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私の異世界での立ち位置  作者: 葉月
解決編
94/97

94.解決のシナリオ


「そもそも人身御供をした人間の何が世界の糧となっていると思う?その身体か?その命か?その心か?その生き様か?」


『魔法』という奇跡の力を発見し造り出した創師は語る。


「何もかも早計だったのだよ。魔法を絶やさぬためにしたその行為もな。何故その様な行為に及んだ?まぁ僕を殺した所からみても短絡的思考の持ち主だったのだろうがな。お前の祖先であるあのバカ共は」


創師は遙か昔の人。

昔々に殺され、その時に意識だけをあの黒い本へと納めそこからこの世界の流れていく時間をずっと見てきた人。


「……魔法は世界が生み出す力によって形成される。世界が生み出す力は世界にしか生み出せない。なら弱まった世界と同等の力を持つ神に作られし人間を世界への力へと還すのは当然の事だろう」


そんな国王の言葉に創師は笑う。


「だから短絡的だと言っているんだ。ただ還すだけではなく何故そこでもっと突き詰めて考えなんだ?世界が欲するものは何だ?神はどうして世界と人間を造った?そこにあるものを渡すだけなど産まれたての幼児でも出来る事だぞ」


だけど国王側も何も考えなかったわけでは決してない。

だからこそ贄となるものにいくつかの試練を課しその人間の贄としての価値を強くし、その上で世界へと還していたのだから。何もそれは魔王復活阻止の儀のための単なるカモフラージュのためだけのものではないのだ。


「ならどうすれば良かったと?」

「さあな」


私の口元を歪め創師はにやりと笑う。


「本の中で動けずにいた僕にそんな事が分かるはずもないだろう?」

「……なら何故口出しをしてくる。何か考えがあったからこうやって偉そうに説教を垂れているんじゃないのか」

「あの時僕を殺さなければあるいはそれは叶っていたのかもしれないがね。まぁ、人身御供などというバカげた事をしなくても魔法を保つ方法ならもう既に僕の頭の中にはあるが」


人差し指で私の頭をトントンと突き「聞きたいか?」と小馬鹿にした態度で創師は言う。皆は何も言わなかったが創師は一人で勝手に喋り出す。


「記憶。知だよ」

「記憶?」


誰のでもない疑問符が飛ぶ。


「君たちには到底理解できないのかもしれないが、人の記憶、人の知はとても価値あるものなのだよ。僕がどうやって今でもこの世界で生きていると思う?本などというものにどうやって長い間住み続けていられたと思う?僕は僕の記憶と知を使った。だから記憶を使えばいい」


人の記憶を世界へと還元すれば良いと創師は言う。


「記憶?そんなものが世界の力になる?それこそばかばかしい事だ。それに記憶などと言うものをどうやって還元する?そんな便利なものがあればとっくに発見されているとは思わないのか」

「だけどお前は知らなかっただろう?人身御供などせずともその者の『記憶』だけでも、世界への還元としては使えるのだと言う事を。人間の全てを差し出さずともこの脳に貯まる記憶というものだけでも世界はソレを力とするのだと言う事を」


命も身体も心も。人間のその全ては世界への力となる。記憶も同じだ。寧ろ人間の持つものの中でもしかしたらその『記憶』という沢山のものが詰まったものが世界にとっては一番の力になるのかもしれない。


「……今回勇者を連れてくるに辺り、魔法力も多大に消費した。その分どれだけの人間の記憶が必要になる?」

「これの記憶だけで十分だ」


胸のあたりに手の平を置き「これ」と言う『これ』とは私の事。

すなわち私の記憶だ。


「まぁ数年はもつだろう」

「……レイトの記憶を使ってこの世界に安定と安寧をもたらすって事ですか?」


黙って話を聞いていたアルファルド君が口を開く。


「そういう事だ。まぁ記憶と言ってもこの世界で過ごした数カ月間だけの記憶だがな」

「じゃあ結乃はこの世界の事をまるまる全部忘れるって事?」

「言っておくがこれはお嬢さんも了承済みの件なのだからな。僕を睨まれても困るぞ」


突き刺さる視線に創師は不満を口にする。その主たる視線は言わずもがなアルファルド君だ。


「レイトの記憶を使うのは今レイトの身体に貴方がいるからですか。なら俺の身体を明け渡す。さっさとその身体から出ていけ」


私は意識の中ため息を吐く。あれだけ説明したのにアルファルド君は納得も理解もしていなかったのだろうか。


「いや、お前にはやってもらう事があるからな。それは無理だ」

「やって貰う事?」

「あぁ。だが……そうだな、お前の記憶も一緒の方がもしかしたらいいのかもしれない……。なら有り難くお前の記憶も使お」


『ちょっと待ってよ!!』


突然の私の叫び声に創師が顔を顰める。


煩いなと口からは出ない言葉が聞こえた。


『それは話が違う!!私の記憶だけで良いはずでしょうっ?アルファルド君の記憶も消そうとするなんて欲張りだよ!!』


創師は顔を顰めたまま私だけに語りかける。


「欲張りだと?驕るにもほどがあるぞ。お前の記憶だけでは数年しかもたない。ここにいる連中には数年持てば事足りると伝えたが正直な所数年では足りないのかもしれない。足りない分は僕の知を使おうと思っていたのだぞ?」

