55.喜劇じゃなく悲劇
悲劇の始まり。
一応R15設定にしました。
残酷描写や、そういった流れが苦手な方や嫌いな方はお避け下さい。
『誰かが笑ってる。
その一方で、誰がが確実に泣いている。
そんなことも分からないの?』
通路を進みながら会話は弾む。
女子だけに。
「そうなのかっ。だから、レイト達はここに来たんだな!」
「そうなのっ。でも、まさかネイル達までいるとは思わなかったけど」
本当に。
偶然とは怖いものだ。まさかこんな所で再会しようとは。
「でも、地下通路の先に願いを叶えてくれる信者、なんているかなぁ」
私は絶対にいないと思う。
そう言うと、ネイルは「私も半信半疑だなっ」と笑いながら言った。だよね。だよねっ。
「だけど、レイトが異世界人だったとはなぁ」
ネイルがジロジロ私を見る。今は私の髪は黒に戻してある。ネイルが煩かったので。それにやっぱり黒の方が私にはしっくりくる。
「へへへ」
なんか照れた。
勇者さんも、異世界人らしい。召喚されたんだから当たり前なのだが。何処の人なのだろうか。聞いてみたい。
「でもさ、もし願いで元の世界に帰れなかったらどーすんだ?」
首を傾げるネイル。
「その時は、ブカに帰る方法を聞く」
彼が素直に教えてくれるとは、今は思えないのだが。
「ブカかぁ。なぁ、アイツさ、結構良いやつだよなっ」
「…う、うん」
ついさっき殺されかけただけに、すぐに頷けなかった。だけど、ブカは頑張りやさんの我慢強くて、基本的には上司に忠実な優しいけど怖い、そんな良い魔物、だと思うよ。うん。
私はネイルとの会話を思いっきり楽しんでいた。アルファルド君そっちのけで。
あぁ、この女子的ノリは久しぶりだ。
だけど、この時。
私はもう少し彼のことを注意深く見ておかなければならなかった。
彼の態度を。
彼の行動を。
彼の動きを。
彼の言葉を。
彼自身を。
私は後悔することになる。
死んでも後悔することになる。
通路に出てくる魔物を倒す。
先人切るのはネイル。次にアルファルド君。そして私。力のセーブが出来るようになった私も戦力内。
「なんかさぁ…」
先人切ってたネイルがそう呟いた。
「アルファルド、弱くなってね?」
「…………」
私はアルファルド君をちらりと伺う。実は私もネイルと同じことを思っていた。魔物の倒し方も、魔物を倒す数も、何だか前より雑だし少ないし。
弱くなっている。
そんな気は薄々感じてた。
だけど、私にチートな魔王の力があるからそう感じるのかな、と思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「なんか、鈍ってね?動き」
ネイルが通路を進みながら軽くそう口にしたが、アルファルド君は「悪かったな、鈍ってて」と少し怒り気味に言っただけだった。
鈍ってる。
確かにそうかもしれない。
ここに入って暫くして、それが強くなった気がする。最初に会ったとき、彼はこんなに弱かっただろうか。一緒に旅してた時、彼の力はこんな程度だったか。再会した時、アルファルド君はこんな動きだったか?
こんなにも、もたもたしていただろうか。遅かっただろうか。剣の振りがあんなにも重々しかっただろうか。スピードはあんなものだった?
だけど、疑問は疑問のままで、私は解決することをしなかった。そして悲劇は私を、私達を待っていた。
最悪の悲劇。
喜劇じゃなく。
『悲劇。』
「アルファルド君っ!」
魔物の尻尾に吹っ飛ばされた彼に走りよる私。
「大丈夫!?」
痛そうに呻くアルファルド君を見る。やはりおかしい。あんな魔物の攻撃、誰だって避けられる。魔王の力がない時の私だって避けられる。それをアルファルド君が避けられないなんて。
「ねぇ、アルファルド君っ。やっぱ、何処か具合でも悪いんじゃない?」
半身起こすのに手を貸してやりながら、私はアルファルド君に聞く。だけど、アルファルド君は何でもないと言った。
「何でもないって…、そんなことある」
あるわけないじゃない。
そう言葉は続かなかった。
私は目を見張る。
「……どうして…?」
私の口から出た言葉はソレ。
どうして。
どうして。
どうして?
