62.泣かないでと小さな命が全てをくれる
私達はアルファルド君達の所へ戻った。アルファルド君は、まだ横たわったままそこで眠っていて。
体がそこまで弱っていた、ということなのだろうか。
そしてあろうことか。
ブカが早速私を裏切ってくれた。
話が違うんでないですか、ブカさんや。
「おい、結乃様が元の世界に戻る方法分からないか」
「前魔王様の所では分からなかったから」と。ブカはそう言ったのだ。
「………」
私は隣にいるブカの横顔を見る。
おいおいこらこら。
それはさっき誰にも話さないと約束した話ではなかったか。いきなり裏切られた私はブカを睨み付ける。
私も言っちゃうぞ。
君が死んじゃうことを言っちゃうぞ。勇者さんにゲロっちゃうぞ。
「…私を呼びだした連中に頼んでみようか?」
勇者さんがそう言った。だけど私は即座に「嫌」と言った。
勇者さんを召喚した連中は多分、あの教会の連中なのだろう。あんな連中の力で元の世界になど戻りたくは無い。あんな狂った連中の手によって私は助かりたくなんてない。
だって、あの連中はアルファルド君に酷い事をした。惨いことをした。狂った連中は狂ったやり方で、彼を殺そうとまでした。
絶対に許さない。死んでも許さない。
そんな連中に頼るなんて、私は絶対に嫌。
勇者さんやネイル、そしてブカは嫌と言った私の反応に何かを察したのか聞いて来る事は無かったが、何故嫌なのか。それを理解するのは多分アルファルド君しかいないだろう。アルファルド君にしか、分からないだろう。多分。
「大丈夫だよ。私、この世界で生きていくからさっ」
笑顔を作る。笑顔で皆にそう言った。
「でも、一つだけお願いがあるんだけど」と私は言いながらアルファルド君を見る。まだ横たわっているアルファルド君を見る。
ここまで、私が元の世界に戻るために付いてきてくれた人。呪われてるのに、呪いを解くために私を殺さなかった人。
私のこの世界での唯一の人。
君が死ぬのは見たくなかった。
生きていてくれていて、本当に、良かった。
それだけで、私はまた泣きそうになるんだ。
「…アルファルド君にはさ、私が…、元の世界に帰ったって言っといてくれない?」
私は帰った。
無事に帰ったんだ、って。
そう言って欲しい。
前魔王様は私が戻る方法は『ない』と言った。確実にそれは『ない』のだろう。この世界、どう彷徨おうとも『ない』のだ。
私が戻れない、なんて言ったらアルファルド君は悲しむ気がする。気に病む気がする。そして、魔王じゃなくなった私がどうして魔王じゃなくなったのか、聞いて来る。それは避けたかった。
彼はもういいんだ。
彼はもう苦しまなくてもいい。悲しまなくてもいい。諦めなくてもいい。
辛い事も、大変なことも。
彼にはもう、必要ない。
私のせいで彼をこれ以上、酷い目にも酷い事にも合わせたくはない。
「私は元の世界に帰り、そして魔王がいなくなり、この世界は平和になりました。そう、伝えておいてよ」
目を覚ました彼に。
そう言ってあげて欲しい。
もう何も、彼を縛りつける者はいらない。
ブカもネイルも勇者さんも黙ってた。だけど、多分そうしてくれるだろう。何も言わないから。何も聞かないから。多分、そうしてくれるはずだ。
「…じゃぁ、私はアルファルド君が目を覚ます前にここを去るよ。で、ブカ。私の最後のお願いなんだけど、空間移動でちょっと連れて行って欲しい所があるんだ」
ブカにはお願いが二つになってしまった。ブカにも時間はないのに。でも許してね。私もさっきのいきなりの裏切りは許してあげるからさ。
「勇者さん、もう少しだけブカをお借りします」
私は勇者さんにそう言った。
ブカは勇者さんのもの、の如く。
私のその言葉に、ブカは嫌そうな顔をした。
あ、表情が崩れた。
そして、私はブカにある場所に連れてきて貰った。
「ありがとう、ブカ」
「…結乃様」
「何?」
