85.ブカ the fourth time
そいつの姿が目に入った瞬間、俺は位の一番にそいつに剣を向けた。そいつにしか目が行っていなかった。
ガキィンッ!とそいつ、『勇者』の剣と俺が持つあの人間の男の剣とがぶつかり合い響き合う。
勇者が笑う。
「あら、ブカ、随分御挨拶ね」
「…………」
そんな勇者の戯言にも、俺は何も言わない。言う必要もない。くだらない話もくだらない言葉も、人間が言葉巧みに使う感情も、俺は聞く必要はない。
俺がすべきことはこの勇者の息の根を止める事。
結乃様に害なす者の排除。
殺す。
人間の男の剣は俺には使いにくかった。手に馴染まない。だが、俺にはまだ武器を具現化出来るだけの力が戻ってはいない。だから仕方がない。俺は人間の男の剣を振るう。
そんな俺を、勇者はただ笑って対峙していた。楽しそうに。可笑しそうに。嬉しそうに。
「ねぇブカ。アナタ、その剣どうしたの?」
剣のぶつかり合う甲高い音。
俺の振るう剣さばきを華麗に受け止め避けながら、勇者は俺に尋ねて来る。
「それ、あの彼の物でしょう?どうしてアナタが持っているの?」
くすくすと笑う勇者はそれの答えを知っている。挑発するかのようにその妖しげに光る妖艶な瞳で俺を見て俺に問いかける。
「ブカ、まだ力が戻りきっていないのね。何故かしら。何故かしらね」
ふわり、と勇者が微笑む。
結乃様には出来ないだろう芸当。
「私がアナタの大事な『結乃様』を連れて行っちゃったからかしら」
ぐっ、と剣に力を入れて勇者の剣を押すが、勇者はそれを受け流す。距離を取る。
「だけどちょうど良かったわ、ブカ」
勇者がふふ、と笑う。そして、すっ、と真顔になったかと思うと取っていた俺との距離を一気に詰めて来た。ガアァンッ!とぶつかった剣の勢いで俺は吹っ飛ぶ。
「………!」
「私もちょうどイライラしてる所だったからっ!!」
猛攻。
だけど勇者が手を抜いているのだろう事は分かった。もし手を抜かれていなかったら俺はさっきの一瞬でやられていただろうから。
これはただの剣と剣とのぶつかり合い。殺し合いじゃない。ただの遊びだ。
「ねぇブカ」
勇者と俺との終わらない『遊び』は続いていた。俺も勇者も疲れを知らない。長い長い遊び。
そんな中、勇者が小さく口を開く。
「あの子はとても恐ろしいわね」
「…………」
「アナタが、まだ傍にいたくなる気持ちも分かるわ」
「終わりよ」と唐突に勇者は剣をおさめた。俺は勇者をじと見た後、結乃様の方へと視線をやる。
結乃様はあの人間の男と何やら話をしているようだった。俺はそっちに足を向けた。
結乃様に声をかけると、結乃様は俺に笑いかけた。怪我はしていないようだ。あの魔法使いが言っていた通り、勇者は結乃様に危害を加えていなかったらしい。
外見は、の話だが。
「結乃」
勇者もこっちに近付いてき、結乃様をそう呼んだ。馴れ馴れしく。
「話は済んだの?」
「うぅ、……サナ、私、感動で泣きそう。…………えぇ、と。話だよね、話はなし、話は……一応、済んだ、のかな?」
結乃様が人間の男を見る。そして人間の男は結乃様に視線を向けこう言った。
「俺が叶えたい願いは一つだけだ。それ以外、俺は望んでない」と。
この男の願いを俺は知っている。あの森で何を考えての行動だったのか、俺に向かって自身の考えを吐露してきた。まるで俺に助けを求めるように。助けを請うように。魔物の俺に。滑稽だ。
そうやってこの人間の男は結乃様の手を拒む。
俺は人間の男に回し蹴りを喰らわせた。剣で切り付けなかっただけ有難いと思えと思う。
目障りだ。この人間の男も。勇者も。何もかも。
このままだと結乃様は良いように使われるだけだ。人間の男に、勇者に、前魔王様に、この世界に。
いつまで経っても結乃様は元の世界へと帰ることは出来ない。帰りたいと言っていた。最初から。この方はそれを一番に望んでいたのだ。
それがどうだ。今のこの状況は。
「結乃様」
「ブカっ、ちょっと待って。サナを止めないとっ」
