60.ブカ the second time
ブカが話します。
「私達、あっちの扉行くから貴女たちはそっちをお願いね。あとネイル、貴女は魔王達と一緒に行って」
勇者はそう言った。俺は一人顔を歪める。
おいおい、マジかよ。俺とお前の二人で行く気なのか。この通路を。俺は勇者を見るが、勇者が俺に「いいよね?」みたいな確認をすることはない。決してない。
そして、俺が嫌がるのは、二人だと人数が少なくて頼りなくて危険だから、とかそういうのではない。ある意味危険なのは変わらないのだが。
「ええ。こっちは二人で十分。…ただし」
やはり二人か。俺は絶望した。
「この子は、借りてくわ」
だが、勇者はそう言ってあの獣を連れて来た。獣が鳴く。獣はこっちに連れて来るらしい。何故だ?
疑問に思いつつ、そんなこんなで、俺達は扉を開け通路に入った。通路に入ってすぐ、勇者は俺の頭に獣を乗せた。
「は?」
「キュアッ!?」
獣が鳴いた。
「…何だ、これは」
「この子、貴方の空間移動無効化してたでしょ?だからよ」
そう言って勇者は俺の腕から制御装置なるものを取った。
「逃げないでよね」
ここから先は俺も戦え、ということだ。全力で。一人ではさすがに辛いのだろうか。だが、制御装置の無い今俺は全力で戦える分空間移動が出来る。だから逃げる事も可能。だから勇者はこの獣、俺の空間移動を無効化出来る獣をこっちに連れて来たってわけか。
頭の上の獣が鳴く。怯えているのか、泣いているのか。そんな声で。
「………」
魔王様は今現在ここにいない。別の通路を進んでいる。ということは、俺がこの獣を殺した所で俺が殺したのだとはバレない。魔物にでもやられた、と言えばいいだけの話だ。それに、あの、俺を売り渡した魔王様の言う言葉をまだ守るのも癪だった。
獣を殺せば、今俺は逃げられる。
「………」
「行くわよ」
そう言って歩き出した勇者。俺に背を向けて通路を進みだした。
この勇者は俺がこの獣を殺して逃げる、というようなことを考えなかったのだろうか。
「……おい」
「何よ?」
勇者が振り向く。
「お前、俺がこの獣殺さないとでも思ってんのか?」
魔王様の獣だから?
だが、俺はさっき魔王様を無きものにしようとしたんだぞ。
「殺しちゃうの?可愛いのに」
「………」
可愛さは関係ない。
黙った俺に、勇者はため息を吐いた。
「殺さないでよね。その子、魔王に返さないといけないんだから」
「それを俺が聞くとでも思ってんのか」
甘いな。人間は。
殺すのは魔物の専売特許だぞ。
「そうね…、じゃあ、もし殺して逃げたら…、貴方を地の果てまでも追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて……。」
にや、と勇者が口許を歪め笑う。
「今度こそ無理矢理私の物にしてあげる」
………。
勇者の中に黒いものが見えた気がする。
「行くわよ」
また俺に背を向け歩き出した勇者。
俺は思う。
勇者と魔王、絶対中身間違えている、と。
頭の上の獣が何に怯えたのか、小さく鳴いた。
俺はもう、完全にどうやっても逃げられないかもしれない。
通路にはかなりの魔物がいた。だが、俺にかかれば雑魚。そして勇者にとっても雑魚。俺達は余裕綽綽で進んでいた。そんな勇者に俺は尋ねる。
「おい、ここには何の用事で来たんだ」
ここには願いを叶えてくれる信者、というものがいるらしい。が、そんな話俺も知らない。そんなもの、人間の考えた与太話ではなかろうか。
だが、勇者は俺のその言葉に顔をしかめた。
「ブカ、貴方ホントさっきからおいおいおいおいおいおいおい。いいかげんにしなさいよ」
何故怒られる。
「名前を呼べ、と何べん言ったら分かるのよ」
「………」
勇者の名前はサナ。だが、俺は呼ばない。絶対。意地でも。何があっても。絶対。呼んだら負けだ。
「ここには何の用事で来たんだ」
