69.ブカ the third time
魔王様は死んだ。
そして結乃様も。
『異界人である結乃がここにいるのはな、結構大変なんだぞ?異界人であって、この世界の人間ではない結乃はな存在するのも大変なんだ』
前魔王様はそう言った。
それがどういうことなのか。俺は知っている。
『魔王は死んだんだぞ。それがどういう事か、お前まさか忘れたのか?』
忘れるわけがない。
魔王様が死んだら俺達魔物は消える。それが俺達だ。魔王様に作られた俺達にとって、『魔王』という存在は絶対なのだ。
魔王様がいない世界に、魔王様が倒された世界に、俺達魔物は存在していてはいけない。
俺達魔物は産まれた時からそれを理解している。この身に染みている。俺達魔物にとって、魔王様はその名の通り『王』なのだ。
魔物は『物』。王の『物』。
物の存在価値は主なくしては無い。
「…アルファルド君にはさ、私が…、元の世界に帰ったって言っといてくれない?」
結乃様はそう口にした。
「私は元の世界に帰り、そして魔王がいなくなり、この世界は平和になりました。そう、伝えておいてよ」
平和。
人間の言う平和。
世界の平和。
そんなもの、ありはしないのに。
それを人間という生き物は理解していない。魔王がいなくなり魔物が消えればそれで世界は平和になる。
人間の言う『平和』とはそんな簡単なものなのか。そもそも『平和』とは何なのだろうか。俺達がいなくなった世界。それが『平和』というものか。
「…じゃぁ、私はアルファルド君が目を覚ます前にここを去るよ。で、ブカ。私の最後のお願いなんだけど、空間移動でちょっと連れて行って欲しい所があるんだ」
結乃様が連れて行って欲しい場所。
それが何処なのか、俺は知らなかった。
着いた先は何処かの丘。近くには街が見える。
その街は、あの人間の男の街。
「………」
「ありがとう、ブカ」
結乃様が礼を述べた。
こんなこと、礼を言われるほどの行いではない。俺は結局結乃様を元の世界へと帰してあげられることすら出来ず。
『大丈夫だよ。私、この世界で生きていくからさっ』
そう言った結乃様に、何も妙案すら提示出来なかったのだから。
俺は片腕なのに。
魔王様では無くなった、ただの人間であるこの方を俺がまだ片腕として傍に付いていないといけないわけではけしてない。
それに、俺にも時間はない。
「…結乃様」
「何?」
「……いえ」
結乃様が笑う。
「ありがとう、ブカ。こんな魔王でごめんね」
結乃様のせいではない。
謝る必要などない。
片腕として不甲斐なかった俺の力不足だ。なんのための片腕なのか。なんのための片腕としての『力』なのか。
なんのための『俺』だ。
俺は結乃様をそこに残し移動した。結乃様は勇者の所へと言ったが、俺は戻らなかった。ここは別の場所。
俺は『俺』として何かをしたのだろうか。
魔王様であった結乃様も、
ただの人間になった結乃様も、
これから消え行く結乃様にも。
「…………」
俺は一体何をしてきたのだろう。
片腕失格ではなかろうか。
『ブカは、もう片腕じゃなく両腕になればいいよ』
以前結乃様が言っていた。
俺は両腕どころか結乃様のちゃんとした片腕にすらなれていなかったのかもしれない。
まぁ、もう俺も消えるのだがな。
そして結乃様も消えるのだ。
だが、それは俺達とは意味が違う。俺達は存在自体が消滅し死ぬのだが、結乃様は違う。結乃様は、文字通り消えるだけ。
それは俺達が消えて死ぬということより残酷だ。死よりも残酷で、それはきっと生き地獄、なのだろう。そんなことになるのなら、死んだ方がマシだ。
『大丈夫だよ。私、この世界で生きていくからさっ』
結乃様をこのまま一人残していくのが、片腕だった俺がすべきことなのか。片腕として造られた俺が最後にすべき事がこれなのか。
俺は消える。
なら、最後の最後まで結乃様の傍にいるのが、片腕として最後に出来る唯一のことではないのか。
俺は腕を振り結乃様の元へと戻った。
だが。
「ぅ、っぁあぁぁーーーーっ!」
結乃様は泣いていた。
「……………」
俺は腕を振ってその場を後にした。
そして戻ったのはアイツらの所。
あの人間の男はまだ呑気に眠りこけていて。
「そいつはまだ起きないのか」
「今まで呪いに耐えていたんだもの。体が消耗しているのよ」
体が消耗?
