46.カオスの中のカオス
「アンタねぇ…、いいかげんにしなさいよっ!!」
勇者さんが私を見、わなわなと奮えながら激昂した。めちゃくちゃ怒ってる。めちゃくちゃ怒ってます。
「ゆ、勇者さん…、あ、あの私は別に逃げようとしたわけじゃなく…」
あわわわわ、と私は勇者さんに弁解を試みる。逃げだしたのは私じゃなくてブカだ。私は悪くない。もうあれだったら、ブカはあげちゃいますよ、貴方に、とブカの背中を押すが負けじとブカは抵抗した。全然動かない。
だが、勇者さんの怒りの方向性は私が考えるものとは少し違っていた。
「アンタっ、逆ハーとは良い御身分ねっ!!」
「…え…?」
逆ハー、の言葉を勇者さんが言ったこと、そしてそれを私に向けて言ったこと。どちらに対しても私の反応はこれだった。何がどうなって私が逆ハーなのか。そして、勇者さん、逆ハーなんて言葉よく知ってましたね。
「なんだっ、やっぱレイトはアルファルドのこれだったのか!」
ネイルが楽しげに指を変な形にしてこっちにぐいぐい突き出してくる。変な形過ぎて何のこっちゃさっぱり分からない。アルファルド君が「違う」と言っているので、そんなアルファルド君にあの指の形の意味を聞いてみるが「知らなくていい」と言われてしまった。
いや、気になるんだけど。そして、再会して初めての会話がこれって…。
「ブカ、あれ何の事か分かる?」
「知りません」
ブカに聞いてみるが知らないらしい。君は地味に使えないな。
そしてブカが私の肩の上に乗っているミズイロをじっと目を細めて見ている事に気付く。もしや、ミズイロがブカの邪魔をしていることに、ブカは気付いてしまったのかもしれない。ミズイロはそんなブカの視線にまさかの素知らぬふり、だ。ミズイロの性格が歪んでいっているような気がして心配だった。
「ネイルっ!そんなことどーでもいいわっ!!あの女、私に喧嘩売ってるのよ!!私に彼氏がいないからって、当てつけとばかりに男はべらかして!!腹立つっ!!!」
ぎりぎりと歯を噛み締める勇者さん。彼氏はいないらしい。そして私は男をはべらかしているわけではないのだが、どうやらそう見えるらしい。いや、これはマズイ。相当マズイ。
「もうホント容赦しないんだからっ!!」
そう言いながら勇者さんはガンッ、と足を踏み込みこっちに走り突っ込んできた。地面が勇者さんの最初の踏み込みでビシッ!とひび割れる。
「勇者さん!誤解です!」
とは言えず。
突っ込んで来た勇者さんの剣をアルファルド君が弾き飛ばした。ブカは動かず。
「あ、ルファルド君」
「おぉー!!やる気だなっ、アルファルド!!じゃあ私も遠慮なくっ」
そう言ってネイルが魔法詠唱を始めてしまった。そんな中、ブカとミズイロの地味な攻防戦は続いている。ブカは腕を振るがミズイロの一声でやはり力を相殺されているらしい。腕を振る。鳴く。相殺。振る。鳴く。相殺。
勇者さんとアルファルド君の攻防も続いている。アルファルド君は押され気味。
ちょっと待て。なんだこのカオス状態。
「ちょ、ちょっと待って!!アルファルド君は関係ないからっ!!」
そう言ってみるも、カオス状態では誰も聞いてない。そんな中、ネイルの魔法詠唱が終わり、炎が竜の形を取りこっちに向かってきていた。まだ距離はあるのに既に熱い。熱風。
「ちょ…っ、だ、からっ…!!」
人の話を聞けっ!!!!
私は手を叩き、同時に「水!!」と叫んで上に手を上げる。突如、上空から大量の水が降って来て私達を濡らした。
「…っきゃ…!」
「う、っわぁ!」
「…ちょっ…」
「やりすぎっ…!」
訂正しよう。
濡らした程度では済まなかった。洪水のごとく大量の水が私達を飲みこみ、そこは一帯湖と化した。私達はザバァーンッ、と流される。
「ガバッ…!」
お、溺れる。
ばっちゃばっちゃやって、なんとか泳ごうとしていた私は、冷静に泳いできたブカによって助けられた。
「あ、りがとう。ブカ」
げほげほと口の中入ってきた水を出しながらブカを見る。ブカは何も言わず腕を振るう。だが、私の肩に必死にしがみついていたミズイロの「キュア!」の必死な一声でやはり力は使えなかったらしい。ちっ、とブカは舌打ちした。
あぁ、この二人をどうしたものか。
「そ、そうだ!アルファルド君はっ?!」
私は慌てて周りを見渡す。アルファルド君は泳げなかったはずだ。勇者さんとネイルのことも心配だったが、あの二人は泳げるに違いないから大丈夫だろうと確信に似た何かを私は持っていた。というか、あの二人が溺れるとか、そっちの方が想像できない。
ブカが腕を振るう。今度はミズイロは邪魔しなかった。ブカと私の体が浮き、即席湖から脱出。上から湖を見下ろす。だけど、アルファルド君の姿も、勇者さんやネイルの姿も見えなかった。
「ブ、ブカ。アルファルド君達、沈んでないよねっ?」
即席湖だったためか、次第に周りに溶け込んでいくかの如く水は地面へと吸い込まれていった。湖が無くなる。辺りはびしょ濡れで、なぎ倒されたのであろう木々が所々あったが気にしない。街までは行ってないかな、とも心配だったがこの辺りに街らしき建物などは無かった。
「魔王様」
ブカが私を呼ぶ。ブカの視線の先に目線をやると、そこには地面にべちゃりとうつ伏せに倒れている金髪の彼がいた。私の肩の上のミズイロが小さく鳴いた。
「アルファルド君っ」
私はブカにアルファルド君の所まで連れて行ってもらい、彼に声をかける。死んではいないようだ。だけど、結構なダメージは負ってしまったようで、うぅ、と呻いている。後で怒られそう。
「魔王様」
またブカが私を呼んだ。何、と顔を向けた直後、ガチィンッ!と何かがぶつかる音がした。周りには見えない壁。ブカが張った防御シールド。そして、それに当たったのが勇者さんが投げた小さなナイフだった。シールドに阻まれたナイフがカシャンッと軽い音を立てて落ちる。
「ゆ、勇者さん…」
「っち…!」
勇者さんの隣にはネイルもいる。まだまだこのバトルは終わりそうにない。私は倒れているアルファルド君を見る。
もう、こうなったら。
「…ブカっ」
私がそう言うと、ブカは私の前に立った。勇者に挑むように、私に背中を向ける。
戦闘態勢、だろう。戦うんですね、戦いましょう。とブカの背中が言っていた。だけど。
「ごめんっ!ブカ!」
そう言って私はブカの背中を思いっきり蹴り飛ばした。ブカは予想もしていなかっただろう私のこの行動に「うわっ!!」とみっともなく声を上げ、蹴られたそのままの状態で勇者さんの方へと体がてってって、と向かう。
そして、勇者さんに
あえなく捕まった。
「ゲットォォォォ!!」
勇者さんが叫んだ。
私はまだ倒れたままのアルファルド君の服をがしっ、と掴み、願い、念じた。
ここから出来るだけ遠くへ、と。
瞬間、
景色が変わった。
変わる瞬間、ブカのありえないぐらいお怒りになっている声が聞こえた気がした。