俺はまた同じ質問をした。勇者は眉間に皺をよせた。そして、また背を向けて歩き出す。そう。勇者は俺に背を向けて先頭を歩く。制御装置無い今、俺が後ろから攻撃するとか考えないのだろうか。普通に戦れば負けるだろうが、隙をつけば俺にも勝てる勝算はある。ましてや背後からなど、隙中の隙だろう。
「…………」
じりじり、と勇者に近付く。
が、手を出せない。
「………」
あぁ、俺は既に怯えてしまっている。
だけど、そんなこと俺は認めたくはない。認めてしまえば、俺はこの先一生このまま勇者の犬になってしまう気がしたからだ。恐ろしすぎる。
だから勇者に質問する。
「お前は何故俺に執着する」
勇者が振り向き俺を見る。
「別に『貴方』に執着しているわけじゃないわ。私はただ、私から逃げない男が欲しいだけだもの」
この勇者から逃げない男。
「…………」
無理じゃなかろうか。
勇者はまた歩き出した。
そして俺達は早くも通路の終わりに辿り着いた。だが。
「行き止まりね」
行きついた先は壁だった。普通の壁。何もない。
「信者、なんて嘘だったんだろ」
「そうね。残念だわ」
勇者が心底残念そうな顔をした。そこまでか。
「こうなったら、ネイル達の方に賭けるしかないようね」
まだ諦めないのか。そこまでして叶えたい願いなのだろうか。
そんなこと考えながら勇者を見ていたら突然声が聞こえた。
『…っ、や、っいや、ぃ嫌だぁぁ!!!』
「………!!」
魔王様の声。魔王様の叫び声。魔王様が叫ぶ声。
悲痛な叫び声。
悲鳴。
何だ。何があったんだ。
こんな魔王様の声、始めて聞いた。今まで無かった。
あの魔王様が。
魔王様に、一体何があった。
「ブカ?どうしたのよ」
俺の真剣な表情の異変に気付いたらしく、勇者が俺の方を不審げに見ていた。
「…魔王様に、何かあった」
「魔王に?」
「行かなきゃならない」
行かなければならない。俺は魔王様の片腕だから。あの魔王様の片腕だから。蹴られて、売られて、今は勇者の犬になり下がっているがそれでも俺はあの方の片腕なのだ。殺そうとしたが、俺はまだあの魔王様の紛れもなく片腕で。
端から見たら笑われるかもしれない。
殺そうとまでした魔王様に、まだ肩入れするのか、と。
バカじゃないのか、と。
だけど俺は。
『っ、死んじゃやだっ!!!ねぇ、アルファルド君っ!!!!』
「…………」
力にならなければならないんだ。
手となり足となり楯となって、俺はあの方を守らなければいけない。
だって俺は、あの人の変えようのないただ一人の
『片腕』なのだから。
「俺は行く」
そう言って腕を振ろうとしたが勇者が待ったをかけた。
「私も行く」
「………」
俺は無言で勇者を連れて空間移動した。獣は邪魔をしなかった。
移動した先に魔王様がいた。座り込んでいる。
「魔王様」
そう言おうとした矢先、魔王様が消えた。多分、空間移動したのだろう。俺も追うべきか。いや。
魔王様がいた場所。そこにはあの魔術師とあの人間の男がいた。男の方は倒れていて、何やら異様な事になっている。
「ネイルっ!」
勇者が魔術師に近寄る。
「何があったの…?彼、どうしたのよ」
勇者が男を見ながら言った。
男の体中には何やら文字らしきものがびっしり描かれている。それには気味が悪い空気がある。あれは呪いの類だろうか。それが男の体中、そして首辺りまであった。見るからに蝕まれている。見るからに死にそうだ。
そして男の体を取り巻くように、淡い光が男を包んでいた。
「サナ!頼むっ、この先に進んでくれないか!?」
「何よ、何なの?」
「アルファルドのやつが死にそうでっ、今レイトのやつが消えてっ、だけど、この先にもしかしたら願いを叶えてくれる信者がいるかもしれないだろっ、でも、私ここから離れるわけにはっ、だからっ」
信者に頼んだら男が助かるかも、ということか。
何がどうなってこうなっているのか全く分からない。だが、勇者は魔術師のその言葉だけ聞いて走り出した。通路の奥へ。
俺はどうする。魔王様を追うか?
