3.名前をつけてみた
そんなこんなで。
姿も見えず声も届かない、言葉も理解できない。そんな、かなり残念な立ち位置で異世界の土を踏んでしまっている現実を受け止めて、金髪蒼眼の青年が呟いた言葉が何だったのかは解らないが、その言葉を皮切りに動き出した青年に、私はとりあえずついていく事にした。
ここにいてもしょうがないし。とりあえず、この青年は異世界に来て初めて出逢った人物だし。私が元の世界に戻るための重要人物……、の筈だし。
セオリー通りなら。
「………」
まぁ、言葉が解らず姿を確認してももらえないってのはセオリーからちょっと外れてる様な気がするけどさ…。
丘を降り、スタスタと歩いて行く青年が入っていった場所。それは先程まで私達がいた丘から見えていた街だった。私は青年の後を小走りで追いかけ、同じようにその街に入る。そしてそこで、新たな私のスキルを発見することになった。
青年だけでなく、街の住人達にも私の姿は見えていないようなのだ。
私はもしかして幽霊のような存在なのだろうか……?
キョロキョロと辺りを見ながら、青年を見失わない程度に街人を観察してみる。
そして奇妙な事に気付く。
確かに私の姿は視認出来ていない筈なのに、街人達は私にぶつからない様に器用に私を避けて動いてくれているのだ。
立ち止まってみると、それが如実に解る。前から来る人も後ろから来る人も、右から来る人も左から来る人も。そこに何か見えない障害物でもあるかのように私を綺麗に避けて行く。
これも私のスキルなのだろうか?
相手からは見えない『幽霊スキル』
そして、そのスキルを補うかのような『皆が避けてくれるスキル』
……………。
何か、微妙に悲しいかも。
はははは、と乾いた笑いを誰が聞くでもないのに口から発しながら、私は少し前を歩く青年の後を追った。
青年と、その後をついてきた私が行き着いた先は、街の中央辺りとおぼしき所にある白く薄汚れた大きな建物だった。
建物の屋根部分には、十字架のようなモチーフがついており、そこが教会なのだと知らしめている。
その建物の扉の前に立っていた白いローブを着た女性が、こちら(青年)を見て頭を下げた。それを見た青年が同じようにして頭を下げ、私には解らない言葉で数秒話した後、女性がすっと伸ばした手を青年が取り、連れだって建物の中へと入って行ってしまった。
私はその二人の後を追って建物の中へと入ろうとしたのだが、突如後ろから聞こえた悲鳴らしき叫び声にびっくりして、立ち止まってしまう。
何事か、と私が後ろを振り向く。振り返った私が見たものは怯え逃げ惑う人々と、『ザ・魔物』な紺色の体と翼を持った生物が、口から炎を吐き翼で突風を起こしながら空から悠然と舞い降りてくる所だった。
『キシャーーッ』とファンタジーにありがちな魔物特有の声をあげて地面に降り立ったその生物は、街の人々に次々に襲いかかった。私には解らない言葉で叫び、逃げ惑う人々を見ながら、私はそれを何処か他人事のような感覚で突っ立って見ていた。
何故かって?
それは私の姿は他の誰からも見えないし声すら届かない。街の人達の言葉も私には解らないし、あの人達を助ける事など、考えるまでもなく無理な事なのだ。
それに、この世界での私の立ち位置が『幽霊のような存在』なのだとしたら、あの魔物と思わしき生物からの干渉を受ける事もないだろう。
そう思っていたからだ。
そうして私はただその場でぼけーとしながら、魔物に襲われている人々をどうする事も出来ず見ていたのだが。
ふいに魔物の瞳が、
こちらを捕らえた、気がした。
「…え?」
嫌な予感がした私は、まさかなと思いつつもじりじりとその場から後退る。が、魔物の動きは予想以上に速かった。
翼を使い、一直線に私に向かって飛んでくる。
「…ちょっ、ちょっと待ったーーーーーぁぁ!!!」
魔物が飛んでくる事で起きたのだろう強風をその身に受けつつ、間一髪の所で私は魔物の突進を横に避ける事に成功したのだが、そのままの勢いで派手にすっ転んでしまう。
「いたい……」
傷めた体をさすりつつ、半泣きになりながらも突進してきた魔物の方を見てみると、間一髪で避けた私などには目もくれず、私の背後にあった建物に、突進の勢いで破壊したのだろう穴から体を半分ほど建物内部に突っ込んで、暴れていた。
もしかして、私じゃなくてあの建物が目的だったのか?
ほっとしたような、残念なような……微妙な気持ちでいた私は、ある事に気付くのに遅れてしまった。
そう。魔物が突っ込んでいったあの建物、教会には今
あの青年がいるのだ。
魔物がひときわ大きな奇声をあげたのは、その数秒後。突っ込んでいた半身を建物から抜き、顔からは赤黒い血しぶきをあげながらその場で暴れ回っている。
その魔物を、建物から出てきた人物、金髪蒼眼の青年は先程までは持っていなかった剣を手にして容赦なく止めをさす。
魔物は絶命した。
「―――――」
そして青年は、街の人々に聞かせるかのように一際大きな声で叫ぶように言葉を紡ぎ、
それを聞いた街の人達は数秒の沈黙ののち、口々にとある言葉を呟きながら、わっと湧いた。
まるで、伝説の勇者さまが街に現れた魔物を奇跡の力で倒してくれた喜びを皆で祝うような。
そんなムードの中、当の青年はというとそんなムードとは裏腹に、手にしていた剣を腰に納めて、嬉しそうに騒ぐ街の人達をじっと見ていた。
丘の上で木に凭れながら街の方を見ていた、
あの悲しいような寂しいような、何も考えていないような、何も想っていないような。
そんな表情で。
青年のそんな表情に気付く者は、誰一人いなかった。
私は気付いたけど。
ふーん、という私の呟きも聞こえる筈もなく、その場はまさにお祭り騒ぎとなっていった。
それにしても。
『アルファルド』
街の人々が口にしていた言葉で、私が唯一、ちゃんとカタカナ変換で聞き取れた言葉。
アルファルド。
あの青年の名前なのだろうか?
真偽のほどは解らなかったが、私はとりあえずあの青年の事を『アルファルド君』と勝手に呼ぶことに決め、教会の中へと戻って行くアルファルド君のあとを追った。