72.死の運命
前魔王様とブカ。
この二人が聞きたかった事とは、魔王の力を無くした私が、どうやってまた魔王の力を手にしたのか、というその経緯の事だった。
アルファルド君があの神秘の森でやった事を私が二人に話すと、ブカは黙り、少女の姿をした前魔王様は顔を顰めた。
「二人が聞きたかった事って、これなんですか?」
歩いて山を下りつつ隣を歩く二人に私は尋ねる。私の隣にはブカ。その隣には前魔王様。
ブカと前魔王様は二人してこくりと頷く。見た目子供な二人が一緒だと、なんだか私は保母さん気分だ。
「その『神秘の森』に歴代魔王の封印された力がある事を知ったのは書物でだと言ったな、ゆの」
前魔王様は渋面のまま私に問いかける。私はそれに頷く。神秘の森に魔王の力が封印されている、とアルファルド君はそう言った。そしてそれは、図書館の本で知ったのだと。
「それ、嘘だな」
「え」
前魔王様の言葉に私は変な声を出してしまう。
「書物にそんな重要事項を書くなど、そんな危なっかしいまね普通しない。しかもそれが厳重に保管されていたわけでもない、そこらにある街の書物庫にあるだなどと。さらに考えられないな」
それもそうなのだろうか。
「…………」
「まぁ、今そこは重要じゃないな。そんな嘘をゆのにつこうがつくまいがこちらには……いや、『私』には関係無い。重要なのは、どこのどいつがソレを『アルファルド君』に伝えたか、だ」
どこのどいつ。
どこの誰がアルファルド君に、神秘の森に封印されている歴代魔王の力の事を話したのか。
「……それ、そんなに重要なんですか?」
私が首を傾げて前魔王様に尋ねると重要だ、と前魔王様は言う。
そして、前魔王様はよく分かっていない私を放置して今度はブカに問いかける。
「お前はそれを知っているか?」
前魔王様の問いにブカは無表情のまま頷いた。
「確信はありませんが、可能性の問題で言うなれば……あの勇者かと」
勇者。勇者さんの事だ。
「やはりか……。また面倒な事をしてくれるな、あの勇者も」
「……申し訳ありません」
ブカが謝る。
ふん、と前魔王様が鼻で笑う。
「自覚はあるようだな」
ブカが苦虫を噛み潰したような苦渋の表情をする。私はそのブカの様子を見て、しばらく後、小さなブカの可愛らしい頭をよしよしと撫でてやった。
何故なら私は分かってしまったから。ブカが謝り、そして何故そのような顔をするのか。
ブカはピクリと表情を揺らしたが、すぐにいつもの『無』に戻した。
もし。
もし、アルファルド君に歴代魔王の力が封印されているのが神秘の森であること、そしてそれを使えば私を助けられる事を言ったのが勇者さん本人なら、その目的はきっと最終的にブカを助けるためだったのだろうから。
あの時、勇者さんは私が魔王の力を無くした事を知っていた筈なのに、神秘の森で再会した時はさも私に魔王の力が戻っている事を知っている素振りをしていた。勇者さんは私に「手伝って欲しい」と言ったのだ。私に魔王の力が戻っていなければ手伝えないような事を。
だからこれは、勇者さんが『ブカのために』取った行動なのだ。
「こうなると、にっちもさっちもいかなくなるな」
そう言った前魔王様は、だけど何処か楽しそうで。前魔王様は今度は私に視線を向けて口を開く。
「ゆの。私の当初の予定ではな、お前は元の世界には戻さず、この世界でずっと生きていって貰うはずだったのだよ」
前魔王様の突然のその告白に私は目を見張る。
「ゆのには悪いがそのつもりだった。そして途中までは予定通り事が運んでいた」
「予定通りって……」
私がずっとこの世界で?
「それは魔王として、ってことですか?」
「いや、違う。だがな、これはゆののためでもあるのだぞ?……いや、間違えたな。この世界で数カ月過ごした『お前』のためだ」
「ちょっと意味分かんないんですけど……」
だが前魔王様はそれについて最初から最後まで説明する気はないらしく、ただこう口にした。
「ゆのの言う『アルファルド君』という輩。あいつはな、ゆのがこの世界に居続けていれば死なずにすむんだよ」
そう言った前魔王様は微笑んだ。
とても優しく、まるで皆を見守る母親みたいな表情で。
「ゆの、あいつには『死の運命』が纏わりついているのだよ」
『死の運命』
前魔王様のその言葉に私はあまり驚かなかった。何故なら多分、それは薄々私にも分かっていたことだったから。
彼の行動、彼の言動、彼の進んでいく道。
生贄で。呪われて。自らを犠牲にする。
アルファルド君の存在は最初の最初からずっとずっと今までも。
きっときっとこの先も。とても危いんだって事に。
「…………」
あの神秘の森での彼の行動に、あの時の私はとてつもないほどの恐怖を感じずにはいられなかったのだ。
「なぁ、ゆの」
前魔王様がやはり微笑む。
「お前は『アルファルド君』を死なせたくは無いだろう?」
「…………」
そうだよ。
私はアルファルド君を死なせたくはない。
アルファルド君には幸せになって欲しい。アルファルド君だけは絶対に幸せにならないといけない。アルファルド君だけは絶対に。
どうしてそこまで彼に対してそう思ってしまうのか私には分からない。だけど、私はアルファルド君をどうしても見捨て去ることが出来ない。それが恋愛感情なのかと言われれば、何処か違う気もするしそうなのかもしれないとも思う。
だから。
ねぇ、アルファルド君。
君はやっぱりこれが俺の運命だったんだよ、って言うのかな。
なら、アルファルド。
やっぱりこれが私の運命だったんだよ。
どう転んでも、
私は多分元の世界には帰れないんだと思う。




