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ゴング2

 以前、アウトオブバウンズとして、

『雑煮』の中に煮込んでいたものを、

大幅修正して再投稿。再編成。

投下のち、雑煮は消します。

 

 私、竹上彩は、このたび私立の共学校へと入学する。

 ふふん。女子高生ですよ、JK。しかもね、それが可愛い制服でさ、大きなリボンですよ、大きなリボン。それも真っ赤。ふひっ。……おっといけね、興奮して鼻血が。えっ、顔が問題? いいんだよ、そんなの。化粧で塗りたくれば、男は騙せるってばっちゃが言ってたから。

 それよりもさ、聞いてよ、諸君。

 通学費と家賃の計算から、姉ちゃんと二人暮らしの予定だったんだ。

 だけどさ、事件が起こったんだよ。

 姉ちゃんが突然、転勤することになったんだって。

 フッ。

 はじまったわ、私の時代。

 勉強はうるさく言われない。好きな食べ物食べ放題。友だちとのお泊り会だって夜まで盛り上がれる。カレシ作ってウッハウハ。門限だって気にしない。そんな極上生活が始まるっつーことですわ、うひょっ。とばかりに小躍りして一人暮らしを期待してましたです、はい。いや、マジで。思ってたんですわ。それなのに、それなのに……ッ!


「なんでだっ」


 駅のプラットホームの中心で彩は不満を叫んだ。両の肩には花柄ピンクと水玉オレンジの大きな旅行カバン。中にはたくさんの衣類や生活用品が混在している。かなりの重量だ。しかし、彩は負けない。夢にまでみた外での暮らしなのだ。こんなことでくじけてたまるか、と不屈の精神で歩を進めた。


「合格通知を貰って、まぁ、二人暮らしでもいいか、とか思ってたらまさかの転勤。うひょー、これで一人暮らしだわーい万歳ひゃっほうだったのに、だったのに……。なんでだっ」

「あーもう。うざいうるさい恥ずかしい黙れこのクソ妹」

「だーってさ、姉ちゃん! その話、おかしくない!?」

「重い。重いんだよ、こっちは。あんたみたいに力はないんだ」


 悪態をついた沙耶(さや)はガラガラと大きな音を立てながらオシャレな旅行かばんを転がしていた。可愛い子犬の柄で、彩にとって、お気に入りの一品だ。大きめで、衣類を、圧縮袋を駆使して詰めているために、結構重くなっている。その上、そこから伸びたハンドルに花柄のボストンバッグが寄りかかっていた。元気一杯な彩とは対照的に、両手で引きずっている彼女の顔は、もう、必死だった。

 だからなのかもしれない。エスカレーターに乗ると、一度、沙耶は大きな息を吐いた。

 はッ。こっちだって重いんですがね。というより、姉ちゃんのはただの運動不足なんじゃないの? そんなんじゃ、おデブちゃんになっちゃうんだぜ、おデブちゃんにさ。ぶひっ。


「おデブちゃんがなんだって?」


 しまった。

 小さな声だったのに聞こえていたらしい。

 なんちゅー地獄耳じゃ。

 だが彩はシラを切る。


「え? 何も言ってないよ。被害妄想じゃない?」


 しかし、ミッションを成功させることはできなかった。なぜなら、彩がほんの少しだけ、そう、本当にちょっとだけ気にしている事柄を、沙耶が遠慮なくグサリとえぐったからだ。


「しっかり聞こえてんだよ、筋肉女」

「あんだって?」

「貧乳はステータスですか?」

「……無駄な脂肪がない、スレンダーな身体ってことよ」

「まな板」


 ぐ、ぐぬぅ。この寄せて上げて女めぇ。納得がいかん、いかんぞ。なんだブラウスのそのふくらみは。同じ血が流れているとは思えん。……いや、違う。パットだ。そうだ、ブラの性能なんだっ。

 寄せる胸もない妹は反撃に出た。


「いいじゃん。ダイエットができて、それに引越し代も少し浮いたでしょ?」

「あっ!? おい、ちょっと彩、見てみ。んなもんする必要なんかないでしょうが」

「一昨日、体重計の上で唸ってたのは誰だったですかね?」

「はんっ。そんな過去のこと。それに引き換え、現在進行形で乳ナシのあんた……。あぁ、なんてかわいそうなの」


 あー、くそっ。乳乳乳乳、しつこいっての。こっちは成長期なんだよ! 規則正しい生活でバストアップを目指してるんだッ!

 口喧嘩をしながらエスカレーターを降りて改札口を渡る二人。周囲の怪訝そうな顔。しかし、それによって生じる羞恥心よりも、罵倒に対する攻撃衝動の方が断然と強かった。

 その上、沙耶は猛獣だった。


「大丈夫? トップとアンダー、きちんと計れる? 差がないからって、一緒にしちゃだめよ」

「うるさいうるさいうるさい。私は成長期なの!」

「そう。中学生だものね」


 勝ち誇ったかのように笑みを浮かべた。


「高校生になりましたっ」

「はいはい。でもさ、引越し代が少し浮いたって言っても、なんとかパックで送れなかったものを私らが運んでいるだけでしょ。こんなことになるんなら、素直に全部配達するんだったわ」


 改札口を出ても、地方にしては比較的広い駅なので、まだ出口までは距離があった。ゆえに、二人は一生懸命に荷物を運びつつも、高度な悪態を、まるで呼吸のように応酬させていた。

