87.サナ the second time
「それがこの世界の真実ってわけね」
横暴で号弱で狡猾で薄汚い。『王』の名を持つに相応しくない卑劣で下劣な男。目の前にいるそんな男を私は睨み付ける。
身にそぐわない権力で民衆をいとも容易く操作し、支配し、躍らせる。後ろだてを良いことに不遜な態度を崩さない。
最低な男。
これがこの国の王。この国の統治者。
この国で一番偉い者。
「真実、と言うよりは、それがこの世界そのものと言うべきか」
その男は手にした剣を振り、刀身に付いた血を払う。誰の血か。誰の命か。
「真実も虚実も人間が作ったものだろう?世界には真実や虚実など、本来ありはしないのだからな」
操作し、牛耳り、操る。支配。統べる。
それが王。
誰よりも気高く誰よりも賢く誰よりも強い。
「ふんっ、全てを世界のせいにするってわけ」
「いいや?むしろ世界は被害者と言うべきか。世界は神に勝てはしないのだから」
人間は神に造られた。
なら、人間が住む『世界』もまた神が造ったものなのだ。造られた物は創造主に逆らえはしない。勝てはしない。それがこの世界の因果。
「魔王と魔物も、そうだろう?」
魔物は魔王が造った物。だから魔王には本当の意味で逆らえはしないし、魔王が死ねばもろとも死に至る。創造主無しには物は生きていられない。
「だけど、その魔王もまた作られたものだったってわけでしょ?」
「作られたもの、とは少し言い方が違う。ただ『魔王』という存在はこの世界に必要な物として存在していなければならなかった」
傲慢だ。
どこまで傲慢なのだろう。
「最初から全てその台本通りに進んでいた。茶番も良い所ね」
「茶番?それは違うな。なぁ、そうだろうユノ」
ユノ。
結乃と同じ名前の人間の男。結乃の大事なこの世界の人間。
そして、この世界のために『死』を突き付けられた哀れな人間。
「もしこれが本当に茶番だったとしたならば、俺はこんなにも喜んではいないよ」
そう言ってこの国の王は剣を足下に突き立てる。
悲痛な叫びが、剣を突き立てられた者から上がる。流れ出ていた血に、さらに新しい血が混じり合う。瀕死の状態。生きているのが不思議なほどに。
「ユノ、お前は今この世界でとても価値あるものとなっている。それこそ今までの贄の中で一番、な」
「あの異界の者に感謝だな」と薄く笑い、王は転がっている血にまみれた者から剣を抜き去り鞘に納めた。カチンという軽い音が妙に耳に障った。
「想いが強ければ強いほど、そして記憶が尊ければ尊いほど。それはこの世界の糧となる」
剣を抜かれうぅ、と唸るその『物』を王は見下ろしそうして傍らに立つその『者』を見る。
「ユノ。真実を聞いた今、お前が下す決断はなんだ?」
王の傍でぼんやりとした表情のまま立つ、ユノと言う名の男はやはりぼんやりとした表情のまま、魂の抜けた人形の様に自身の剣を握りしめて血だまりに転がるブカを見ていた。
「……っ、ブカぁっ!!」
そう、彼女の声が響き渡るまで。




