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第三章-1

第三章


 庭師が暇を見つけ、切り株を引っこ抜いて、リシェル用の畑を準備していた。リシェル自身も小石を拾ったり、着々と準備を進めた結果、最近では畑らしく、リシェルの手でも鍬を使って耕せる場所もできてきた。

(でも、あんまり深く掘り返したくない)

 リシェルの腕力でも、頑張ればできるはずなのだが、表面しか耕せない。

(どうして? どうしてこんなに、いやな……怖い、感じがするのかしら)

 原因が見つからない。

 再三、アルフリートは、リシェルの家族や友人らに、昔変わった事件はなかったか問い合わせている。

 そのたびに、庭木に登って落ちたとか子ども同士で喧嘩をしたとか、仲裁があったとか、些細な「事件」が報告された。が、リシェルが「取り憑かれる」体質になった決定打は見つからなかった。

「アズライルいわく、ある程度魔力を持つ者がリシェルに接近すると、吸い込まれて、気がついたら取り憑いている、という感じになるようだが……」

 城にいる、他の古い魔法使いの残滓達を、アズライルがリシェルに張り付いて追い払っているともいう。今のところ、真偽のほどは、アルフリートには見えてこない。

「なぜだ?」

 外が騒がしくなってきた。

 ため息をついて、眉間の皺をちょっと指でもみほぐし、アルフリートは立ち上がった。

 書斎を出ると、使用人がアルフリートを捕まえにかかった。

「リシェル様がお倒れに!」

 畑仕事をしていて気が遠くなった。それだけだ。

(こんなに大騒ぎされてしまって……恥ずかしい……)

 上掛けを頭まで引き上げ、かぶったまま、リシェルはうつむく。

「畑……」

 伯爵まで来たらしい。呟きがすぐ近くで聞こえて、リシェルはますます身を縮めた。

「大騒ぎになってしまって、ごめんなさい」

 リシェルが涙声で謝ると、

「畑……」

 伯爵は、先程と同じ言葉しか言わなかった。

「そうか……、お前の両親が言っていた。お前は幼いころ、畑で遊んでいて、そこに埋まっていた死体を掘り返したことがあると」

「……? 覚えて、ません」

 いや――覚えている。

(もしかして、小さい頃に見た、あの時の……)

 リシェルは思い返す。


 あの日、畑を掘っていた。

 リシェルの家では、三人家族(当時リシェルには祖父母もいたが、商売で船に乗っていたので家にいなかった)で食べることのできる程度の、野菜を育てている。それから、鶏を数羽、羊が一頭。これは近所の人にもらったものと、商店街のくじ引きで当てたものだ。

「遠くへ行っちゃ、だめよ」

 母親ののどかな声を聞きながら、少女は短い手足を動かし、畑の畝を越えていく。

「おっ、今年はいいカブが採れそうだなぁ。土の具合をごらん」

「まぁ本当! 貴方、よかったですねえ。カブのスープがお好きですもの」

 両親が浮かれて会話しているのをよそに、リシェルは畝の間におさまり、つまらない、とばかりに土を掘り返す。やわらかい土を掘っても、楽しくはない。徐々に畝を外れ、固い土のほうへ移った。

 つまんない。けれど、土を掘り返すうち、虫が出てきたりして、気は紛れた。

「あっ」

 不意に生臭いにおいがして、少女はびくりと手を止める。

 ひどく臭う。それは、人の――体。死体。

 その、意味がよく分からないまま、それでも、その衝撃は、少女の心のどこかに、穴を開けた。

 そのときに――憑かれやすい体質を得たのだろうか?


「まさか」

 アルフリートの声が聞こえる。

「ただの死体だと……思っていたが」

 それきり、辺りが静かになった。

(?)

