71.サプライズ
私がブカにちゅー。
いわゆる口付け。いわゆるキス。いわゆる神性的な行為。
「…………」
出来るわけがない。
まぁね。これがね、相手がね。アルファルド君だって言うのならまだしもだよ。
まだしもなんだけども、相手はあの優秀無缺、無敵に素敵な私の元部下のブカ。私の片腕、私の執事。
だからありえない。
それにブカに関しては、そんな行為を行ったとしても残念な事に恋愛フラグは立たないだろうし。むしろ死亡フラグが立つ可能性の方が高い。
いや、もしかしたらそんなフラグすら立つ隙も暇も余裕すらもないのかもしれない。
即、ジ・エンド。さようなら。アディオスアミーゴ。また来世で会おうね。来世っていつだよ。
予言しよう。
私がブカにそんなことしようものなら、私は確実に勇者さんに殺される。だが私は、こんな所で二回目の死を迎えるわけにはいかないのだ。
そんなわけで。
「さっさと行くわよ」
私達は勇者さんの妥協案で、とある山へと来ていた。そこには勇者さんとブカが嵌めているレアアイテム。付けているだけで相手の力をもう片方の相手へと流してくれる、見た目指輪の便利レアアイテムがあるとのことで。
私、勇者さん、そしてブカという物凄く異質なパーティーでのダンジョン『山』攻略は、魔物がいないせいか、はたまた勇者さんがサクサク進むせいか。
短時間ほどですぐに目的地である山のてっぺん、頂上へと辿り着くことが出来た。今考えると脅威。
そして、山の頂上には猪に似た巨大な魔物がいて、勇者さんと、一応戦闘員な私が一緒になって戦い巨大猪は戦闘不能となり砂へと変わった。ほぼ勇者さん攻撃。私、何もしてないんじゃないかな。
猪さんも魔物のくせに、なんでまだいるんだよ。という疑問については、今は時間がないので割愛だ。
とにもかくにも、猪さんが崩れ去った砂山からは一対の指輪が現れた。私はそれに近付き、しゃがみ込んで指差しながら勇者さんに確認する。
「これですか?」
「それよ」
勇者さんが同じように近付いて来て、それを拾い上げ私に渡す。私は対になっているそれの一つを自分の指に嵌めてからブカの指に嵌めようとしたが、勇者さんに止められる。
「ちょっと待ちなさい」
そう言って勇者さんは先にブカの指に嵌まっていた指輪を引き抜いた。ソレはブカの指から引き抜いた直後もろく崩れて消え、同時に勇者さんの指に嵌まっていた対の指輪の方も同様に崩れて消えてしまった。
「使い回し、出来ないんですね」
私は持っていた指輪をブカに嵌めながら勇者さんに聞く。何だか勿体ない。とても勿体ない。
そんな私のその言葉に、勇者さんは息を吐いた。「そもそもそれが出来るならここまで来ていないでしょ?」と。
「まぁ、それはそうなんですけど」
まさか壊れて無くなるとは思わなかった私はブカを確認する。私と対になる指輪を付けているブカには今、私の持つ魔王の力が流れ込んでいるはずなのだがブカにこれといった変化はない。
大丈夫なのだろうか。
「ブカ、大丈夫?」
心配で私がブカに聞くと、ブカは「大丈夫です」と無表情で言うのだが本当だろうか。私からブカに魔王の力が流れている感じは全くしないし、エネルギーを吸い取られている感じも全くしていない。
そんな私に勇者さんは「変化は緩やかだから」と言った。私はそれを聞いて安心した。じゃあ大丈夫だろう。一安心だ。
「じゃあ、私は少し用事があるから」
ブカをじっと観察していた私に勇者さんはそう言って、私に空間移動出来るあのキューブを投げ渡して来た。私は慌てて地面に落ちる前にソレを無事にキャッチ出来たのだが、「それで彼の所に戻れるわ。じゃ」と言った勇者さんを引き止める事は出来なかった。
「あ、ちょっ、勇者さんっ」
余程急いでいたのだろうか。