『……っ、それはそうなのかもしれないけど』

「あいつが……。それに、お前がいくら言った所でお前の記憶を使いこの世界への力とする事をあいつは良としないし納得もしない。なら、あいつの望むままにした方が話は早い。あいつにはやってもらう事があるとはいえ、贄となるはずだった自分が無傷のままこの世界で一人揚々と生きられると思うか?僕の説明もお前の説明も受け入れ様としなんだ男だぞ」

『……ぐっ……』


確かに。

あれだけ説明したというのにこの身体を明け渡す事について未だ納得していない様子のアルファルド君。そんな彼が私の記憶について黙って許す筈など最初からなかったのだ。


私は創師に代わってくれと頼み意思が固いアルファルド君と直接話をする事にした。


「アルファルド君」

「レイトか?」


薄く微笑めばアルファルド君は何処か安心した様な顔をした。


「アルファルド君。アルファルド君の記憶は駄目だよ」

「ならお前の記憶も駄目な筈だろ」

「私は良いんだよ。だって私はこの世界の人間じゃない。記憶を無くした所でこの世界での事は夢幻だったのだと受け入れる事が出来る。だけどアルファルド君は違うでしょ?」

「なら俺も夢幻だったんだと思えば良いだろ」

「だからっ……、兎に角駄目ったら駄目!!」


面倒になった私は叫ぶ。


「駄目な物は駄目なの!!」

「なら俺もレイトの記憶を使うのは反対だ」

「アルファルド君……」


アルファルド君の意思は固い。


「レイトが忘れるというのなら俺も忘れる。レイトの記憶を使うというなら俺の記憶も同じ様に使う。それが道理だろ」

「……道理なんかじゃ全然ないよ」


『ほらな』と頭の中で創師の飽きれ混じりの声。それみたことかとの呟きも聞こえた。


「私もあまり良い気分ではないわね」

「サナ……?」


それに追い討ちをかける様にサナまでもが反対だと言い始めた。


「私が覚えていて貴女が私の事を忘れて。それが私にとって気分良いと思う?」

「う……だ、だけど」

「私も貴女と同じでこの世界の人間じゃない。それに……空になったものを再利用するのは合理的だとは思うけど、やっぱりあまり良い気分ではないわね。貴女のその身体を他の誰かが使うのを見るのは」

「だけどサナ。それが一番の方法なんだよ」

「だとしても」


語調を強めサナは言う。


「気分悪いわ」

「うぅっ!」


ぐさりとサナの言葉が突き刺さる。何だかまたサナとの距離が開いた気がした。

ブカは何も言わなかったがサナと同意見らしくサナと同じような瞳で私を見る。事情を最初から知っていたネイルはやっぱりなと言う感じで笑う。


「気分が悪くとも僕はこの身体は使わせて貰うぞ。それが力を貸す最低条件だったからな。それにそうしないとこの先の事が僕には手出しできなくなる」


いつの間にか私の意識の前に出ていた創師が私の口で言葉を紡ぐ。


「それで話は纏まったな。この身体はお嬢さんが帰った後は僕が使わせて貰う。記憶はお嬢さんとそこの男のものを使う。勇者のお嬢さん、記憶を使うと言うのはそこそこ難しくてね。二人が限度なのだよ。それにあまり記憶を使い過ぎるのもきっと良くない」


創師にしても記憶を使うのは危険が伴うらしい。自分のものはどうにかなったとしても問題は無かったが、他人の、しかもここ数カ月の記憶をごっそり使うのはその後どうなるのかわからない。


「それでいいな?」


沈黙は肯定。



アルファルド君の意識が変わった事により贄を諦めたのだろう国王も。


世界を壊したいんじゃない、ただ世界の仕組みを変えたかっただけなのであろう前魔王様も。


未だ納得はしていないのだろうけれど、それ以上は言葉にしないサナも。


事の成り行きを見ているだけの、最初から話を知っていたネイルも。


何も言わないけれど、サナと気持ちは同じなのだろうブカも。




アルファルド君も。

そして私も。



皆何も言わなかった。



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