 リシェルは、ぱち、と瞬きする。いつの間にか、目をつぶっていたらしい。ほの白い空間に、リュウが寝そべっていたので、自分が眠っていることに気がついた。

「うわっ」

 耳元で声がして、リシェルはがばりと跳ね起きた。

 辺りはまだ薄暗く、すぐにはよく見えなかった。ただ、見たこともない大きな牛が、ベッドの上に立っている。

「……牛じゃない?」

 牛の数倍は大きい。肌はごつごつとしていて鱗も生え、比翼を広げて、ベッドの上でバランスを取っていた。

「――竜?」

「引きずり出されちゃった」

「その声は……リュウ? 夢の中の人?」

「そうだけど」

 ばつが悪いのか、ぶっきらぼうに、その竜は言い返した。

「最初から竜だって言ってたじゃない。僕だって、まさか、実体まで呼び出されるとは思わなかったよ!」

「実体? どういうことなの?」

「知らない」

 子どもみたいにふてくされられ、リシェルはリュウに手を伸ばした。

「知らない、じゃあないと思うわ。貴方、私の夢に出ていたのね? 人の布団に潜り込むなんて」

「夢には出たけど、実際に城に入ってきてたわけじゃないし! 変質者みたいに言わないでくれる? 一応、体はちゃんと森に隠して、中身だけ来てたんだもの。なのに、誰かが君に魔法をかけた。他のなまくら魔法使い達は、僕が君の夢に訪ねてきてたことも知らなかったくせに……。いわば僕のユーレーと僕の体を繋ぐ、見えない糸ってヤツを、魔法使いの誰かが、引っ張ったんだ。君に触れている僕のユーレーを利用されて、本体を釣り上げられちゃったんだよ」

 ぶるりと身震いした竜の目は、恐ろしげなところは全くない。ただの子犬のようだった。

「とにかく。状況が変わっちゃった。そろそろ危ないって、やな予感もしてたのに……来てた僕が悪いんだ。君にも振られたし、もういいや」

「待ってリュウ、貴方、」

 風が起こって、木の葉のような光が乱舞し、視界を遮る。それがおさまってから、リシェルは、自分以外に誰もいない部屋で呆然と呟いた。

「どうして私のところに来ていたの……?」 ――だって君が、助けてくれたから。

 かすかな声が、リシェルの耳をくすぐった。

 ――人間は、誰も、助けてくれなかった。君だけが、さらわれた馬車から落ちた後の、僕のことを助けてくれたんだ。

 ばたばたと駆ける足音がした。物が倒れる音もする。

 動悸のする胸を押さえて、リシェルはノックされたドアに、返事をした。

 ドアを開けて入ってきたのは複数名。メアリアン、伯爵、ルーベンス。ある意味、それなりに見慣れた面々だった。

「突然場が乱れた」

 アルフリートは顔をしかめ、ステッキで床上を叩いた。

 その表情は、険しいどころの騒ぎではない。

「最近どうも目くらましされている。ロスと魔法系統が似ていて、感知しづらい……城の防御魔法に引っかからないように、巧妙に似せてある。だが、今のは明らかにこれまでと違う。今のは何だ? お前か?」

「私がやったのかということであれば、違います、違うと思います……」

 リシェルは、夜ごと夢に現れる者と、先ほど去っていった竜のことをどうにか伝えた。

「夢を介して……?」

 アルフリートは怪訝につぶやく。

「たとえ夢でもさ、城に入られてるってことに違いはないよな。はい! 黙ります」

 軽く言い放ったルーベンスは、アルフリートの怒りを察して宣言した。

「竜がリシェルの夢を訪れて……その夢を使って、芋づる式に竜の本体を引っ張り出した? そんなことをしてどうする? 竜なんて何に使うんだ。呪いのために利用するのか?」

