38.マ○オ
「結乃様は、そもそも魔王と言うのをよく理解しておられないのではないですか?」
私の城。魔王城。
片腕である魔物は言った。
「魔物達の王、でしょ。分かってるよそんぐらい。…そんなことより、やっぱ名前変更しない?ブカ」
「名前には力が宿ると先程も言いました。なので、残念ですが無理です」
別にその名前に決めたわけじゃないのに。
この片腕の魔物の名前は「ブカ」。あの時ミズイロに言った言葉、『それに、こうやって片腕の部下がいるし』という言葉を何を勘違いしたのか、部下をブカと認識してしまった。
片腕の部下。
片腕の『ブカ』。
部下のブカ。
勘違いも甚だしい。私が名前を付けてあげないと駄目なら最初から言ってくれてれば良かったのに。
「名前を貰い、初めて魔王の片腕としての力を貰えるのです」
ブカはそう言った。
だけど、あまりにもな名前ではないだろうか。ブカ。ブカですよ。ブカ。逆から読んだらカブですよ。
そんな名前なのだ。
ぶか。
ブカ。
ブカ。
「……名前」
ポツリと呟く。
「それに関しましては残念ながら無理です」
ブカはやはりキパリと言った。
「ごめん。やっぱさっきの撤回。私、魔王やめないことにした」
そう私が言ったら、一番目の魔王オワタさんは怒ることも無く笑った。「その方が面白い」とそう言った。争い事が本当に好きなんだな、と思った。怒られなくて良かったけど。
そうしてオワタさんは私に一ヶ月の猶予をくれた。魔王になったばかりのヘボ魔王と戦っても楽しくない、と思ったのだろう。
「二番目は糞だからな。少しでも魔王らしくなっていた方がいい」と、これまた腹立つ言葉を私にくれた。私も「見てろよっ、後で泣きべそかいても知らないからな!」と捨て台詞を残してやろうかと思ったがやめた。
「ねえブカ。ブカならオワタさんぐらいの雑魚なら一捻り出来るんじゃないの?」
見た目も中身も、絶対ブカの方がオワタさんより強そうに感じる。だけど、ブカは首を振った。
「結乃様は、そもそも魔王と言うのをよく理解しておられないのではないですか?」
「魔物達の王、でしょ。分かってるよそんぐらい」
「そうです。魔物達の王、です。一介の魔物ふぜいが魔王に敵うはずありません」
「……オワタさんでも?」
あんな雑魚キャラ臭漂う魔王でも?
一番目の魔王も『魔王』です。とブカは言った。あれでも魔王、なのか。一応。やはり見た目に騙されてはいけない。
「強いの?」
「私では敵いません」
私では、ということは。
「魔王である私なら勝てる、ってこと?」
ブカは「そうなります」と頷いた。私よりブカの方が全然強そうだけど。私はブカをじっと見ながらそう思っていた。私の中に魔王の力も本当にあるんだかどうか分からないし。
本当に今、私に魔王の力はあるのだろうか。
「私って、本当に魔王?」
「魔王、ですよ。ただ結乃様は元が人間なのでまだ自身では感じていないだけです」
ブカは、私が本来は異世界の『人間』であることを知っている。魔王になった今でも、私は魔物ではない分人間寄りなのも承知だ。だけど、こんな私の片腕としてブカは私に従わなければならない。
不憫だ。
だけど。
「ね、ブカもさ見た目人間じゃない?実は元人間でした。みたいな感じじゃないの?」
そうだったらいいな、と期待を込めて聞いてみた。だけど。
「私は生まれた時から魔物です。前魔王様によって生み出された魔物です」
魔物だよ俺は。俺は魔物なんだよ、人間じゃねーんだよ、こんななりしてるけどな、と空気が言っていた。残念だ。
そして私達はすぐに特訓することにした。何せ猶予は一カ月。一か月しかないのだ。オワタさんとの『魔王様』の座をかけての決戦までそれだけの時間しかない。それだけの時間でどこまで私は強くなれるのだろう。
「どうやって力使えばいいの?」
私の中にある魔王の力。
ブカに聞く。
「魔王である結乃様でしたら念じれば何でも出来ますよ」
片腕であるブカは頭の中で想像し、念じて腕を振ることで空間移動したり魔法的力が使えるらしいのだが、私は想像し念じるだけで使えるらしい。だけど、何かアクションを付けた方が最初は使いやすいだろう、と手を叩くなり指を鳴らすなりした方がいい、とブカは言った。
「分かった。じゃ、さっそく」
私はとりあえず一番やってみたかったことを魔王の力でやることにした。これ出来たら最強だと思う。魔王な時点で最強だとは思うんだけど。夢だよね。夢だったんだ。私。
「飛べっ」
私はそう言いながら、同時に手を叩いた。
ぷいん、と二十センチぐらい私はジャンプした。飛んで、着地。
「………」
もう一度チャレンジ。
「飛べっ」
ぷいん。
やはり二十センチ。飛んで、着地。
その後も何度かチャレンジし、最終的には「ジャンプっ!」と私は言った。ぷいん、と二十センチほど飛んで、着地した。
「………」
「ジャンプだねっ、ブカ」
これは飛んでない。いや、飛んでるけど飛んでない。
ブカはそんな私にも『無』を貫き通した。
出来た片腕だな、と私は思った。