「……いえ」
ブカがいいよどむなんて珍しいかもしれない。私は笑った。
「ありがとう、ブカ。こんな魔王でごめんね」
ごめん。
もう、魔王じゃないけれど。
ただの人間に成り下がってしまったけれど。それでもブカは、私に付いていてくれた。色々、考えてくれた。
出来た片腕だ。
本当に。
「行って。勇者さんが待ってる」
やはりブカは嫌そうな顔をしたけれど。
腕を横に振って、ブカは消えた。
私は一人、残された。
「………」
私は歩き出す。ブカに連れて来て貰った所。ここは私が初めて異世界トリップしてこの世界に付いた場所。辿り着いた場所。立っていた場所。
そして、初めてアルファルド君に出会った場所。
ここが全ての始まりの場所。
私の異世界人生の全部全部がここから始まった。
アルファルド君の街から少し離れた場所にある小高い丘の頂上。そして
「…ここにアルファルド君、座ってた」
樹齢うん千年な感じの大きな樹木。ここに、彼は凭れて一人座ってた。
私も同じようにして座る。
「絶対、勇者だと思ったんだけどな…」
苦笑する。
アルファルド君は勇者じゃなかった。まぁ、本物の勇者さんもやっぱり金髪だったけど。
ここから始まった。ここから全て始まったんだ。
『消えはしないぞ。結乃は生きているからな。だが、まぁ消えるのかな』
前魔王様の言葉。
私はここに来た最初の頃、言葉は分からないし通じないし見えないし触れない、な幽霊スキルを持っていた。そして、あの『魔王の力』を手に入れることで、そのスキルが無くなっていった。『魔王の力』を無くした私は、無くしてしまったことでそのスキルが戻ってくる。
前魔王様はそれを言ったのだ。
じ、っと私は自身の手を見る。
私は多分、消える。
消えないけど、見えなくなる。
見えないし、声も届かないし、相手の言葉も分からないし、触れもしない。
何も、出来なくなる。
「………」
自分で選んだんだ。
これは自分で選んできた道の最終地点。私の最終立ち位置。
アルファルド君に勝手に付いて行って、アルファルド君を勝手に助けて、魔王になって、魔王様になって、
私は自分を殺した。
そして前魔王様に生き返らせて貰った。
全部、全部全部ぜんぶぜんぶんぶぜんぶ、自分でやったことだ。
「…後悔なんて、ないでしょう…?」
後悔なんてないはずだ。私は私がやりたい事をやったのだから。やりたい事をやってきたのだから。
その結果、私は元の世界に戻れなくなり、ここで生きなきゃならなくなり。姿も見えなくて声も届かなくて言葉も分からなくて触れなくて。
私には何も残らない。
「………っ…」
後悔なんてないはずなんだ。私はアルファルド君を助けられたのだから。
なのに。
「……うっ…」
なのに。
「…うっ、…っ…」
なのに。
「…ひっ、く…っ」
なのに。
なんで涙が出るんだろう。
私はここで一人だ。
これから先、もっともっと一人になる。
誰にも気付いてもらえない。
誰にも声は届かない。
誰にも触れられないし、
誰の言葉も分からない。
私は一人。
孤独。
こんな異世界で、よく分からない世界で、私の世界じゃない場所で。
こんな状態で、ずっと生き続けなければいけない。
それがどんなことなのか、私は理解してる。
「…うぅ…っ」
お腹もすかない。
「…っう、ひっく…」
暑さも寒さも感じない。
「っうあ、…っあぁー…」
眠気も、疲れも
「…ぁあぅ、っあっ」
何にも感じないんだ。
「ぅ、っぁあぁぁーーーーっ!」
私は子供みたいに泣きじゃくる。この声はまだ誰かに聞こえているだろうか。私のことはまだ誰かに見えているだろうか。
私がここにいるのを、誰か知っていてくれているだろうか。
アルファルド君を助けた事、後悔してない。
後悔はしてないんだ。だけど。
「ぅあぁーーーんっぅう、っあぁーーーーーんっ!!」
泣くぐらいは、許してくれるよね。
泣くぐらいは、いいんだよね。