「一体誰が?」

 リシェルとメアリアン、ルーベンスの声が重なる。アルフリートが答えかけた、そのとき。

「それはもう分かっていると思うけれどね」

 突然、聞き慣れない声が響いた。

「残念だな。身内の気配は感知しきれないのか」

「灰髪……何の用だ?」

 相手の言葉に対して、アルフリートは平静さを取り繕った。

「裏口から入ってきたのか? 私はお前の訪問について誰からも聞いていないのだが」

「訪問連絡をしていなくても君が魔法使いであるなら、警戒していればすぐに分かるよ?」

 いつの間にか、室内、それも面々のごく近くに、うさんくさい微笑みを浮かべた紳士が佇んでいた。彼はにっこりと笑ったまま言う。

「いい加減うんざりだ。君達は平和ボケしているのかな」

「お前は、私にまともに取り合ってほしいのか? 完全に尻尾を掴んでからの方が、のらりくらりとされずに済むと思ったので放っておいたが……ならば聞こう? アズライルをそそのかして、暴発の可能性の高い魔法を使わせたのはお前か? 下手な小芝居で球根型の魔物を城に差し入れたな? それに乗じて呪いを背負わせた別の生き物を街と城に放ち、城の関係者が近くを通ったときに襲撃するよう細工をした。そのうちの一匹は城内で自滅したので、不発だった。間違いはないか?」

「だとしたらどうする? ――既に死んだ身の上で、アズライル、お前も私に、何か言う言葉はあるのかな?」

 灰髪、レスタート・ロス・エルスが、冷たい目でリシェルを見やった。挑発する、笑いを含んだ言葉だった。

「……私に、アズライル様が取り憑いたことを、ご存じなんですか」

「そうだね」

 知らないわけもない、と、レスタートは肩をすくめた。

「君達は、本当にバカだね。城に来ている竜のことにも気がつかないし」

「あれもお前の差し金か?」

「いや、全く。昔、父が捕まえ損ねた、はぐれ竜だよ。私のものになる予定だが、先日、お嬢さんに邪魔をされて、逃がしてしまった」

「私?」

 リシェルは驚く。

「そうだよ。お嬢さん。折角、苦労して部下に捕まえさせようとした竜だ。二度も逃げられたとはいえ、今度は跡をつけさせているから、すぐに捕獲できるだろう」

「二度……?」

「一度目は、お嬢さんが逃がした。二度目は今さっきだね」

「まさか、馬車にはねられかけていた竜を助けたときのこと?」

 レスタートは、笑みをもってこれに答えた。

 アルフリートがステッキを手に、一歩踏み出す。

「ところで、お前はどうしてそれほど余裕を持って、私の前に立っていられるんだ?」

「これまで気づいていても動かず、動いたとしても鈍いお前達を、恐れる理由が見当たらないな」

 レスタートの声がぶれる。消えて逃げるつもりだろうか。姿さえ歪む。

 リシェルは強い目眩を感じた。強い怒りに、押し出される感じがする。

(兄上!)

