56.アルファルド ーユノー
アルファルド君が喋ります。
隣のベッドで無防備に寝る女は、俺が何故またあの街から出て、こうやって旅をしているのか知らない。
俺が何故ここにいるのかを知らない。
俺が何故、お前と一緒にいるのかを知らない。
俺の目的を、知らない。
レイトが魔王だった。
あれだけ魔王じゃない魔王じゃない言っていたくせに、魔王だった。
ずっと俺に着いてきて笑っていたアイツは、
魔王、だった。
裏切られた気分だ。
「ユノ様」
俺を呼ぶのは協会の人間。
あの協会で、一番偉い人間だ。
「…何でしょう」
「お話があります」
抑揚のない口調。いつものこと。
俺は歩き出したそれに着いていった。
協会内。
「ユノ様。魔王が復活してしまいました」
責められているのか。それとも、ただの確認事項か。抑揚なく坦々と喋るそれはどちらか判断つかなかった。
「申し訳ありません」
俺は謝る。
謝ってもそれに何も変化はない。
「ユノ様。魔王が復活してしまった以上、勇者を召喚しなければなりません。これがどういう事か、分かりますね?」
「…はい」
勇者召喚。
数百年前。召喚された先の勇者は呆気なく魔王に倒され、
この世界は暗黒に満ちた。
地獄だ。
「もし、また勇者が敗れるようなことになっては困るのです」
だから俺のやることは重要だった。
それだけ大事な役目だったのだ。
「申し訳ありません」
俺は謝る。
謝ることしか出来ない。
「ユノ様」
それが俺を呼ぶ。視線をそれに合わせる。
「ユノ様に、『祈り』を」
そう言って、それはおもむろに俺に近付き、俺の額に指先を当てた。瞬間、体にビシッ!と痛みが走った。
「…っ!!」
電流でも流されたかのようだ。体がビリビリと痺れる。何だ、何をしたんだ。
「……っぐ!!」
お腹の辺り、何か圧迫された感じがして俺は咄嗟に口を抑える。何が起きている。一体何が。
俺は服を捲り腹を見る。そこには、小さな文字の羅列があった。何だ、これは。
「ユノ様。それは皆の祈りです」
「…祈り?」
意味が分からない。
「皆の、魔王を倒せという祈りです」
「…どういう、意味でしょう」
それはやはり何の感情も浮かべない。まるで、人形のようだ。
「ユノ様。ユノ様はその祈りを受けとりました」
「………」
受け取った、というか無理矢理だろ。
「ユノ様はその祈りに答えなくてはなりません」
「…俺に、魔王を倒せと、いうことですか」
そういうことなのか。
そういうことなのだろう。
だけど、俺に魔王なんて倒せはしない。そんな存在を俺が倒せるわけがない。
「ユノ様がもし魔王を倒せなくとも、魔王にはこの世界から消えて貰わねばなりません」
俺の心を読み取ったように、それは話始める。
「ユノ様。期限はもって三ヶ月です」
期限。
「ユノ様、これは祈りです。ユノ様の名とともに、魔王には消えて頂きます」
「………」
回りくどい言い方。
はっきりと言えばいい。
魔王を倒せなければ、
俺は死ぬ。
期限は三ヶ月。
多分これは賭けなのだろう。
俺が死ぬことによって、同じ名前である魔王も死ぬのではないかと。
そういった賭け。
そんなんで魔王が死ぬのなら、始めからそうしている。
くだらない。
『くだらない世界だね』
そうだな。
とてもくだらない。
「分かりました」
これは祈りなんかじゃない。
これは、『呪い』だ。
祈りなんて綺麗なもんじゃない。
薄汚い、ただの呪い。
生け贄として死ぬはずだった俺の命は
呪いによって死に行く命になった。
生け贄として死ぬはずだった俺の運命は、
呪いによって死に行く運命に変わった。
死ぬ運命が死ぬ運命に変わっただけだ。
協会を出て家に帰る。家族は知らなかった。この調子じゃ、街の連中も今の俺の現状など知らないだろう。
俺が死なずに済んで喜ぶ家族。喜んではいけないのだと知ってはいても、喜ぶ家族。
俺はそんな家族に、こんな話なんて出来なかった。
俺はやっぱり死ぬんだ、なんて言えない。
これ以上、悲しませたくはない。
街を出た。
出る前に協会から剣をちょろまかした。
そして俺は魔王を探した。
寝る間を惜しんで歩き続け、魔王城を探した。探して、見つけて、そして裏切り者の魔王であるアイツを殺せば、
俺は呪いから解放され、
街に戻って家族と。