私はアルファルド君の胸ぐらを掴む。掴むことによって、服が伸び、首もとが見えやすくなる。
何だ。
何なんだ、これは。
「…アルファルド君、服、脱いで」
私はアルファルド君にそう言った。アルファルド君は最初怪訝そうな顔をしたが、私の目線の先に気付いてか表情を変えた。そしてなかなか服は脱がない。
私の苛立ちは募る。
「っ…、ふくッ!!!」
私は怒鳴った。胸ぐら掴んだ手に力が入る。
睨む。
さっさと脱げっ!!!
「どうしたんだ」と魔物を退治し終ったネイルがこっちのただならぬ様子に気付いてか走ってくる。アルファルド君は怒鳴った私の顔を見て、静かに上半身の服を脱いだ。
アルファルド君の上半身が露になる。私はそれを見て驚愕した。
「な、なに、これ…」
ゾッとした。
彼の体にまとわりつく『何か』。湖のあの時見た『何か』。紋様みたいな、『何か』。それが今やアルファルド君のお腹辺りだけじゃなく、首もとにまで広がっている。もう少し行けば顔にまで到達しそうだ。
それが、アルファルド君の体にまとわりついて彼を蝕んでいっているように私には見えた。彼の体全体に広がっている。
徐々に徐々に、広がる。
異様だ。
異様すぎる。
ゾッとした。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
「…っ、ねぇ、あるふぁるど君…。これ、何?」
みっともなく声が奮える。
体もがくがく奮えているのではないだろうか。
立っていなくて良かったと思う。座り込んでいて良かった。
私は今、怒ったらいいのか泣いたらいいのか笑ったらいいのか、分からない。顔がひきつる。
ねぇ、アルファルド君。
これは何?
「…………」
アルファルド君は答えなかった。
やはり何も答えない。
どうして。
いつも。
いつも。
いつも。いつも。いつも。いつも。
「っ…、これはなにっ…!!?」
私は怒鳴る。
アルファルド君。
答えてよ。
答えろよ。
これが一体何なのか。
答えろっ!!!!
だけど、アルファルド君が口を開く前に、私の後ろに立つネイルが言葉を漏らした。
「…アルファルド、お前、それ…。呪い、か…?」
呪い。
そう。
呪い、だ。
「…何で…?」
どうして?
どうして彼は呪われているの?
どうして彼が呪われるの?
いつから?
あの湖の時点では既にあれはアルファルド君の体にあった。じゃあそれより前。
ずっと、ずっと前。
ずっと
ずっと
前。
「アルファルド君…、ねぇ、それ、もしかしてアルファルド君の街でかけられた、なんてこと、言わないよね?」
私は否定して欲しかったのだろうか。
アルファルド君は無言だった。だけど、その無言が肯定になる。肯定になるんだよ、アルファルド君。
あの街でアルファルド君は呪いをかけられた。
失敗したから?
アルファルド君が失敗して、魔王が復活したから?
だから、
だからそんな酷いことになってるの?
だからそんな酷いことするの?
だからこんなに惨いことをするの?
ひどい。
ひどいよ。
どうして。
どうして?
こんなのってないよ。
こんなのってない。
どうして彼ばかりがこんな目に合うの。合わなきゃいけないの?
生け贄から解放されたのに。
火炙りから解放されたのに。
生きていて、良かったのに。
まだ彼を苦しめるの?
ずっとずっと、彼を苦しめなきゃ気がすまないの?
ひどいよ。
ひどい。
ひどすぎる。
どうして?