泣き叫ぶぐらい、許してよ。
私はずっとずっとずっと死ぬぐらいまで泣き続け、気付いたら寝てしまっていたらしい。眠くなんてならないはずなのに、私は眠っていた。どれぐらい眠ったか分からない。そして起きた時、そこは小高い丘の上。夢落ち、ではやはりなかった。
「…っう…」
さっき十分泣いたのに。
眠る前に十分すぎるほど泣いたのに。
起きてすぐ、また涙が溢れた。
「…ひっく…っ」
止まる事はない。
涙が止まらない。
ずっとずっと流れ続けて、私の頬を流れてく。
私はブカにこの場所に連れて来てもらった。ここなら、アルファルド君のその後が見れると思ったから。解放された彼が、何の柵もなくなった彼が、家族や街の人達と過ごす時間を見れると思ったから。
だけどそれは言葉が分からない私ではどんなものなのか分からない。
何を話して笑っているのか、何を話して泣いているのか。
見ているだけの私では分からない。
最初の頃もそうだったけど、今はそれが酷く辛い。
分かっていた時期があるだけに、私はそれが酷く悲しい。嫌だ。嫌なんだ。
「…うぅー…っく」
分からないのは嫌だよ。
話せないのは嫌だ。
触れられないのは嫌。
見てもらえないのは嫌。
一人は、嫌。
「…っう、あぁぁーーっ」
ねぇ、誰か。
誰か助けて。
私を助けてよ。
自分で選んできた道だけど。
自分で選びとってきた道だったけど。
「っあぁぁ、うぁぁーーーーんっ」
一人は寂しいよ。
一人は辛いよ。
こんな形で生きていかなきゃならないなんて。
「うぅあぁーーーーっ!」
嫌だよ。
『なかないで』
声が聞こえた。
『なかないで』
懐かしい声。
「…っう、ぁあぁーーー」
『なかないで』
泣かないで。泣かないで。泣かないで。
「っう、あぁーーー…」
ソレは泣かないで。と声をくれる。
ソレは泣かないで。と言葉をくれる。
ソレは泣かないで。と私の涙を拭ってくれる。
ソレは泣かないで。と触れてくれる。
泣かないで、と
小さな水色の命が私に全部をくれる。
『なかないで』
「っう、ぁ…み、みず、いろ…っ」
私の膝の上に乗って、ミズイロが私の頬の涙を舐めてくれる。ずっと舐めとってくれる。だけどごめんね。止まらないよ。止まらないんだ。止まらずにずっと溢れて来るんだ。
そうだ。
ミズイロは最初から私にくれていた。
見えなかった私に、言葉が分からなかった私に、触れられなかった私に。
ミズイロは最初から全てくれていたではないか。
「うっ、み、ずいろぉっ…っうー…」
『なかないで』
君の声が
君の言葉が
君の体が
君が声をくれるから
君が言葉をくれるから
君が触れてくれるから
だから、私は涙が止まらないんだ。
じゃり、と音がしてそこには一人の青年が。
太陽の光を浴びてキラキラと輝く黄金の髪に、深海を思わせるかのような蒼い瞳。そして見るからにイケメンオーラを出しているその人物が。
アルファルド君がそこにいた。
「…っう、ひっく」
でもアルファルド君。
見えてないでしょう?
聞こえてないでしょう?
私がここにいるのなんて、気付いてないでしょう?
「―――――――――」
アルファルド君が言葉を発す。
ほら、やっぱり。
アルファルド君が何か言ったのに、私には彼の言葉が分からない。
何て言ったか分からない。
分からないんだよ。
『泣かないで』
ミズイロが必死に私の涙を拭ってくれているのに、私は泣きやむことすら出来ない。ミズイロが必死に言葉をくれるのに、私は笑って笑顔を向ける事が出来ない。
それなのに。
「―――」
「…っう…く」
それなのに。
何で何だろう。
ねぇアルファルド君。
君の言葉は私には分からないのに。
「レイト」
そう私の名前を呼んでくれたような気がするのは何でなのかな。
「っ、うぁああぁーーーーっ!」
私はまた、大粒の涙を流した。
ミズイロがずっと私の頬を舐め続ける。