 ぐぅ。どんな攻撃もするりするりと回避しやがるとは、なんてずるいんだ。


「無駄に年を取ってないわね」

「あんたがしょぼいだけ」

「ぐっ、この年増め」

「はいはい。社会人二年生の私が年増なら、社会人全員が年増よ」

「その通りじゃない」

「あのね、二十三ってのは若いの。お子ちゃまにはみぃんな大人に見えるかもしれないけどね」

「おばちゃん」

「なっ……。あんた、聞いてた、私の話?」

「うん。聞いてたよ、おばちゃん」

「どうやら耳も悪いようね」

「頭もって言いたいわけ?」

「あら、そんなこと言ってないわよ。それこそ被害妄想じゃない?」

「そういうニュアンスだったのっ」


 ちっ。カウンターかい。やりおるわ。

 出口に辿り着き、床に敷かれたマットの上で自動的に機械が反応し、二人を認識した透明なガラスの自動ドアが開いた。ガラス越しに射抜かれた光にも暖かみはあったが、直接に浴びる太陽光は遮断されたもの以上で、目を射るほどだった。彩は、肩にバッグがぶら下がっているにも関わらず、疲れた腕を上げて、手で顔に影を作った。

 始まるんだ。

 全身で感じた。雲ひとつない青空は自身を歓迎してくれている。彩の胸に、自然と高揚が沸き起こった。当然、快く素直に受諾した。すると不思議なもので、先ほどの口論は洗い流されたようにどうでもよくなってきた。

 フッ。まるで青春だぜ。

 そこで、はたと、これからの方が重要であることに気がついた。高校生活を前にした彼女は、先ほど話された内容への疑問を、触れたくはなかったのだが、必要なので姉にぶつけた。


「ってかさ。私、さっき、初めて知ったんだよね」

「そうなの? もう知ってるんだと思ってた」


 唐突だったのだが、きちんと沙耶は会話に乗ってきた。このあたり、恐らく、疑問に思うことなど、とうに承知だったのだろう。悪戯心が過ぎていた。

 意地悪おばさんめ。

 睨まれました。

 なぜだ。口に出してないのに。

 そしらぬ顔で会話を続けた。


「誰が教えてくれるのよ、姉ちゃんの知り合いがルームメイトになるなんて」

「言ってなかったっけ?」


 むむ。

 とぼけますか、そうですか。

 

「聞いてない。お母さんたちに私の生活情報を流す人がどんな人なのか見たこともない」

「ついでに言うと、伝達役なんかも担ってるわよ。勉強しろ、とかね」

「はぁ、最悪」


 本当。せっかくの一人暮らしが台無しだ。

 実は電車を降りる前、ちらりと沙耶が彩にルームシェアのことを話していたのだ。その途端にテンションが一気にダウン。最高から最悪へ。「なんでだっ」という発言に繋がったというわけである。


「いいじゃない。家事もやってくれるのよ。一人暮らしでの家事って、ものすごく面倒なんだから」

「まぁ、そうかもしれないけどさ」

「それにさ。大学の後輩なんだけど、顔が整ってるっていうの? なかなかイイ顔してるわよ。身体も引き締まってるし。まぁ、彼女いるけどね」


 はぁ、彼女もちな家政婦さんなんですね。そら、素晴らしい美人様なことでしょうね。宝塚のごとく麗しく美しい……、あれ?


「あの、付かぬ事をお聞きしますが」

「何よ?」

「彼女さん持ちってことは、あの、そのお方、レズビアンさんですか?」


 それだったら危ういかも。いや、偏見もないし、私が恋愛対象になるかどうかは怪しいけど。ただ、その道には進みたくないかなぁというだけで。でも、まっ、まぁ、美人さんならありうるかな。こう、綺麗な唇から愛を耳元で囁いてもらいながら触れるか触れないかのやさしくソフトなタッチでピンク色のさくらんぼを……、って、違うわッ!

 彩はこんらんしている。わけもわからず、じぶんをこうげきした。


「違う違う。何言ってんの。なわきゃないでしょ」

「そうだよね、うん。そんなわけないよね」

「そうそう。だって、男だもん」


 そっか。男なんだ。ビアンさんじゃなかったみたい。いやぁ、良かった、良かった。思わず百合の世界へと旅立つところだったぜ。しかも受けとか。どうせなら攻めがいいな。「だ、ダメ。そこは……」とか「恥ずかしい」とか美人さんに言われちゃったりして、あまりのかわいさにこっちは顔を紅葉させて「ホラ、もうこんなに濡れてる」なんて笑いながら……、って、違うわッ!

 彩はますますこんらんした。

 男なんだから逆だよ、逆。受け攻めなんかじゃねーし。そうそう。手首縛って、ソフトタッチで焦らしまくって、それでも感じてしまう身体。羞恥心によって顔を真っ赤にさせて、扇情的な瞳から溢れてくる涙を舌で舐めて。そんなかわいい美人さんの下半身のキノコを握って「ホラ、もうこんなに硬く大きくなってる」なんて言って引き締まった身体に跨って……、って、違うわッ! なんで襲ってんだよ、私。逆じゃねーか。襲ってどうすんだよ! 逆だよ、逆。……あれ?


「……って、男!?」


 ちょっと姉ちゃん、あんた、何考えてるんすか!

 

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