86.彼の願い
「レイト、本当にここで良かったのか?」
くるりと服を翻しながら言うネイルに、後ろを歩いていた私はこくりと頷く。
私達は今アルファルド君やブカ、サナ達とは別行動をしている。何故かと言うと、それはもうかくかく然々で事足りる事だろう。
「取り敢えず、ここぐらいしか思い付かないんだよね」
私とネイルが今いるここは私とアルファルド君が一度だけ立ち寄った事のあるとある街。ここには国一番の大きな『図書館』があり、そこで私とアルファルド君は過去、魔王と勇者の話を探した事がある。
ちなみにここまでの移動はネイルの空間移動魔法でひとっ飛びで辿り着いた。とても楽ちんでした。
「だけどさレイト。その『いべんと』ってやつ、信用できるのか?」
とことこと歩きつつネイルが首を傾け聞いてくる。私はネイルのその仕草に苦笑してしまう。何だかんだでネイルの動きは可愛らしい。女の子らしいというよりは子供っぽいという意味でだが。
「信用とか信頼とかじゃなくてね、イベントは消化するものなんだよ。行き詰まったら残してきたイベント消化。これ、ゲームの鉄則なんだよ」
そっか、と笑うネイルは私の言っている意味が本当に理解できたのだろうか。
「じゃあ行こう!」と張り切って先人を切るネイルの後を私は少し遅れて着いていった。
私達がここにいる理由はイベント。
そう。イベントなのである。
アルファルド君と以前ここを訪れた際、私はこの街の図書館で一冊の黒い本に出会っている。カタカタと独りでに揺れ動く不気味な本。あの時はあまりにも不気味で、そして面倒ごとに巻き込まれてしまいそうで素通りしてしまったのだけれど。
だけど今。行き詰まっている今は、藁をもつかむ思いでここにまた舞い戻って来ていた。
「あの本、力貸してくれるかな」
多分魔王の力で開くのだろう黒い本。
今、この状況の打開策として何が思い付くのかと言われたら、私が思い付いたのはその本の事だけだった。
ブカは力を求めろと言った。
アルファルド君の『運命』の理由が分からないにしろ、力を求めろと。
そりゃ、誰をも凌駕する力を持っていたのなら運命だって世界だって、理すら多分簡単に変えてしまえるものなのかもしれないのだろうけれど。
だけど、そんな力を手にした所で。
「…………」
「レイト?」
いつの間にかすぐ目の前にいたネイルが私の顔を覗き込む。
「どうかしたか?」
「うん……。アルファルド君、大丈夫かなって」
俺の願いは一つだけ。
そう言ったアルファルド君の願いとは何だろうか。なんとなくは想像がつくのだけれど。
この世界の平和。この国の平穏。ここに生きる全ての人の幸せ。家族の幸せ。
アルファルド君以外の人の幸せ。
彼の願いはそんなもんなんだろうなと、私はため息を吐いた。そして目の前のネイルに助けを求める。
「ネイル、私って押し付けがましいかなぁ」
まさかあんなにもきっぱりとアルファルド君に断られるとは思ってもいなかった。あの流れは絶対に私の手を握り返してくれる流れじゃないのか。
不思議だ。不思議すぎる。
「なんで上手くいかないんだろ」
ゲームなら、きっと私達は今頃皆で手に手を取って力を合わせ、ラスボスに立ち向かっているのだろう筈なのに。解決編なのだから。
そしてラスボスを倒した私達に待つのは皆の幸せだ。
誰かの幸せじゃない。皆の幸せ。
一人でも欠けてしまったら、それは本当の幸せにはならない。ハッピーエンドにはならない。
皆の幸せがエンドロールを奏でてくれるのだろうから。
「レイトはアルファルドの事、知ってるか?」
ネイルがそんな事を聞いて来る。その言葉に私は眉間に皺を寄せただけで答えた。するとネイルはいつものように無邪気に笑う。
「アルファルドの願いは、きっとレイトの事だぞ」
「私?」
「レイトが無事に元の世界に帰れますようにって。それだと思うぞ?」
私が元の世界にって。
アルファルド君ならまぁありそうだけれど。
「でも私、アルファルド君にはまだ帰らないって言っちゃってるんだけど」
アルファルド君の運命を変えるまで帰らない。そう彼に宣言してしまっているのだが。
「真っ向から対立だなっ!」
「…………」
対立するつもりはないんだけどな。
楽しそうにするネイルに私はまたため息を吐いた。