多分、あの男のあれは呪いの類だろう。魔王様はそれを解くために何処かへと行った。魔王様の叫びは今は聞こえない。助けは求めてない。なら大丈夫なのか?
勇者が物凄いスピードで走って行く。
俺は急いでその後を追った。
「っち!やっぱ行き止まりじゃないっ!!」
憎々しげに勇者は壁を殴った。壁がバキィ、とひび割れる。すぐに走って戻ろうとするのを俺が止める。
「おい」
「何よっ!!」
腕を振る。景色が変わる。
そこは魔術師とあの人間の男がいる所だ。
「…サナッ!!」
気付いた魔術師が勇者の名前を呼んだ。
「ネイルっ、信者なんていない。でたらめ…だった」
「そんな…」
重い空気が落ちる。
魔王様は大丈夫だろうか。やはり、側に行った方がいいのかもしれない。
人間の男を見る。魔王様はこの男をとても気にしていた。その男がこんな状態じゃ、魔王様がやはり心配だ。
「ブカっ、貴方、これどうにかする方法とか知らないのっ?」
「知らない」
魔物がやったものならまだなんとか出来たかもしれないが、これは人間の手によるものだ。俺にはどうしようもない。じゃあ魔王様は何処へ行ったんだ。
「どうして、どうしてこんなことになるんだよっ…。こいつら、ただレイトが元の世界に帰るためにここに来たんだぜ?信者にそれ、叶えてもらうって。それなのに…、なんでこんなことになるんだっ!」
元の世界。
そうだ。魔王様は元の世界に帰りたがっていた。結局、俺はその方法をまだ魔王様には伝えられていないが。
魔王様。
魔王様は何処へ行った。
俺が魔術師にそれを聞こうとした直後。
ビクリ、と
それに気付いた。
それは、起こった。
「…魔王様…」
魔王様が、
死んだ。
俺には分かる。片腕だからかもしれない。
今、魔王様の気配が消えた。
完全に。
どういうことだ。誰かに殺されたのか?それしか考えられないが。
「…あ、アルファルドが…」
魔術師の声。
俺はそっちを見る。すると、男の体中にあった文字の様な気味の悪いものが徐々に狭まって行き、最終的にお腹辺りで固まって小さくなり、小さな玉となって転がった。
勇者がそれを踏みつぶした。パキ、と軽い音がした。
多分、男は大丈夫だ。
だけど。
「魔王様は何処へ行ったんだ」
俺は魔術師に聞く。魔術師は分からない、と言った。だけど、もしかしたら呪いをかけた張本人なら呪いを解く事が出来るかもしれない、と話していた時に消えたと言う。
ということは、魔王様はそこにいったのか。
そして、
殺された。
「………」
魔王様が死んだ。
俺達の王が死んだ。
この世から、消えた。
「………」
「ブカ…?」
勇者が俺の名を呼ぶ。だが、俺は勇者を見る事は無かった。
暫くしてから何故か感じた事のある気配を感じた。微かだが、この気配は覚えている。だけど何故だ?何故こんなことになっている?
俺は確かめるために無言で腕を振った。空間移動。
そして目の前には魔王様。血だまりがある。服も体も血で汚れている。
そこに立っているのは魔王様、だった女。
今はもう、そんな気配はない。
「…戻りましょう」
そう言った。
あいつらの所へ。
戻りましょう。結乃様。




