9.風がふく
アルファルド君は立ち止まり、所々崩れ落ちている遺跡をじっと見つめる。動物の声も虫の声もしない、人も近付かないだろう遺跡をただずっと見つめ、そして覚悟を決めたかのように息を吐き腰にある剣を鞘から抜いて遺跡の入り口へと向かった。
ここに何か重要なアイテムでもあるのだろうか?魔王を退治するために使う伝説の剣や伝説の盾、宝玉紅玉の類い、不思議な力をくれる精霊さん。そんな類のものが。
何が待っているのか。
それは目の前にいるアルファルド君しか知らない。
私はついていくだけだ。
しっかし。
「外で待ってた方がいいかなー」
離れていく彼の後ろ姿を見ながら思う。どうせアイテム手に入れたら出てくるんだろうし。私何も出来んし。魔物も多そうだしなー。わざわざついていくだけってのも自分のふがいなさに虚しさが膨れ上がるだけな気がする。
そう思いつつも。
異世界に来ての『初ダンジョン』。何が待っているのか、何があるのか、どんな冒険が待っているのか。精霊さんに会えるのか。ボスはどんななのか。レアアイテムとかも落ちてたり?もしかしたら仲間とかできちゃうかも!
そんな『初めての遺跡ダンジョン、わくわく?どきどき!無料体験ツアー』な魅力に、色々考えていた私の気持ちは徐々に徐々にと傾いていく。
好奇心には勝てない。
犬も食わない。
違うな。
そして私は足早にアルファルド君の後を追った。
精霊さんに会えたらいいな。可愛いかな。喋れるかな。言葉が通じると嬉しんだけどな。その前に私の姿は見えないか。
高鳴る鼓動に自然顔が緩んだ。
そして足も軽くなった。
スキップスキップ。
遺跡内部には魔物が大量発生していた。
「…………」
私は無言で一目散にアルファルド君から遠く離れ後退したが、どの魔物もコウモリぐらいの大きさの小さな魔物だったので、アルファルド君の持っていた剣の一振りで一掃される。
おぉー、凄い凄い。
その光景に感嘆する。
アルファルド君が手にしているのは前回のイベントで手に入れた剣だ。ここに来るまでの道程で、この剣は使用されていなかった。なので実際にアルファルド君がこうしてこの剣を使うのはこれが初めてだ。
想像していたのよりも刀身は細めで、アルファルド君が振ると青白い光が剣を纏い煌々と輝く。綺麗だ。遺跡に入る前、持っていただけの時は至って普通の剣だったのだけれど………。
アルファルド君の力が剣に影響している、もしくはそもそも普通の剣じゃなかったり?
剣を鞘に戻す暇なく次々と現れる魔物を、楽に薙ぎ倒して行くアルファルド君の遠く後方をてくてくと歩きつつ、私は遺跡を観察する。
今私達は両側を石壁に挟まれた人一人が通れるぐらいの狭い一本道を進んでいる。天井は高いのだが、横幅が狭い。両手を伸ばして少し足すぐらいの幅。
この道を行く前は、広い広間のような所にいた。まるでダンスホールのようなだだっ広いそこから繋がる何本かある道を、アルファルド君は一つ一つじっくり覗きこみながら、一番左側にあったこの道を選んだ。
方向音痴なアルファルド君が選んだ道なので若干の不安はあるものの、どの道が正解かなんてダンジュンマップなるものがない限り解りようもなかった。
ので、ここはアルファルド君の運に託した。
勇者たるもの、運も実力のうち。
願わくば前方から巨大岩が転がってくるだの、何かのスイッチを知らずに押していて地面がぱかっと開き落とし穴に真っ逆さまだの、はたまた後ろから謎の生命体がテケテケテケと追いかけてくるだの、そういった事が無いよう願いたい。
「ダンジョンにトラップはつきものなんだけどねー」と軽い気持ちで口にする。
それがいけなかったのだろう。
ビィーーーッ!というけたたましい音とガンッ!という何かがぶつかるような音とともに、左側の壁に手のひらサイズの小さな穴が無数に空く。まさか………槍でも飛んでくるの!?こんな狭い所で!?と恐怖に体がビクッとし頭を無意味に抱えたが、数秒待っても何も起こらなかった。恐る恐る顔をあげ穴の中を除き込んでみるが、穴の中には暗い空洞がただ広がっているだけで何も見えない。
「……?」
アルファルド君の方を見ると、アルファルド君も同じように穴を除き込み不審げに首を傾げていた。
不発なトラップ。
可能性は無くもないが、こういう場合に考えられるのは『時間差トラップ』という可能性だ。こちらの方が確率はべらぼうに高かったりする。
嫌な予感に冷や汗たらり。
「ア、アルファルドくーん……ここから早く逃げた方がいいか」
も知れない。
という言葉は残念ながら続かなかった。
穴が空いた方とは別側、右側の壁が、まるでそこには初めから何も無かったかのように唐突に消え、そして暗い不気味な空間が顔を出した。
な、何!?と思う間もなく何の反応も無かったはずの左側の穴からもの凄い勢いの風が吹き体に当たる。腕でガードするものの突然の突風に耐えられず、その勢いのまま体が右側に動いてしまう。浮遊感にさらされたのは直ぐだった。
足元に地面が無くなる。
不気味な空間に、
堕ちた。
「ちょ、まっ……みぎょぇあぁぁぁーーーーーっ!!!!」
私は右側に広がる深い暗い不気味な空間へとそのまま真っ逆さまに堕ちていった。