31.贄
私の名前は『結乃』。
そして、アルファルド君の本当の名前も『ユノ』。
魔王の名前も。
同じ。
「…もう、やだなぁ」
勘弁してよ。私が魔王、だなんてさ。
アルファルド君には「魔王じゃない」ってあれほど言ったのに。結果、そうなんだもん。
「まいる」
まいった。
これはまいりましたね。まさか本当に魔王だとは。まぁ、ちょっとは考えてた事だし。もしかしたら、と思ってた事だし。
そんなに傷ついたりも、してないけど。
「キュアー」
頭の上にいたミズイロが鳴いた。
「ね、ミズイロ。どうしようか?」
「キュ?」
何が?とミズイロ。ミズイロは知らない。私が魔王だと知っているのは今『私』だけだ。アルファルド君を見る。いつの間にか、この世界に来て最初の頃見た、アルファルド君の親だろうあの人達もアルファルド君の傍にいた。微笑んではいるけど、何か「やった!!」みたいな感じの雰囲気ではないのは、アルファルド君を心配しすぎた結果なのだろうか。
「ユノ」
そう言って女の人、母親がアルファルド君を抱きしめる。アルファルド君が微笑した。アルファルド君のそんな顔は初めて見た。アルファルド君でもあんな風に笑えるらしい。驚いた。
「ユノ様」
そう言ってアルファルド君の周りの群衆の後ろから、あの人がアルファルド君を呼ぶ。群衆が知らず道を開けた。白いローブを着た、教会の人間であろうあの女の人。アルファルド君はその女の人を見て、母親が抱き締めている腕から逃れようとしたのだが。
母親は離さなかった。
「…………」
何だろ。
何で、こんな空気が流れているんだろう。
悲壮感、悲愴感、ひそうかん。どうして?
アルファルド君は『魔王の力』を持って帰ってきて、そしてこの街で何やら儀式をやれば魔王は復活せず世界は平和になるはずなのに。皆、喜ぶべきなんじゃないのか?
喜んでたじゃないか。
アルファルド君が帰って来た時は確かに。確実に。皆の顔には笑顔が浮かんでいたと思ったが。
アルファルド君はやんわりと母親の腕を離し、そして女の人に着いて行く。母親はその場に崩れ落ち、その顔からは涙が零れた。妹のニノちゃんが、気丈に泣かないようにしていたのだろうが、母親のそれを見て泣いてしまったらしい。父親らしき人物に慰められている。
アルファルド君は歩いて行く。見るに、教会の方だろう。着いて行きたかったが、さすがに今の見えている状態ではマズイか、と私はこのままここにいることにした。
徐々に街の人も疎らになっていき、アルファルド君の家族も皆その場を離れて行った。多分、家に帰るのだろう。
「………」
私はまだ数人残っていた街人の一人に声をかけた。
「あの」
「…うわっ!」
出来れば驚かせたくなかったが、やはり無理だったらしい。私は、不審人物にされる前に「旅の者ですが」とその人に切り出した。それでも不審人物を見るような目で見られ、ミズイロと私の顔を交互に何回も見られる。
「あの、アルファ…ユノ、さんはまだ何かしないといけないんですか?」
「は?」
突拍子もない質問だったのだろう。その人は目をまん丸く見開いた。
「えと、家族の人が泣いてたので」
まだアルファルド君には試練があるのだろうか、と思ったのだ。あの悲愴感はそういうことなのではないか、と。家族が泣くのはそういうことではないのか、と。儀式、とやらで何かしないといけないのかもしれない。
「…ああ」
そこでようやくその人は何かを察したらしい。目を伏せてしまった。なかなか口は開いてはくれない。ミズイロがじれったくなったのか、キュ、と鳴いた。
「贄になるんだよ、ユノは…」
ようやく口を開いたその人は、
そう言った。
「生きたまま火に焼かれる」
そう言ったのだ。




