5.触る
アルファルド君が街を出たのがお昼頃なら、今の時間帯は夕方ぐらいになるのだろうか。
私は薄暗くなってきた空を見上げ、時計がないのも困りもんだよなーとため息をつく。予想では、あと数時間でこの辺りは真っ暗になり、空には満点の星が輝きだし、それはそれは綺麗な夜空を彩るのだろう。
だから。
「……そろそろ街に入ろうぜ、アルファルド君」
聞こえる筈のない願いを私はアルファルド君に向けて囁いた。
街を出たあと、アルファルド君は一心不乱に歩き続けた。途中、魔物に出会ったりもしたのだが見事に撃退。
その撃退方法が、まさかのその辺で拾った木の棒ってのにはさすがに驚いたが……。
勇者の剣、返しちゃったもんね。武器無しでどうするのかと不安だったけど……、さしずめアレは勇者様の最初の武器『木の剣』って所かな。
(見るからに木の棒だけど)
そしてアルファルド君は相対する魔物を倒しつつ道を進んでいく。途中、地図らしきものを見てはいたので、一応目的地はあるのだろう。
キョロキョロと辺りを見回し、地図を何度となく見ているアルファルド君。
目的地…………
何処なんだろう……?
てか、地図見すぎじゃない?
ここに来て、私はアルファルド君に一抹の不安を覚えたのだった。
「まぁ、そんな気は途中からしてたけどねっ!!」
どっぷりとふけた真夜中。空には星。辺りは何もない草道。真っ暗闇の中、それでも辺りを見る程度に光量があるのは、空を覆い尽くすほどの大小の星々が散らばっているからだろう。
そして、草道の脇辺りで寝そべるアルファルド君。
君、迷ったね?
おかしいと思っていたのだ。結構歩いているのに全然新しい街に着かないし。やたら魔物に会うなー、なんて思ってたら実はアルファルド君、やたらと獣道っぽい道を突き進んでいるのだ。
あれはわざとやっているのではない。地図を見ながら首をかしげていたアルファルド君のそれが、そう告げていた。
『勇者様、方向音痴の旅。』
この話のタイトルはこれでいこう。うん。
私は寝転がっているアルファルド君の隣に座り、一息つく。
あの街を出てから解ったことがいくつかある。
私の姿は他の人からは見えない。声も届かない。その他に、お腹も空かなければ、これだけ歩いたのに疲れもしていないのだ。幽霊のような存在なのだから、当たり前と言われてしまえばそれまでなのだが、それなら何故幽霊のように飛ぶ事や建物などをすり抜けられる様にしてくれなかったのだろうか。不満だ。
そしてもう一つ。
私は隣にいるアルファルド君に手を伸ばし、その体を触ろうとするのだが……
バシッ!
「いっ……っ!!」
触れるか触れないかの距離で、アルファルド君の体がまるで静電気でも発しているかのように、私の手は弾かれてしまう。
何度か試してみたのだが、やはり触れなかった。アルファルド君に限らず、私が『触ろう』とした物も触れずに弾かれてしまうのだと気付いた時はどれだけ悲しかったか。
一度、アルファルド君が魔物との戦闘中に小さな袋を落としてしまったのだ。それに気付かず歩いていくアルファルド君にダメ元で声をかけたが、気付いてもらえず……。とりあえず私が拾おうと手を伸ばしたら。
「バシッと弾かれちゃったんだよねー。地味に痛いし」
手をブラブラさせて痛みを和らげつつぼやく。しかし触れる物も確かにあった。
私は立ち上がり手近にあった木を触る。
「この木は触れるしね」
バシバシと木を叩く。
どんな基準で触れたり触れなかったりするのか解らないので、むやみやたらに物や人には手を出すまい、と私は心に誓った。
「私は、何のためにここにいるんだろ……?」
今更ながらの不安を口に出してみる。いくら待っても、その答えをくれるものはいない。私は、アルファルド君についてきて、本当に良かったのだろうか。この選択は正解だったのだろうか。そもそもアルファルド君は本当に『勇者様』なのだろうか。
隣のアルファルド君を見てみる。方向音痴だと知ってからは、めっきりイケメンオーラが出なくなった金髪蒼眼の青年はすでに熟睡中の模様。静かな寝息をたてながら、隣に木の棒……じゃなくて木の剣を置いて荷物を枕にし、眠っている。
こんな所で寝てて、魔物に襲われたりしないのかな?と頭の片隅で思いつつ、私もここで寝るのかー、と私は今日一番の深い深いため息をついた。
寝て起きたら、元の世界だったりして。
そんなことを考えてみる。
眠気は全くないんだけどねー。