、俺を苦しめるために」
「違うな」
リーはメイン・コンピューターに寄り、キーを押している。何かのプログラムを作動させようとしているのだろうか。
「あのプロジェクトにはもっと、深い理由と目的が隠されていた。貴様等はそれに気付かなかった。──それはな、エマード。貴様等ESの連中のようにEPTに逆らう者が現れたとき、そいつらを根絶やしにするための殺人マシンを造ることだ。媒体は誰でも良かった。偶々貴様の娘が選ばれただけのことだ。今、エスターは、メイン・コンピュータにより、最後の改造手術を施された。もはやエスターは貴様の娘ではない。EPT史上最高の殺人マシンなのだ!!」
ギィ──ン、鈍い音、コンピュータルーム全体が大きく揺れる。奥の扉が開いて、何かが姿を顕にする。何か……、それはエスターだった。体中機械に変えられたアンドロイドは感情の消えた眼でディックとジュンヤの方を見た。明らかに違う、エスターの体を借りた化物が目の前に立っている。……あの笑いはこれだったのか。エスターを利用して俺達を殺そうと……。卑劣な男だ、こいつは。目的のためなら手段を選ばない。やはり、この男は──。
「畜生めが!!」
ディックは銃で何発もリーを撃った。リーは笑って避けようともしない。何故ならばエスターが、
「死ね、リー!! 貴様だけは許せん!!」
リーの前に立ちはだかり、全ての銃弾を防ぐからだ。弾は全て鋼鉄の体に当たった。掠り傷すら付けられない。エスターの行動に、ディックはただ茫然として立ち尽くしてしまう。銃を握る力さえ無くして、床に落とした。
「エスター!! 止めるんだ!! そいつは敵だろう、どうして助ける?!」
ジュンヤはエスターの後に回って、リーを突き飛ばした。リーはまだ笑っている。薄気味悪いな……、何だってんだ、こいつは。ジュンヤが屈めていた腰を起こした瞬間、エスターの鉄腕が彼の首を締め付ける。
「エスター……、どうして……」
意識が朦朧としてきた。
エスターは力を緩めることなく、締め付け続ける。やがて、ジュンヤの体はぐったりと力を無くし、エスターはそれを遠くへ放り投げた。
この場で喜んでいるのはティン・リーただ一人。自分の望んだままの光景なのだから。
「全ては始まったばかりだ。さあ、ゲームを続けようじゃないか」
敗北だけが待っている。岸壁の下で荒波が飛沫をあげた。
戦いは最終局面を迎える。