この男は呪いごときでこの体たらく。
腹立たしい。
こんな人間のために、魔王様は死に結乃様はあんな状態になっている。
こんな弱々しい人間のために。
こんなもののために。
結乃様は、ああやって一人で泣くのだ。
俺は人間の男に近付き、横たわっているソイツの横腹を蹴りあげた。
「ブカっ!?」
男はふっ飛び呻く。
起きたようだ。
「何するのよ貴方はっ!!」
起きたソイツに俺は近付き、転がっている体の肩の部分を踏みつけ上から見下ろす。
何が起こっているのか分からないのだろう。ソイツは痛そうに呻くばかりだ。
ああ、苛々する。
こんな取るに足らない弱い人間など、やはりあの時。
殺しておくべきだった。
ぐっ、と足に力を入れる。
「ブカっ!!やめなさい!」
勇者がふざけた事を言う。今、俺には制御装置など付いてはいない。お前の言うことを聞かなければいけない理由など何一つない。
俺に命令出来るのは魔王様だけだ。
「貴方、彼を殺す気っ!」
「今更殺した所でどうにもならないだろ」
こいつが今、死んだ所で結乃様も俺も、何も変わらない。
だけど。
「そうだな。両腕両足ぐらいは潰してやろうか?」
両の目でもいいのかもしれない。
ああ、それとも声が出ないように喉を潰してやろうか?
「どれがいい?お前に選ばせてやる」
呻く男にそう聞いてやる。
お前が選べ。
ただの人間風情。
「ブカ!!!」
勇者が言う。
その言葉にも俺は苛ついた。
「気安く名を呼ぶな」
その名は魔王様から貰ったものだ。
結乃様から貰った俺の名だ。人間風情が気軽に口にしていいものじゃない。
「…貴方、何をそんなに苛々しているのよ」
「はっ!苛々?するだろう。こんなはいて捨てるような人間一匹がこんな所でのうのうと無様に転がっているんだからな」
うっ、と男が呻き俺を見る。
ああ、やっと気付いたのか。今のお前の状態を。
俺は結乃様の命令通りソイツに言ってやる。
「人間、よく聞け。結乃様は元の世界に帰られた。そして、魔王様がいなくなったこの世界は『平和』とやらになるそうだ。良かったな」
そうしてお前はこの世界で、のうのうと生きろ。それが結乃様が望んだこと。
だから俺はお前を殺さない。
俺は男の肩に乗せていた足を退ける。そして、もう一度横腹を蹴って男を吹っ飛ばし俺から遠ざけた。
ずざざっ、と滑る男を見ていたら、後ろに気配を感じる。勇者が後ろから剣を俺に降り下ろす。俺は防御壁を張り、勇者の剣がそれにぶつかりガキィンッ!と鳴り響いた。
「やめなさい」
俺は笑う。
そして剣を作り勇者に対峙する。
ああ楽しいな。
やはりこれが俺には一番しっくりくる。
「ブカ、魔王が何のためにああしたのか分からないの?」
「何のため?」
そんなもの。
俺は勇者に突っ込んでいく。
「あの弱い人間の、ためだろうっ!」
ガキィン!と俺の剣と勇者の剣がぶつかる。
キィインッ、キィインッ、とその後も剣のぶつかり合いは続き、油断していたわけではないが、隙を突かれた俺は勇者の持つ剣の柄で腹を突かれ蹴りを入れられた。
「…げほっ…!」
俺は勇者から距離を取る。
「それが分かってて、貴方は彼にあんな態度を取るの?」
「…はっ、あれぐらいで死にはしない」
「死ななければ何をしてもいいことにはならないわよ」
「そうだろうな」
人間である勇者には分からない。
俺が何を考えているのかも。俺がどうしてこんなことをするのかも。
俺は魔物だ。
人間の物差しで俺を測るな。
俺は今度は接近戦ではなく遠隔戦にし、勇者に向けて腕を振るう。氷の刃が無数に現れ勇者を狙うが全て叩き落とされた。
やはり俺では敵わないのか。
「言っとくけど、貴方、彼には到底敵わないわよ」
勇者は俺の攻撃を容易く潰した後、そう口にした。彼、とはあの人間の男のことだろうか。