 慕っていた人に裏切られて、アズライルが叫んでいる。リシェルの体はリシェルを離れ、アズライルの指示に従った。

 レスタートに殴りかかったアズライルは、相手が消えたのでよろけて転んだ。倒れ込んだ後はリシェルの意識に戻っている。

 窓の外で、羽音がした。灰髪かと思いきや、窓を覆うほどに大きな影だ。

 こつこつ、と、人の顔くらいの鉤爪が、窓を叩いた。

「間違えちゃった」

 図体は大きいが、その声には聞き覚えがある。喋っているというより、澄んだ音が胸に直接、響いてきた。

「リュウ?」

「そうだけど。今さっき、まっすぐ飛び出しちゃったから、城の周りの結界に引っかかっちゃって……破ってもいいんだけど、怒られるのもいやで。ねぇ、外に出してくれる?」

「竜はすぐ見つかるってあいつが言ってたけど、本当だな」

 ぽつりとルーベンスが呟いた。

 窓を開けると、翼を畳んで竜が建物の中に入ってきた。外にいたときより随分縮んだ。リシェルが、道ばたで初めて見たときくらいの小ささである。

 それでも、

「大きいじゃないか」

 翼を広げて下り立った竜の姿に、アルフリートは目を細めた。

「私が見た竜は、さっき外にいたほど大きくはありませんでした! 今ここにいる、犬とかくらいの大きさで」

「サイズなんていくらでも変えられるんだけどな」

 何つまらないことで言い合っているの、と竜は首を傾げた。

「リュウ、貴方が私に名乗ってくれたのは、種族が竜だという、自己紹介だったの?」

「そうだね」

「貴方の、本当のお名前は?」

 竜は検分するように首を巡らせた。

「――そうだなぁ。リシェルが最初に、さっさと名乗ってくれなかったから、機会を逸してしまった」

「え」

「っていうのは冗談としてもさ。僕、名乗ってもいいのかなぁ」

 ちら、と竜に見られ、アルフリートは眉を上げた。

「名を知ったところで、お前のことを捕らえも呪いもしない。ただ、ここを見張っている他の魔法使いが、いないとも限らない。名乗るかどうかはお前の自由だ」

「そりゃそうだ。僕の自由だ」

 竜は翼を打ち下ろして、小さな見た目に似合わない、強い風を巻き上げた。頭を庇って腕を挙げたリシェルの、耳元に首を近づける。

「僕の名前は、リオニール」

「貴方を、リオと呼んでも大丈夫?」

 比翼で包まれ、テントのような状態で、リシェルはできるだけ声を潜めた。

「いいよ。それなら、外で呼んでもいい」

「ありがとう、リオ」

「お礼を言うのは僕の方だよ。助けてくれたのは君なんだから」

「馬車にはねられかけていた、あのときのこと? あれはやっぱり、貴方なのね」

 翼を離して、竜はリシェルに改めて言った。

「この際だから言うけど。君と現実世界で会うのは、今回で三回目だ」

「今と、さっき部屋で出会ったのと、貴方が馬車にひかれかけていたとき?」

「さっき? 夢のことは除くとして、城で今会ってる。それがまとめて一回。それと馬車のとき。その前にもう一回会っているよ。君は知らないだろうけど、君が畑を掘ったとき」

「城の畑?」

「違う違う」

「え……?」

 話が読めずに困惑するリシェルに、アルフリートが用心深い口調で言った。

「リシェルが幼い頃、自宅の畑で死体を掘り返したとき、近くにいたのか?」

「そう。それ」

 正解、とばかりに竜は笑った。目を細めて、口元や頬が緩んでいる。だが、それもすぐに無表情ともいえる暗さに戻った。

「あのとき、君を助けてやればよかった」

 もともとは、苦労人の自殺だった。

 リシェルの家の、畑近くの森で死んでいた。ちょうどよい、と、ロス家の下っ端の魔法使い達が拾ってきた。

 彼らは森の奥で小型の竜を掴まえ、檻に詰め込み、この街にやって来たところだった。 とてもうまくいっている、と彼らは考えていた。

 竜は――リオニールは、まだ何もされておらず、檻の中に入ったまま黙っていた。

 当時、城にはアルフリートの叔父が常駐していた。アズライルとレスタートの父親は、城の封印を外し、呪いを兵器として手に入れたがっていた。

 その日は、魔法使い達は城の防御を少しずつ弱らせるため、死体を埋めて用い、基礎的な呪いをかけた。そして竜を使う第二段階に到達する前に、呪いを城に跳ね返されてしまった。

 用いた死体が発酵し、毒となって、臭いとともに拡散する。

 魔法使い達は、防御もろくにできないまま、死んでしまった。

 竜は、体を揺さぶった。術をかけた者が死んだので、何度か体当たりを続けているうち、檻を壊して外に出られた。

 軽く炎を吐いて、死体になった人間達を、焼き清めた。こうして魔法使い達は跡形もなく消え去った。

 呪いに用いられ、埋められた死体以外は。

 竜はあくびをした。さぁ帰る前にひと眠りしよう。竜は茂みに隠れて、目を閉じた。

 まさか死体が、一人の少女の手によって、掘り起こされるとは思いもしないで。

「その後、リシェルが死体を掘り出した。騒がしくなったから、僕はさっさと森に帰った。たかが人間の小娘だ。その場で死にもしなかったし、大したことはないと思ってた。でも人はもろいね。あのくらいのことで、力のある死者を吸い寄せるような、穴が開く」