泣いて笑っていた家族と。
目を覚ますとそこにはアイツと魔物。
俺は剣を取り、振るっていた。
実際、どっちを狙って剣を振るったのか俺自身分からなかった。魔王であるアイツを殺そうとしたのか。アイツの傍にいた魔物を倒そうとしたのか。
俺自身も分かってない。
『ち、違うっ!!』
必死な形相。違うという。
知らなかった。気付かなかった。思わなかった。半信半疑だった。
結果魔王になってしまった。
そう言った。
『正気っ!?』
『この後どうなるか分かってて呑気に水浴びしてるわけ?!』『死ぬ思いしてまでっ、『死ぬ』ためにここまで頑張ってきたわけっ?!』『生け贄だよ?意味分かってる?』『ばっかみたい』『くだらない世界だね』
『生贄なんてもののために、君はここにいるの?』
『私が魔王だっ!』
『魔王は復活したっ!!』
『……なるほどね。じゃあ、あの黒い玉が無ければアルファルド君が火あぶりにされる事も無いってわけか』
魔王は、
レイトは、
俺のために魔王になった。
『…あるふぁるどくん、どーしたの?』
隣のベッドで無防備に寝るこの女は、俺が何故またあの街から出て、こうやって旅をしているのか知らない。
俺が何故ここにいるのかを知らない。
俺が何故、お前と一緒にいるのかを知らない。
俺の目的を、知らない。
きっと気付かない。
思ってもいない。
考えてもいない。
予想も予期も予測も予見も
疑う事もない。
怪しむ事もない。
訝しむこともない。
「あははははははっ!」
笑うレイト。
「アルファルド君」「アルファルドくーん」「アルファルド君!!」「あるふぁるどくん?」「あ、アルファルド君…」「あーるーふぁーるーどーくんっ」
『アルファルド』と、俺の名前じゃない名前で俺を呼ぶレイト。
「次はどこへ行くの?」「アルファルド君ってさ、勇者様なんだよね?」「あんたそれでも勇者!!!!?」「またまたー、勇者様ったら。ツンもほどほどにしないとデレた時に効果が出なくなりますよー」「勇者でしょ。人助けが勇者の仕事」
「物体!?物体ってどーいうことなのアルファルド君っ!!生き物って事!?」「ね、殺傷能力ゼロの棒みたいなもの持ってない?」「アルファルド君ってさ、血液型何?」「まさにはじめてのおつかいの親の気分」「つけてつけて!アルファルド君の名前も私がつけてあげたんだし。私の名前はアルファルド君がつけてよ」「ちょっと酷くないっ?!女の子に水ぶっかけるなんて!」
「けちくさっ」「ご、ごめんって。だってさ、何処に行くかぐらい教えてくれてもいいのにさっ。アルファルド君、教えてくんないんだもん。だからちょっと…おぉぉっ!恐い恐いこわいっ!」 「……その物騒なものしまってくれたらそっちに行きます」
「淋しいっ!」「ちょっと待ったっ!!」「ひぎゃぁあぁぁぁぁーーっ!!!!」「アルファルド君っ!もっと向こうで戦闘してくれないかなっ!?」「アルファルド君、もしかして見えてる?」「あ、もしかして年下とか思ってた?残念、私はアルファルド君より年上だよ」「暑いっ!」「…ごめんね」
「アルファルド君…、本当にそっちに進むの?」「サングラス?」「冗談です」「何処行ってたの?」「あ、アルファルド君っ、私も行くよ!」「アルファルド君、泳げなかったんだねー」「アルファルド君、安心して。フラグはへし折っといてあげたから」「メンバー、増やさなくていいの?」
「ね、アルファルド君。街に戻ったらさ、その『魔王の力』どうするの?」「そうなんだ。…ね、私思ったんだけど、その儀式が終わったら私元の世界に帰れるんじゃないかなーって」
元の世界に帰りたいって、
言ってただろ?
「…何で…?」
泣くなよ。
…お前が、気にやむことじゃないだろ?
「…また、『運命』だなんて、言うつもり…?」
そうだな。
そうかもな。
「…っ、殺せばよかったじゃないっ!!」
無理、だろ。
俺には無理だ。
だってさ、レイト。
ずっと一緒だっただろ?
ずっとずっと
一緒にいてくれただろ?
最初から、ずっとずっと
俺と一緒にいてくれたんだろ?
だから。
俺にはやっぱり、
無理だ。
無理なんだよ。
俺にお前は殺せない。
俺にはお前を殺すことなんて
一生かかったって、できないんだ。
だから俺は、ここで死ぬ。
さよならだ。
レイト。