「何をバカな事を言っているんだ?俺があの弱い人間に敵わないだと?目でも腐りきったか、勇者」
「腐っているのはブカ、貴方よ。貴方がどれだけ頑張ったとしても、魔王と彼との間に貴方が割り込む隙間はないわ」
「…………」
何の話だ。
「いくら魔王が彼のことしか考えていないからって、あな」
「ちょっと待て」
これはあれか。
もしや。
「お前、俺が結乃様に恋情を持っている、だなんて考えていないよな」
「考えているわ」
勇者は即座にそう答えた。
馬鹿馬鹿しい。
実に人間らしい考え方だ。
「俺をお前達人間の価値観で語るな」
魔物であり魔王様の片腕であった俺が、魔王様であった結乃様に恋情だと?ふざけるにもほどがある。
本気で俺が結乃様を、好いただの惚れただのとそんな感情を持っているのだと、そう考えているのか。
「俺は魔物だ」
そして、魔王様の片腕だ。
魔王様の片腕として誇りを持っている。
そして、片腕として産まれた俺が、結乃様に対して片腕として何も力になれなかった事に悔いてもいる。
「誰かを好きになるのに、魔物も魔王も片腕も、そんなもの関係ないわよ」
だが、勇者はまだ俺に人間の価値観を押し付けてくる。
「お前は俺を愚弄する気か」
片腕であった俺を。
結乃様の、たった一人の片腕であった俺を。
「ふざけるのも大概にしろ」
俺はまた剣を形作り勇者に向かって走り出す。剣と剣のぶつかり合う音。
だが、やはり俺は勇者には敵わないのか、吹っ飛ばされ背中から地面に滑り倒れる。
ガンッ!
と、仰向けに倒れた俺の顔直ぐ横に勇者の剣が突き刺さる。勇者が俺に跨がっている形になる。すぐそこに勇者の顔。
「…………」
「ふざけているのも、愚弄しているのも、バカな事を言っているのも、目が腐っているのも。全て貴方よ」
何の躊躇いもおどけもなく、勇者は瞳を真っ直ぐに俺と合わせてそう言った。
そして、「とりあえず、コレは付けさせてもらうわね」と俺の腕に制御装置がカチャリと付けられた。
「……………」
まあ、いい。
どうせ俺はもうすぐ死ぬのだから。
勇者が俺の上から引き上げたので、俺は立ち上がる。やはり俺の力ぐらいでは勇者に勝てなかった。きっと、魔王様であった結乃様も敵わないだろう。結乃様に関しては『勝とう』とも思うことはなかっただろうが。
だから俺がいたというのに。
「そうだ。あとコレも」
勇者は徐に俺の手を取り、指に細い環を着けた。自分の指にも同じ環を着けている。
「……何だコレは」
「そのうち分かるわ」
引っ張ってみるが取れなかった。ぴったり張り付いて剥がれない。
「ああ、でもこれだけは教えておいてあげようかしら。ソレはね、貴方が死なないようにするための魔法具よ」
死なないように。
「…何故知っている」
そのことは言ってないはずだ。
結乃様も黙っていたのだがら、勇者が知っているわけがないのに。
「……ブカ、貴方、…本当に大丈夫?」
ゾッとしたような、恐ろしいものでも見るような目で勇者が俺を見ながら「魔王のお頭が相当だったから、もしかしてソレが移っちゃったの?」と言った。
「……………」
「魔王が倒されたら世界は平和になるのよ?世界の平和の意味、貴方ちゃんと分かってる?世界の平和ってことは、人間を襲っていた魔物達がいなくなることなのよ?」
「…………」
「貴方も例外じゃないのは明らかじゃない」
「…………」
「私が魔王を退治して世界に平和を、と召喚された勇者だってこと、まさか忘れてないわよね?」
忘れるわけがない。
「たとえ勇者じゃなかったとしても、少し考えれば分かることじゃない。魔王が消えた今、魔物である貴方にも危険はあるのだって」
「……………」
結乃様。
俺はやっぱり片腕失格ですね。
両腕になど、やはりなれなかったということです。
どれだけ動揺してしまっていたのだろうか、俺は。