勇者があの人間の男に近付いて行く。そんな事、どうでも良かった。勇者があの人間の男に何をしようとどうでもいい。寧ろ、勇者があの人間の男を殺してくれないだろうか、とさえ思う。
そうすればこの茶番も終わる。
「ブカもアルファルド君もさっ、もうちょっと仲良く出来ないの?男同志なのに!」
結乃様が怒ったように声を張り上げる。
「アルファルド君もアルファルド君だしっ!」
そして。
「なんでさ……。アルファルド君」
ああ、まただと思う。
繰り返す。何度も何度も繰り返している。同じ事の繰り返し。全くもって進んでいない。何もかも。
あの男が死なない限りこの茶番は終わらない。あの男が生きない限り、この茶番は終わらない。
結乃様は一生、がんじがらめにこの世界に括りつけられたまま。
戻りたい、帰りたいと言った結乃様は一生この世界に居続ける。
『だったらさっさとアイツをこの世界から消してくれないか』
ああそうだな。
そう出来たのなら、どれだけ容易く済む事か。
「結乃様」
だけど結乃様はそれを望まない。
「結乃様、お忘れですか?結乃様は魔王様です」
だから力を求めて欲しいと思う。
「結乃様が望めば、このような世界など一瞬にして消す事が可能です」
潰してしまえと思う。
あの人間ごと。何もかもを。俺は最初からそれを望んでいた。
「潰しましょう。壊しましょう。消し去ってしまいましょう。滅ぼしてしまいましょう。私もお手伝いします」
それが俺の役目だ。
結乃様は今それだけの力を持っている。魔王では無くなったにしろ『魔王の力』を手にしている。結乃様は魔王だった時でさえその力を本気で使いはしなかった。だからこの方は分かっていない。
『王』の力がどれほどのものなのか。
だけど結乃様は使わないだろう。この方はそう言う方だから。
『頑固、がんこ者だよっ』
結乃様も十分頑固者だ。
こんな主を持ってしまった俺の『運命』とやらも、きっと相当なのだろう。
自覚しろ。
もうあの人間の男ばかりを見ていても、この偽劇は進まないと言う事を。茶番は終わらないと言う事を。終わりがこないのは何もあの人間の男のせいだけじゃない。
『力』を持つのに『力』を使わない、結乃様にもあるのだと。
そうして結乃様はあの魔法使いと一緒に『力』を求めて何処かへと赴いた。『方法』を求め、何処かへと旅立つ。
俺は残り、あの人間の世話。
手に力を込める。光が集まるが霧散する。まだ自分自身の剣を具現化する事は出来ない。
が、多少なら魔法は使えそうだった。
勇者と共にいるあの人間の男に近付く。勇者が俺に気付き口を開いた。
「あら、ブカ。残ったの?」
その勇者の言葉には俺は答えなかった。人間の男を見る。人間の男は勇者に何か言われたのだろう。じっ、と立ったまま動こうとはしなかった。さっき街に帰ると口にしていたにも関わらず、だ。
「街に帰るのではなかったか。ひ弱な人間よ」
人間の男は俺を見るが、ふい、と顔を反らした。何も答えない。代わりと言わんばかりに勇者が口を開く。
「私達はこれから国王の所へ行くのよ」
「国王?」
俺が訝しげに勇者を見やると、勇者は不適に笑みを浮かべて「この世界の真実。この彼の『運命』とやらを暴きにね」と口にした。
「ブカも来るのでしょう?」
「……その人間が行くならな」
俺はこの人間の男を『守』らなくてはならないから。結乃様が全てを終わらせる、その瞬間まで。
「決まりね」と勇者はにやりと笑う。
「…………」
何故だが。
もしかしたら全てがこの勇者の思い通りに事が運んでいるのではないだろうか、という疑念が俺の中に湧いた。
全てがこの勇者の作戦だったのなら?
『ゆの。私の当初の予定ではな、お前は元の世界には戻さず、この世界でずっと生きていって貰うはずだったのだよ。そして途中までは予定通り事が運んでいた』
全てが『誰か』の計画だったのなら?
「…………」
もしそうであったとしても。
俺は結乃様を助ける。
それだけだ。




