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1・逃亡

10年前、筆者が書き上げたものです。

誤字脱字以外、修正しておりませんのであしからずご了解を。

 巨大なビルの内部で突然警報が鳴り出した。警備員達は一斉に異常発生区へと急ぐ。場所を確認してみると、そこは政府の最重要幾密ファイルの管理所だった。

 どういうことだ、あれが外部に漏れたら大変なことになるんじゃないのか。担当はどうしたんだ。十数人の警備員達は不安を隠しきれなかった。政府の要人は皆帰宅していたから、なんとか自分達だけで解決してやろうという気でいた。

 闇の中に男達の足音だけが妙に響く。警報は止まない。冷汗が手に(にじ)む。よりによって、警備員の待機室から一番遠い、地下十階から地下通路を抜けたところにある、あの研究室とは。

 何故だ。何故犯人は逃げ場の無いあの部屋にわざわざ忍び込んだのだ。ファイルの存在を知る者……。大変な輩が迷い込んだものだ。

 エレベーターに乗り込み、ドアの開閉スイッチを押し、地下十階を指定する。急がなければ……。男達は肩で息をしていたが、その眼光だけは野獣のように鋭かった。

 

 事件現場のファイル管理所兼研究室は闇の中にあった。

 研究室の機器はとりわけ壊された様子はない。ひとつだけ、高さ二メートル・直径一メートル程の円柱型のガラス容器が破れて、中から何かの溶液が漏れ、そこらじゅうを濡らしている。部屋のの片隅で、背の高い四十代前半の男が、十歳くらいの少女と共に(うずくま)っていた。少女は裸で毛布に包まっている。その身体はびしょびしょだった。

 小さな身体は寒さと恐怖で震えている。男はぎゅっと少女を抱き締めた。

「大丈夫だ。俺が救ってやる」

 男はそう言って、不精髭の生えた顔を少女の頼に寄せた。


  警備員達が研究室に辿り着いた時には、書報が鳴り始めてから既に十分という時間が経過していた。

 一斉に銃を構え、ドアの向こうの様子を(うかが)う。

 水のはねる様な音がする。

 一同は息を呑んだ。緊張が走る。

 一人が合図をして、ドアを蹴り破った。

「誰か居るのか?! 返事をしろ!!」

 男達は揃って研究室に突入した。

 人の居る気配はない。容器から液体が濤々(とうとう)と流れ出ている。

 だが、油断はならない。決して。

 誰か居る筈だ。ここへの通路はこれ一本しか無いし、秘密の抜け穴など存在しないことは自分たちが一番よく知っている。抜け出せるものか。辺りを見回す。ふと、部屋の片隅に動くものを見付ける。微かに動いている。

「誰だ……そこに居るのは!」

 怒鳴り声が響く。

 蹲っていた影がのっそりと立ち上がる。

 小さな影がもう一つ在る。

「私だ……」

 低い声がした。気張って少し落ち着きが無い。

「あなたは……エマード博士!!」

 警備隊長らしいごつい男が一歩前に出る。正体の解った途端、警備員達は安堵(あんど)の溜め息を漏らして、構えている銃を下に降ろした。隊長はゆっくりと、エマードという男の元へ近付こうとした。その時、

「来るな! 近付くな!!」

 エマードが大声をあげた。

 一瞬、空気が凍った。

 そして次の瞬間、男達が見たのは、自分たちに銃口を向けるエマードと、彼の腰にしがみついた少女の姿だった。エマードは右手で銃を溝え、左手をズボンのポケットの中に入れた。

