10・栄光の果てに(中編)
巨大スクリーンに覚えの無い映像が映った。途轍も無く大きな機械が沢山置いてある部屋だ。
「メイン・コンピュータルームだ」
ディックには見覚えがあるようだ。メイン・コンピュータといえば、世界の中枢を為しているという、EPT管轄下にある巨大装置……。と、いうことはつまり……。
「EPTのお偉いさんからメッセージでもあるのかな」
ジュンヤは立ち上がり、部屋の一番高いところにある司令席に昇った。
画面がぶれて、今度は一人の男が映った。若い、二十代の中国人である。長髪で紺色のスーツを着ている。
ディックは一瞬、我が目を疑った。だって、そいつは……、ティン・リー、俺と共に研究室にいた頃のティン・リーだ。何故だ。あれから十七年、俺は相応に年をとって、もう五十に手が届く頃だ。なのに何故、奴は年をとらない?! 奴は一体幾つなんだ、四十くらいのはずじゃないか? 俺は何か勘違いをしているのか?
「大分驚きのようだね、ディック・エマード。それから初めまして、お二人さん。私は彼の同僚だった、EPT総司令ティン・リーという者だ。随分派手にやってくれたもんで、吃驚しているところだよ、こっちは」
十七年前と声も態度も変わらない。懐かしい感情が込み上げてくる。それは怒りだ、憎しみだ。俺はこの男に人生を無茶苦茶にされたんだ。今更のこのこ出てきて何を言うつもりだ、これ以上、何がやりたいというんだ。
ディックは思いながらも尚、黙っていた。敵の挑発なんかにのるもんか。のったら十七年前の二の舞になりかねないからな……。
「こっちも驚いているところだ。何てったって、総司令自らお出ましなんだからな」
「──ほう。きみはもしやES創設者シロウ・ウメモトの御子息ジュンヤ・ウメモトかな?」
今度はジュンヤを挑発している。
何が何でもESを潰したいらしいな……。
「そうだ」
ジュンヤも堪えている。父親を殺された恨みがあったから。
次いでエスタ一に白羽の矢が立った。
「君はエスターといったね。なるほど、エレノア・オーリンにそっくりだ。彼女は全く聡明な女性だった。私の女にならないかと言ったら断られたよ、それより死んだほうがましだと言ってね。だから殺してやったのさ、バラバラにして。最高の絵だったよなあ、ディック・エマード!!」
ディックの堪忍袋の緒がぶつと途切れた。懐から銃を出してスクリーン上のリーを目掛けて一発撃った。弾はスクリーンのリーの額を割ったが、同時に正面のスクリーンが壊れた。両端のスクリーンには今尚、忌々しいリーの顔が映っている。エスターはディックに近付いて無理矢理銃を下ろさせた。息は荒い。ディックはうまい具合に興奮してきていた。
「貴様に言われたくはない、ティン・リー。お前は一体、どれだけの人の心を踏み躙れば気が済むんだ。どれだけの人の人生を無駄にすれば気が済むんだ!!」
リーはフンと鼻で笑った。
「どれだけって……? そんなのは知らんな。貴様だって私の心を何度となく踏み躙ってきたじゃないか」
「踏み躙る……? そんなのは良心的な奴が使う台詞だろ!!」
ジュンヤも我慢できずに本音を吐き出した。
「ディックが言えないんなら俺が言ってやる。ティン・リー、お前は悪魔か? 死の使いか? お前には大切なものを失う人達の気持ちが分からないのか!!」
「分かるさ」
見下すリーの視線が例えようもなく憎たらしい。ジュンヤは興奮に自分を見失いかけている。エスターはおどおどして二人を見た。今度リーが何か言ったら、二人は後先顧みずにリーの元へ行ってしまうのではないのか。
「貴様等揃って私の大切なこの星を壊してくれたじゃないか」
──逆上した二人は声を掛け合って空間転移装置を作動させようとする。「目標ネオ・ニューヨーク、ンティー上空」。
エスターは二人を止めることが出来なかった。異変に気付いた何人かが司令室に入ってきて二人を止めようとしたが、無駄であった。
ES球形要塞は地上から離れ、青白い光の粒になる。光は空間を超え、ネオ・ニューヨークシティーに出現した。巨大な機械製の月がEPT本部ビルの真上で静止している。
ディックとジュンヤは到着すると直ぐにメイン・コンピュータルームに突入しようとした。
「やめて!! 二人共これは罠よ! 今行っても敵の思う壷だわ!!」
「それでも俺達は行くんだ。全ての元兇はあの男だ、あいつを倒せば終わる。今なら……」
反重力システム搭載の最新型エアカーに飛び乗り、エンジンをかけると、二人はメイン・コンピュータのある地下、シェルターの跡地を目指した。
行っては駄目、憎しみだけで動いても冷静な判断は下せない。ジュンヤ、あなたのお父さん、そう言ってたじゃない。どうしよう……、ESは内部から崩れていってしまう……。
司令室に人が集まりだし、突然移動したのはなんだ、スクリーンが壊れているぞと騒ぎたてた。画面にリーの姿はなくなっていた。
ディックとジュンヤを乗せたエアカーはシェルターに向かい、低空飛行を続けている。街で無数のEPTの兵隊や兵器が待ち伏せしていて、それらの攻撃を、右に左に交わしながら進んで行った。
ネオ・ニューヨークシティーは途轍も無く広い。世界長大のドームはEPT本部ビルをすっぽり包んでしまうほどだ。ドームの穴から覗いたES要塞を背景に、エアカーは道無き道を突き進んでいた。
途中ES本部から通信が入った。送信しているのはメイシィ・ウメモトだ。どうしたんだと尋ねると彼女は、
「エスターが……エスターが攫われたの!!」
血相を変えて言った。
二人共、考えていたことは同じだ。分かっている、犯人はあの男だ。ティン・リー、奴に違いない。
「中国人だったわ。突然現れたかと思うと、エスターを連れて消えてしまったのよ! 彼の伝言を伝えるわ。『メイン・コンピュータルームにて最後の決着をつけよう』、以上よ。私達も今、そっちに向かうわ」
「いや、来るな。ここは俺達に任せてくれ」
エアカーは更に加速した。
ディック……、何か考えでもあるのかしら。たった二人で何が出来ると? ──今は信じましょう、二人を。メイシィは妥協して要塞の移動を諦めた。
曇天の下、稲光が閃光を走らせ空を斬る。何百年か振りに、ネオ・ニューヨークシティーに雨が降り注いだ。これからの戦いの序曲のような豪雨は、容赦無くエアカーを打ち付けた。