勇者さんは私の制止の声すら聞かず、私に渡したのとはまた別のキューブで忽然と姿を消してしまった。
早い。
早いよ、勇者さん。何もかもが。
「勇者さん、何処行っちゃったんだろ……」
勇者さんが消えた場所を見つめてぽつりと呟いた私だったが、ブカは何も言わなかった。
勇者さん言う用事、とは勇者業なのだろうか。
「ブカ、置いていかれちゃったね」
「……………」
その言葉にもブカは何も言わなかった。
まぁ、この時勇者さんがブカを私の所に置いていったのは、あまり私からブカが離れてしまうと私の持つ魔王の力がブカに行き渡らなくなるから、だったのだが。
それにしても。
私は一人首を傾げる。
勇者業、と言っても『魔王』がいなくなった今のこの世界。
魔物もブカ以外はいなくなっているのだし、世界は平和になっているはずなのだが。それとも、元魔王だった私が今現在魔王の力を持ってしまっているから、この世界的には魔王は存在していることにでもなっているのだろうか。
だが、前魔王様は私を生き返らせる時に、「魔王は死んだ」とはっきりそう言っていた。
なら今の私のこの存在は何なんだろう。
そしてこの世界は今、どんな状況になっているのだろうか。
「ねぇ、ブカ。勇者さんの用事って何か知ってる?」
「知りません」
ブカは切り捨てる様に『無』な表情でそう言った。それはブカのいつも通りの行動と態度なのだが、今現在のブカは小さな幼き姿。
「…………」
可愛い。
私にはとても小憎たらしく可愛く見えてしまった。自然と顔が緩む。可愛い。可愛いなぁ。ブカ。
「やっぱり勇者業かな」
もしかしたら勇者さんの用事とは、平和になったこの世界の事後処理とかなのかもしれない。それも勇者業だよね。多分。『勇者』も大変だ。
私も一応『魔王』だったのだけれど、片腕のブカが優秀すぎるせいか、魔王として、トップとして、一王として、何か仕事らしい仕事をした記憶は一切ない。ほぼすべて片腕であるこのブカがやっていてくれていたから。
「ブカ万歳」
改めて部下であるブカの有能さに有り難みを感じつつ、私は小さなブカの頭をなでなでする。うん。可愛い。そんな私をブカは『無』な表情で見つめていた。
そして、満足した私が勇者さんから預かったキューブでブカと一緒にアルファルド君達の所へ戻ろうとした所で、ブカが私を引き止めるようにして口を開いた。
「結乃様」
小さなブカが『無』な表情で私を見上げる。
「何?どうしたの、ブカ」
「少し話をしませんか」
話?と私が言うと、ブカは「確認したい事があるのです」と言った。
「…………」
そうだった。
私もブカには聞いておきたかった事があったのだ。私はブカに微笑む。
「そうだね。じゃあ、少し話をしようか」
立ち話も何だったので、歩きながらでもいい?と、私はブカを促して山を下りるため歩き出す。だけどそれとほぼ同時ぐらいに「その話、私も混ぜて貰おうか」と言う誰かの楽しそうな声がして、私は歩みを止めた。
声のした方に視線を向けると、そこには小さな少女の姿。私は目を見張る。ブカがその少女の姿を確認し、頭を下げる。
「ど、どうしたんですか」
そこにいたのは前魔王様だった。
前魔王様は私達から少し離れた場所の、ちょっとした段差になっている所で優雅に足を組んで座りながら、私達に手を振り微笑んでいた。
「私も話に混ぜて欲しいんだがな」
そう言い、ひょいっ、と座っていた段差から飛び下りた前魔王様は、てくてくと歩いて近付いてきた。
「混ぜて貰ってもいいか?」
目の前まで来た前魔王様は私を見る。
そんな前魔王様に、私は「はぁ」という気の抜けるような情けない返事しか返せなかった。そんな私に前魔王様は笑った。
だけど、勇者さんも前魔王様も、みんな何だってこう唐突に現れるんだろう。
サプライズ好き?
私は一人首を傾げるのだった。