「ひい、ふう、みい……。成程。思ったとおりだ」

 ポケットから顔を出したのは、カードサイズの小型メカだ。目で位置を確認することもなく、慣れた手つきでボタンを次々と押し始めた。表情が見る見る冷たくなっていく。

「案外簡単だったな。ここで事件が発生すれば警備員が全員集合すると思ったんだ。これでお前等に逃げ場はない」

 しまった!! ……彼等がそう患った時にはもう遅かつた。先程蹴り破ったドアの後ろに頑丈そうなシャッターが轟音をたてて降ろされた。

 ごくりと唾をのむ。待っているのは確実に死だと悟る。

「私が誰なのか、よく知っている筈だ。だが、どんな人間かは知らんかったらしいな」

「エマード博士……あなたは狂っている」

 隊長は震える体をじっと堪えながら言った。

「狂う……? 果たしてそうかな? 狂っているのはお前等ではないのか?」

「……?」

「狂人に狂うの意味訊いても答えを得ることは出来んか」

 右手の人差し指を銃の引き金に掛ける。銃は弾丸用ではなけ。レーザー銃だ。当たれば致命傷……いや、死だ。死しかない。

 男達は彼の異名を思い出していた。──狙撃手(スナイパー)。政府の一科学者のくせに、銃の腕はプロ並み、それ以上だった。どこで培ってきたのかはわからない。命中率が100%に等しかった。自分達警備員でさえ、彼に銃を教わったじゃないか。避ける? 無理だ。彼は恐らく頭か心臓を狙うだろう。畜生。なんて奴が敵に回ったんだ。

「The Endだ。死ね」

 エマードの口が少し笑った。


 朝になった。とある超高層ビルで騒ぎが起こった。

 警備員全員が死体で見つかったのだ。額の真ん中を寸分の狂いもなく撃ち抜かれていた。例の地下十階の研究室に横たわっていたらしい。

 役人たちは、防犯システムの作動が正常だったか、防犯カメラに何が映っていたかの確認を急いだ。狙われたのは何か、何故こんなことが起きたのか、全く解らない。そもそも、そこに何があったのか、知る者もいない。

 暫くして、防犯カメラの映像処理を終えた者達から信じられない報告を受けた。一同はどよめいた。

 ビルのなかは暗澹(あんたん)とした空気に包まれた。

 犯人はディック・エマード。政府のナンバーツーとも呼ばれた男だった。


 


 ビルの最上階。事の成り行きを見守る男がいた。広い室内でただ一人、窓の際で、空を眺めている。

 暗い空。造られた青い色に温かさはない。暗く沈んだ濁った灰色を思わせるような、飛び交う鳥さえない青い天井。ド−ムで覆われた鉄の大地の上で人は栄える。日の光の無い世界。遠くに人工太陽が見える。

 男は手を後で組んで、じっと(たたず)んでいた。動くこともなく、ずっと。

 切れの長い東洋系の目鼻立ち。背は高く、歳は二十代後半であろうか。凛とした顔つきはまさに美青年と呼ぶに相応しい。

「ドクター」

 後ろで声がしたので振りむくと、秘書が血相を変えて入ってきたところだった。余程急ぎの用らしく、汗を掻いていた。

「何だ、そんなに急いで。電話で済むような用件じゃなさそうだな」

 秘書の女は、汗をハンカチで拭い、落ち着いてから一気呵成に話し始めた。

「ディック・エマードが逃走しました。彼は警備員を例の部屋に集めて殺し、その後手薄になった警備を抜けて逃走したと思われます。防犯システムは殆ど正常に作動していましたので、克明に彼の行動を捉えています。尚……、言いがたいのですが、申し上げます。エマードはFILE.Dに関するすべての資料と実験体を持って逃走中……。ドクター……、このままでは……」

 心配気にドクターを見る。

「そんなことか。電話でも構わなかったな」

 意外な返答に、秘書の女は戸惑った。ドクターは再び手を後ろで組んで、外を眺めた。

「エマードの逃走など。この世における数知れぬ裏切り、犯罪からすれば、九牛の一毛に過ぎん。しかし、流石はエマードだ。防犯カメラに映ったり、例の部屋を一般人の目に晒す真似などしてくれたり……。どうやらこの私を挑発しているらしい。だがよい。彼が私に及ぶととはない。全力で立ち向かって来るがよい。──その度にねじ伏せてやる。私の力でな……」

 言い放った男の後ろ姿に、秘書は底知れぬ恐怖を覚えた。

 違う……。我々凡人とは全く違う考えを持っておられる。偉大なお方。このお方の手に掛かれば、天才・エマードといえども一溜りもない……。紺色のスーツの影に彼女はほっと息をついた。

「何処に逃げ隠れようとも……私の目から逃れることは出来ない。エマード……、お前には猶予をくれてやろう。FILE.Dの完成の後に……お前の命を貰い受けるとしよう」

 肩まで伸びたストレートの黒髪を掻き揚げ、男は高笑いした。顔に似合わぬ少し高めの声が気味悪さを倍増させた。


 この男が誰なのか、ディック・エマードとは何者なのか。それはまた今度語ることにしよう。

 とにかく、これが始まりであった。

 秩序正しき世界、地球に、この時、(さざなみ)が立ったのだ。


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