 竜はリシェルをじっと見つめた。黒い瞳孔が、夜のようだ。

「あのときは、連れ去られて閉口していた。解放されたらまた山へ戻って、魚や兎をはんで。季節が何度も巡ってから、軽くまどろんでいたら、また捕まった。まさか、あのときの子どもに、助けられるなんて思わなかった」

 外で木々が大きくざわめく。竜が、きゅうっと目を細めた。

「あのとき、あの畑なんて、焼き払っておけばよかった」

 考え込んだリシェルは、やがてゆっくりと顔を上げた。

「でも、貴方がそうしなかったから、私は遺体を見つけて、この体質になって、……そしてここで、メアリアンやルーベンスさんや、伯爵達に出会うことができたの。そのことが、全くいらなかったなんてことは、ないの」

「こんな城なんかじゃなくたって、友達くらいいるだろ」

「でも、その一人一人には、換えはないのよ?」

 竜は、ふん、と鼻息を吹いた。アルフリートの方を向き、居住まいを正す。

「人間。この子を治してやってほしい」

「竜に頼まれずとも、その準備はしている。ただ、直接「穴」と表現されたものを治すことは難しい。本人が、あると思っていない――無自覚なものを、治すことは容易ではない」

「え。何。そういうものなの?」

 ルーベンスが丸く目を見開く。

「俺も確かに、ハイになって、怪我してる足のこと忘れて、駆け回ったりもするけど」

「兵士の高揚と一緒にするな」

「でも、みたいなもんでしょ?」

「リシェルについては任されよう。お前を城から出すことに、反対もしない。ロス・エルス本家と違って、竜を殺して昔の呪いと相殺させるという考えもない。ただ、厄介な身内が、お前を狙っている。お前は、このまま無事に逃げられるのか?」

 竜が、一瞬大きく膨らんだ。怖くて、リシェルは一歩退いた。

「竜殺しの魔女の一族め」

 竜の呟きが、城の薄暗く湿った空気に触れて、広がる。

「城が呪われているのは、この地が呪われているからだ。同胞がここで、無為の死をとげている」

 竜は足下の石床を爪の先でなぞった。これまでの、子どもっぽい口調は払拭され、異形の生き物らしさが溢れていた。

「その同胞は、魔法使い達の手で呪いの道具とされ汚される前に、身の一片たりとも使わせない、と誓って死んだらしい。竜は地に伏し、地は呪われ、亡霊がより集まり、ほころびが生まれ、異界へと繋がった。人の王は、それを治めるために、ここに、魔法使いを置いた。竜に呪われるような真似をしたくせ、生き残っていた魔法使いを。彼らに労役を課し、城を築かせ、地鎮と異界への「扉」の管理を任せた。未来永劫」

 リシェルは勇気を出して、疑問を口に出した。

「この地が呪われたとき、どうして竜を殺した魔法使い達自身は、呪われなかったの?」

「彼らは竜の子孫だからさ」

 竜は軽く肩をすくめた。

 アルフリートが話を引き取る。

「その魔法使いは、人と竜の血を引いていた。薄まってきてはいるが、ロス家の人間は、竜の子孫だ。……この地を呪う竜は、国の戦争と、魔法使いの野心のために殺された。竜の命を原動力にした呪いを使って、この国は勝ち抜き、有利な条約を結ぶことができたが、この地には予想外の、強い、呪いの副産物が残された。この国を呪い殺してやる、という、強い恨みだ。同時に、竜は、同族を呪いきれなかった。竜の血を引く魔法使いは死なず、辺りの人間や森が死に始めた。女王陛下は――当時は、ミカエラ・ロッサ女王だったが、魔法使いに任務を与えた。子々孫々、その地の呪いを封じ続けよ。さもなくば解け、と。この城は、竜の血と骨と呪いの上に建っている。今のところ、封印することには成功しているし、城に一人も魔法使いがいなくても、城自体があれば抑えられる。周りに人が街を作ったのは、先祖達にも予定外だろうが。そういう、いわくのある家だ。……お前に、書物を見せ、この地で採れたものを食べさせ、生活させるのは、今は危険がほとんどないと分かっていても、心苦しい」