どうして?
どうしてか。
どうしてかって?
そんなの決まってる。
私が、
魔王だからだ。
「…………っ!!」
私が、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。
彼を苦しめているんじゃないか。
私のせいだ。
私のせい。
全部、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ。
私のせいだ。
「レイト」
アルファルド君の声。
「…何…?」
泣いてない。
私は泣いてないよ。
ただ、怒りに震えてるだけ。みっともなく、こうやって俯いて一人で怒りにうち震えているだけ。
「…お前が、気にやむことじゃないだろ?」
なにそれ。
「…また、『運命』だなんて、言うつもり…?」
ふっ、とアルファルド君が笑った気配があった。私は俯いてたから分からない。
「…ねぇ、ネイル…。呪い、解く方法とか、ないの…?」
顔を上げて私は後ろにいたネイルに聞く。ネイルは、ずっとその顔だったのか無表情というかしかめ面というかな顔のまま、ゆっくり口を開いた。
「…ある、と思う。だけど……」
ネイルが言い淀む。言いづらそうに顔を歪める。
だけど、…何?
「だけど…、アルファルド。お前、それ、知ってるんじゃないか…?」
ネイルの視線は真っ直ぐにアルファルド君に向かう。アルファルド君はその視線を受け止め、ゆっくりと瞼を閉じた。
口も閉ざす。
「…アルファルド君…、知ってるなら、どうしてそれを、やらないの…?」
やればいいではないか。
それで呪いが解けるのだ。
呪いから解放されるのだ。
こんな呪縛から逃れられるのだ。
なのに、どうしてそれをやらないの?
「…ねぇ、…ど、して…?」
私はもう気付いてる。
アルファルド君の呪いを解く方法が何なのか、気付いてる。だってそれは私のせいだから。魔王である、私のせいでかけられた呪いだから。あの街でかけられた呪いだから。
だから聞くんだ。
どうして、って。
だって、チャンスなんていくらでもあったでしょう?
隙なんて、ありすぎるぐらいあったはずだ。
あの宿屋で、隣のベッドで寝てる時に。
あの起きてた時に、やれたでしょう?
もっと。
もっともっともっと、いっぱい沢山あったはずだ。
だって、私はアルファルド君の傍にずっといたんだから。
隣で寝て、隣で笑って、後ろからついてきて、前で戦って。
いっぱい、いっぱい
あったじゃない。
「…どうして…」
ねぇ、アルファルド君。
どうして?
どうして私を、殺さなかったの…?
私が死ぬ。
魔王が死ぬ。
それが、呪いを解く方法なんでしょう?
殺ればよかったのだ。
殺れば良かった。
こんな魔王な私なんて、殺せばよかったじゃない。
「…なん、で…、やらないのさ…」
アルファルド君なら一突きだ。
一突きで終わる。
すぐに終わる。
数秒もかからない。
力すらいらないかもしれない。
それぐらい簡単に簡潔に軽々と、剣の一振りでよかったのだ。
簡単じゃないか。
物凄く。
楽勝じゃないか。
軽々と。
「…やれば…、良かったのに…」
やればよかった。
殺してしまえばよかった。
魔王な私を殺せばよかった。
「…殺せば、よかったじゃない…」
魔王結乃を殺せばいい。
ずっとアルファルド君を苦しめてきた、魔王である私を殺せばいい。
「…っ、殺せばよかったじゃないっ!!」
私を殺せばいい。
殺してよ。
殺してよ。
殺してよっ。
こんな私なんて、
殺せばいいっ!
殺して、
解放されてよっ!
殺して、
自由になってよ。
ねぇ、アルファルド君。
「無理、だろ」
アルファルド君は呟く。
「………っ…!!」
分かってるよ。
分かってる。
そんなの、嫌になるぐらい
知っている。
知っている。
彼は私を殺さない。
だけど私は?
私の存在は彼を殺してしまうかもしれない。




