61.ない。
「おわっ、何だお前ら」
前魔王様はいきなり現れた私達にとても驚いたらしかった。驚かせてすみません。
そんな前魔王様のお姿は、さっき会った時と全く変わっていなかった。だけど、居る場所だけは違っていて。
さっき会った場所はもっと白っぽくて霧っぽくて、黄泉の世界的な所だったのに。
ここは普通の家の中っぽいのだ。
「結乃は…、さっきぶりだな。あと、そっちの魔物も久しぶり」
ブカに前魔王様は手を上げる。ブカは頭を下げた。そういえば、ブカと前魔王様は知り合いだったか。ブカは魔王様に造られた。前魔王様が造ったということだろう。
「どうしたんだ、二人揃って」
前魔王様が笑ってそう言った。ブカが口を開く。
「前魔王様にお聞きしたくてここまで来ました」
「何をだ?」
「結乃様が元の世界に戻る方法です」
ブカはやはりその事を聞いてくれるらしかった。なんかホント、ちょっと意外だ。
「それなら、お前には言ってあるだろ?」
「お聞きしましたが、それは結乃様が『魔王』であった時のやり方です。今の結乃様では不可能です」
「そうだな。無理だな。人間だものなぁ」
前魔王様が私を見て笑った。
「他の方法を教えて頂きたく」
「ない」
前魔王様ははっきり言った。私に「死んだ」と言った時と同じように、はっきりと。
「それにお前、そんなこと気にしてる場合か?」
今度は笑いながらブカを見て前魔王様は言う。どういう意味だろう。
「魔王は死んだんだぞ。それがどういう事か、お前まさか忘れたのか?」
「………」
何も言わないブカ。だから私が口を開く。
「どういう意味ですか?」
「どういう意味ですか?」
前魔王様が少し笑い混じりに私と同じ言葉をブカにぶつけた。私はブカを見る。ブカは無な表情のまま口を開いた。
「魔王様がこの世界に現れ、そして魔王様が死んだ時。私達魔物も全員死ぬのです」
私はブカのその言葉に目を見張る。
死ぬ、と言っただろうか。
今、ブカは『死ぬ』と。
「そういうことだ」
前魔王様。
「…道連れ、ってことですか」
「そうなるな」
そんな。バカな。
だって、ブカは前魔王様が造った魔物なのに。
「もう時間、そんなに無いんじゃないか?」
ブカが死ぬまでの時間。消えるまでの時間。
「お前は片腕だったから力もあるし、他の魔物達よりは遅いだろうけど。そこまで長くないんだぞ?なのに、こんなことしてて。人間にかぶれたか?やっぱ、形から人間にしたからなのかねぇ。…それとも、他に何かあったのか?」
笑う前魔王様。だけど、ブカは無な表情のままそれには何も言わなかった。
「ただの人間になった結乃に、元の世界に戻る術はない。それが答えだ」
ただの人間になった私に戻る術はない。なら、私はずっとここにいないといけない。ずっとこの世界で。この異世界で生きていかなければならないのか。
「………」
戻れない。
家族にも、兄弟にも、友達にも、知り合いにも。
皆みんな、もう会えない。
もう、戻れない。
「結乃様」
ブカが少し強めに私の名前を呼んだ。そして、「戻りましょう」と言った。私は頷いた。
「そうだ、結乃。お前にもう一つ言っておこうか」
ブカが空間移動する前に、前魔王様がそう言って私を見た。まだ何かあるのだろうか。
「異界人である結乃がここにいるのはな、結構大変なんだぞ?異界人であって、この世界の人間ではない結乃はな存在するのも大変なんだ」
「…はぁ」
「そういうことだ」
どういうことだ。
「結乃はやはり頭が悪いな。結乃は魔王の力という膨大な力によってこの世界にちゃんと存在出来ていた、ということだ」
「…それはつまり」
私も消える、ということだろうか。
「消えはしないぞ。結乃は人間で、そして生きているからな。だが、まぁ消えるのかな」
「………」
その言葉で全て分かった。私は頭が悪くは無いから。
だけど、それは。
それは。
「…わ、かり、ました」
それだけ言えた。分かって、理解した頭でその言葉だけは紡ぐ事が出来た。
そして、ブカは空間を移動した。
だけど、移動した先はアルファルド君達の所、ではなかった。どこかの道。どこだここ。
「…ブカ?」
「結乃様。さっきの話、黙っていて貰えますか」
さっきの話とは、ブカが魔王が死んだことによって道連れのごとく『死ぬ』という話のことだろうか。それとも私が元の世界に戻れない、という話だろうか。それとも
私が『消える』という話のこと、だろうか。
「…どの話?」
「私が死ぬ、という話です」
「…分かった」
黙っておけ、というのは勇者さんに、だろうか。
分からなかったけど私は頷いた。誰にも話さなければいい。ブカが死ぬというのも、私が元の世界に戻れないというのも。全部。全部。
「ごめんね、ブカ」
「………」
私はブカを巻き込んだ。そして他の魔物達も。知らなかった、じゃ今更済まない。そんなもんじゃ、済まされない。だけど、今の私には、謝るしか出来ない。ただの人間の、異世界から来たただの女じゃ、何も出来ない。何もしてやれない。
私には、力が無い。
「私は結乃様の片腕ですので」
「もう私、魔王でも魔王様でもないよ?」
私は笑った。本気で言っているのか、私を笑わせるために言ってくれたのか。無表情なブカからは、どっちなのかは読み取れなかった。もしかしたらどっちでもないのかもしれない。それに一度ブカには殺されかけている。君は私を殺したかったんじゃないのか。ブカの考えはよく分からない。
「ねえ、ブカ。黙っていて欲しい相手って、勇者さん?」
「私は片腕ですので」
無、な表情のままブカは即座にそう口にした。
「…………」
うん。
うん?
「……え、と」
「私は片腕ですので」
「……ブカさん?」
「私は片腕ですので」
「…………」
ああ、なるほど。
今度はそれ一徹で全て通す気だね。
君は。
「私は片腕ですので」
ブカはやはりそう言った。




