65.正解
「あそこには、これまでの数百年数千年で封印されてきた『魔王の力』があったんだ」
アルファルド君はそう言った。
「歴代魔王と同じ名前の人間達が、役目として選ばれ『魔王の力』と共に贄となった時、『魔王の力』はその形を無くしあそこに封印されるようになっていた。だから、あそこにはあったんだよ。歴代の『魔王の力』がな」
その蓄積された魔王の力を、アルファルド君は自分の身を差し出すことで私に与えた。与える事に成功した。
だけど、そのやり方については賭けだったみたいだ。
魔王の力を封印するには、魔王の名と同じ人間がその名と身を贄として世界に差し出すことで可能となる。そうして魔王はこの世界には現れず、力を得ることもなく復活は妨げられる。
言わばそれは依代みたいなものなのだろうか。
だからアルファルド君は考えた。
なら、魔王の力を『魔王』に戻すのも、もしかしたら同じやり方で出来るのではないか、と。
逆転の発想。
魔王と同じ名の人間。アルファルド君が『魔王の力』に名と身を差し出す。『魔王の力』はそれを糧とし、今回の魔王である私を復活させるのではないか、と。
アルファルド君は贄として。
『世界』ではなく封印された『魔王の力』に自分自身を差し出した。
だけどそんなの正気の沙汰じゃない。
そんなことをするなんて。考えるなんて。
やり方については賭けだったとアルファルド君は言うけれど。
そんなの賭けどころの問題じゃない。確立なんてものじゃないし、そもそも『確立』なんてものも存在しない行為。
これはただの自殺行為だ。
私はそう思う。
「片腕一本で済むなんて思ってなかったけどな」
アルファルド君はそう口にした。
アルファルド君はやはり体まるごと、命まるごと差し出す気だったらしい。
「…………」
あの時。
アルファルド君が『魔王の力』に呑み込まれそうになっていたあの時。私には何も力はなかった。まだあの時は魔王の力は私には戻ってはいなかった。
私はまだ、魔王の力を持たないただの何も出来ない人間だった。
だけど、覚えてる。
この世界に来て、魔王の力に触れる前。私はそれ以前に『誰か』から力を貰っていたのだ。
よく分からない。
誰かからの貰い物。
私はその力でアルファルド君を助けることが出来たのだ。あの魔王の力の入った棺を破壊して。
だけど少し気付くのが遅かった。
「………」
私は前を歩くアルファルド君を見る。それはいつも見ていた背中だけど、横から伸びる腕は片方ない。
それは何かの代償のように。
そこにはあるはずのものがない。
そこにあったはずのものがない。
何の代償かなんて、分かっているくせに。
「…………」
「…痛くはないぞ」
腕辺りをじっ、と見ている私の視線に気付いたアルファルド君が、ちらりと振り返りそう言った。
だけど、私はそれに口は開かない。
アルファルド君はため息を吐いた。
「何か喋れよ。いつも煩いだろ」
「…………」
「…喋れないわけじゃないよな…?」
やはり喋らない私に心配になったのか、足を止めてアルファルド君はこっちを見る。そんなアルファルド君の視線に気付いてはいたが、私はアルファルド君の無くなった、あるべきものがない場所に視線を注ぎ続ける。
腕がない。
だけどもぎ取られ血が出ているわけではなく、多分消されてしまったのだと表現した方がいいのかもしれない。
アルファルド君の利き腕はどっちだったか。
あるべきものがないのは、左の方だ。
「…………」
「…お前な」
視線がずっとそこに集中している私に、眉間に皺を寄せたアルファルド君は「もう、お前前を歩け」と言った。
「…………」
私はそんなアルファルド君を、きっ、と睨み付け、手をパンッと叩き腕を振るった。
取り戻した魔王の力を使った。
アルファルド君の片腕を代償にしてこの身に宿る『魔』の力。
私をここに存在させる唯一のもの。
「…いてっ!」
アルファルド君の頭上にピコピコハンマーが現れ、ピコンッと軽い音を立ててアルファルド君の頭を叩き、そして地面に当り消えた。
攻撃力は皆無。
少しぐらいならもしかすると痛いかもしれない。
「何すんだっ!!」
アルファルド君が怒る。
私はもう一度手を叩き腕を振る。今度は大量のピコピコハンマーがアルファルド君の頭上に現れる。
「…う、ぉわっ」
ピコピコピコピコピコピコピコピコピコ、と大量のピコピコハンマーの嵐。アルファルド君は頭を片腕で庇う。かなりの数、アルファルド君に当たっているが、その他の多くはアルファルド君に当たらずそのまま地面に落ちピコ、と鳴って消えている。
「おっ前、なぁっ」とアルファルド君が怒りだす前に、私はピコピコハンマーが全て消えたのを見越し、私の頭の上に乗っていたミズイロを引っ掴みアルファルド君に向かってぶん投げた。
「キュアッ!?」
「っ痛たっ!」
すこーんっ、とアルファルド君の顔に見事に命中する。私はそんなアルファルド君と、投げられて怒っているミズイロを残しずんずんと歩き出した。前を歩けと言われた言葉通り、アルファルド君を通り越し一人ずんずん前を歩く。
私は怒っていた。腹が立って仕方がなかった。
助けてもらっておいてこんなこと言うのはどうなんだ、と逆に誰かに怒られそうだがそんなもん私は知らない。腹が立つものは腹が立つんだ。
苛々して。
ムカムカして。
胸が苦しくて。
「………っ」
言葉も出ない。
あの時と同じ。
アルファルド君が生贄として火炙りにされようとしていたあの時。それと同じなのだ。これは。
アルファルド君は自分を犠牲にしようとした。自分を犠牲にして、他の誰かを守ろうとした。自分を棄てて誰かのために。自分よりも他人のために。世界のために。この世界に住むその他大勢の人達のために。
だけどこれだけはあの時と違う。
それは、今回は私がアルファルド君にそうさせてしまったことだ。他の誰でもない。この世界に住む大勢の人間達ではなく。世界ではなく。
私個人。
私自身。
私が、そうするようにアルファルド君を動かした。
あの時は命を助けておいて、結果私はアルファルド君の左腕を奪ったことになる。
私がアルファルド君を傷つけた。
私がアルファルド君の片腕を奪った。
私の存在が、彼の
後ろからミズイロを頭に乗せたアルファルド君が追いかけて来る。
「おい、レイトっ」
「…ぅう」
涙が出て来た。私は立ち止る。
アルファルド君がそれに気付いて、ぎょっとした。
「ふぐぅ、うぅぅ…」
「な、何で泣くんだよっ!」
知らないし。
分からないし。
生理現象だし。
この世界の人間を許せない、と言っておいて私はアルファルド君にそいつらと同じことをしている。
いや、それ以上に酷いことをした。
それ以上に大変な事をしでかした。
「ひっく…」
私の涙腺はあの時既に壊れていたのだろう。
泣くのは酷い。
泣くのは狡い。
泣くのは卑怯。
泣くのは汚い。
泣くのは卑劣。
泣くのは、許されないこと。
だけど私は泣いてしまう。
自分が許せなくて。
自分が不甲斐なくて。
迷惑なんてもんじゃないものを、私はアルファルド君に背負わせた。
私は私を許せそうにない。
ねぇ、アルファルド君。
私はどうすれば良かったのかな。
どうすることが正解だったのだろう。




