4.旅立ってみた
そうして、その日のうちにアルファルド君は旅立つ事になったようだ。
今現在、アルファルド君は大勢の人達に見守られながら、『勇者の旅立ち』という序盤の重要シーンを迎えている。
相変わらず何を喋っているのかはさっぱり解らないが、アルファルド君を涙と笑顔と不安な表情で見送る大勢の街の人々。そして、その中央には街の長老っぽい初老のおじいさんと、アルファルド君の両親らしきおじさんとおばさん。教会の前にいた年若い女性もその中には混じっており、なんの表情も見せないでそこに立っていた。街の人々は、アルファルド君に餞別らしき物品を渡したり、長い別れを惜しむように熱い抱擁を交わしたり、友達だろうと思われる男の子と殴りあってみたり。
長老っぽいおじいさんは、手にしていた小さな包みをアルファルド君に渡し、アルファルド君の両手を握りしめ小さく呟き続ける。祈りでも捧げているのだろうか。
一方、アルファルド君の母親であろうおばさんは、傍らに立つアルファルド君に似た雰囲気を持つおじさん(多分父親)の胸に抱かれながら、その優しく暖かな眼差しをアルファルド君に向け、子供の旅立ちを見守っていた。
そして、さわぐ群衆の中からアルファルド君に向かって駆け出す一人の少女。焦げ茶色の長い髪を蝶々のような髪止めでとめた、まだその顔に幼さを残す可愛く可憐そうな少女。
もしや、アルファルド君の恋人か?
その少女は泣きながらアルファルド君に抱きつき叫ぶ。アルファルド君は優しく抱きかえし、少女に囁きかける。
「行かないで!魔王退治だなんてそんな危ない事、どうして貴方がしなくちゃならないの……。解ってくれ……これは俺に与えられた使命なんだ。この腰の剣が、伝説の勇者の剣が俺を選んでしまったんだよ。これは俺にしか出来ない事なんだ。大丈夫だ、心配するな。必ず戻ってくる。絶対よ。絶対に帰ってきてね、私達の所に。……ああ、絶対だ………帰ってきたら聞いて欲しい事があるんだ。その時は、聞いてくれるか?………はい、死亡フラグー」
私はその光景を見ながら一人アテレコを楽しむ。
「って、あれ?アルファルド君、あの時の剣持ってないじゃん」
一人アテレコを楽しみながら、ふとアルファルド君の腰元に目をやると、そこにはついさっきまであった筈の御大層な勇者の剣(仮)が無くなっていた。
不思議に思い、首を傾げながらアルファルド君をしげしげ観察していると、アルファルド君の近くにいた、あの教会前にいた年若い女性が群衆の中から抜け出し、一人教会の方へと歩いていく。
手にはあの、勇者の剣を持って。
いつの間に……?
そう思いながらも、アルファルド君が『俺の剣がないっ!やべぇ、どこいったんだ!?』みたいな感じで騒ぎださない事から、スラれたのではないだろう事は解った。
「勿体ないなぁ。あの勇者の剣、返しちゃったのかなー?それとも返してくれと言われたのかなぁ」
剣なしでこれからどうやって魔王退治に行くんだよーアルファルドくーん、と私はアルファルド君のこの先の旅を一人心配するのだった。
そうして、アルファルド君は泣きじゃくる少女と不安そうな、だけどそれを決して顔には出さないようにしている気丈な両親らに別れを告げ、去っていった。街の出入口付近で一度止まり、深々と頭を下げて外へと歩いていくアルファルド君。
頑張れよ、青年。
私は心の中でアルファルド君に声援を送りながら敬礼し、街の人々と一緒になってアルファルド君の後ろ姿を見送った。
いやいや、見送ったら駄目でしょ。
一人ノリ突っ込みをしながら、私は慌ててアルファルド君の後を追いかけるのだった。