「心苦しい……」

 復唱して、リシェルはそっと目を上げた。緑の瞳に射抜かれて、アルフリートの目が揺れる。けれど、受け止めて、逃げなかった。

「伯爵の、弱気なように見えて、逃げ出さない強さと優しさを、私は好きだと思います」

「回りくどい言い方だな。私は褒められているのか?」

 アルフリートは、息で笑っている。

「いえ……そうですね。伯爵が、そういうもののおっしゃり方をするからです。……私に、そのお話を聞かせようと思ったのは、私を、友人のようなものだと、少しは思ってくださったからなんでしょうか」

 アルフリートは困惑を返した。

 リシェルも笑う。

「すみません、つい。私は、生まれてからずっと、この街で暮らしています。伯爵が心苦しいだなんて言われても、今更、ですよ」

 竜はその場の空白を見計らい、「ところで」と口を挟んだ。

「僕、森に帰りたい。助けてくれたリシェルと、話をしたくて夢に出ていたんだけど、ずっとここにはいられないし。でも、そこの人の親戚が、狙ってくるんだよね。どうしたらいいと思う?」

「お前は……それが目的で、戻ってきたのか?」

「何が?」

 アルフリートの視線を受けて、竜は、子どものように可愛らしく首を傾げた。

「分かった。お前のことを灰髪が追わないように、策を考えてやる」

「わーい。ありがとう」

 竜の礼が届くか届かないかのところで、広間や廊下の窓が、一斉に砕け散った。

「またか!」

 アズライルや球根が窓を割ってから、そう日は経っていない。

 ルーベンスやマリーベル達が、アルフリートを庇って伏せている。リシェルもメアリアンから離れ、はたと気づいた。

 とっさに、粉々になった破片を踏んで、窓に駆け寄る。

「リオ!?」

 竜のものだろう、遠吠えが聞こえる。苦しそうな鳴き声だった。

「やられたな」

 平静さを保ったアルフリートの発言に、ルーベンスが大声を出した。

「お前弱いのな!」

「弱くはない。防御しながら攻撃はしづらいだけで」

「弱いじゃねーか」

「リオ!」

 リシェルは手が切れそうになるのも構わず、窓枠にすがりついた。枠は簡単に崩れ、屋敷の壁ごと、外へ落ちた。

 壊れる音。音。耳でなく全身が引っかき回されているようだった。

「その、考えなしのところが! 強いとか勇敢というよりも、愚かなんだ」

 リシェルを引き寄せ、アルフリートは魔法を用いて、庭に下りる。

「ご、ごめんなさい……」

 腰が抜けたマリーベルを、メアリアンが部屋の奥へと引っ張っていった。ルーベンスは近くの木に飛び移り、下りてくる。

「そういうときは騎士が姫を助けるべきなんじゃないの?」

「黙れ。それと――下がっていろ。魔法の使えない者は足手まといだ」

「そうとは限らないんじゃない?」

 ルーベンスは怯まない。

 リシェルは、アルフリートの視線を追った。じわりと、庭の一角の、空がよどんで曇天になる。

「分かりやすいな」

 口の端を上げて、アルフリートが踏み出した。

 庭は即席の迷路と化していた。

「人の庭をよくもここまで壊してくれたな」

 行けども行けども、出口がない。普段あるべき場所に、その木が生えておらず、リシェルも困った。でも、リオが呼ぶから。草を飛び越え、木の枝を払い、アルフリートに遅れまいと、前進した。

 ルーベンスはというと、

「呼んだら行くから」

 と、迷路になった庭の外で待機している。全員が術中に飛び込むよりも、後から別行動したほうが意外性があっていいじゃない、という弁だった。

 庭木が茂って、空も見えない。

「これも、魔法ですか?」

「魔法でなかったら、神の仕業か?」

 アルフリートに鼻で笑われ、リシェルは、「緊張しているんですね」と間の抜けた答えを返した。


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