28.第三段階
爆発の衝撃で、私は水の中吹っ飛ばされた。
体の自由が効かず水の暴れ狂うままに投げ出される。足の大蛇の尻尾はいつの間にか外れていた。
「…っ、ゴボァッ…!」
息が限界だった。
私は水の暴れ狂うまま、なんとか必死に水面を目指した。こんなに深かったのか、とその時感じる。死に物狂いで腕と足を動かした。
本気で限界寸前直後に、私が水面に辿り着くことが出来たのは奇跡に近いだろう。
「…っぶはぁっ!!」
大量に空気を吸い込む。
「ゲホッ、ゲホッッ…!」
口と鼻が痛かった。ツン、とする。
はあ、はあ、と落ち着いてきた息を整える。
死ぬかと思った。
私は周りを見る。岸辺までは少し泳がなければならない。
「レイトッ!!」
アルファルド君の声がした。振り向くと、彼が驚いたような慌てたような、怒っているような表情でこっちを見ていた。
「…っ、アルファルド君っ、見たっ、目に騙されちゃっ、駄目だぞ、って教訓をっ、き、期せずしてここで受けられたのは、っ喜ぶべきかなっ?」
この水池、本当に見た目よりデカイし深い。これじゃ、池じゃなくて海だ。水の中は次元でも違うのだろうか。絶対違う。
ぜはー、ぜはー、と息を乱しながらも、アルファルド君にそう言う。
それを聞き、何バカなこと言ってんだ、と怒鳴るアルファルド君の顔はマジだった。冗談言ってる場合じゃない。また怒られる。
私は岸辺に行こうと手と足を動かす。直後、嫌な気配をぞくっと感じて後ろを振り向く。
白と金色。
「キュアーッ!!」
水色の獣がスピードを出してそれの顔辺りにぶち当たった。
「ミズイロっ!」
白と金色、あの大蛇が傾く。
「…ッピャ!」
涙目のミズイロがそこにいた。体当たりは相当痛かったらしい。
さっさと上がれ、と怒鳴るアルファルド君に急かされ私は泳いだのだが、大蛇はミズイロの体当たりなんかでは倒されはしなかった。
だけど、すぐに喰われないだけマシなのかもしれない。
大蛇が、その尻尾で私に攻撃してくる。
水の中、振るわれた尻尾が私の横腹辺りに当たる。その尻尾は器用にもその振るったままの状態で私を水の中へと思いきり押し戻した。
「…っ…!!」
ゴボゴボと私はまた水の中に逆戻り。
殴られた横腹の痛さより、水中で息が出来ないことの方が苦しかった。
うっすら目を開ける。大蛇がまだ水面近くにいて、こっちに迫って来るのが見えた。
マズイ。
私はさっきのように片手を大蛇に向ける。さっきは上手く使えたのだが、今度もちゃんと使えるかどうかは微妙だったがやってみるしかない。多分、極限状態になったら使えるはずだ。さっきもそうだった。
大蛇が顔をこっちに向け迫って来た。
私は付き出した片手に全神経を注ぐ。さっきと同じように、『力』が出るように祈りながら。
誰かがくれた、よく分からない『力』で大蛇に対抗出来るように。
だが、私がその力を使う前に、大蛇の後ろに人影が見えた。大蛇の蛇目と同じ、金色の髪の毛を持つ男の子。アルファルド君だ。
アルファルド君っ!
水中にいるアルファルド君は手にしていた剣を思いっきり振りかぶってぶん投げた。剣は弧を描きながら、水中であるにも関わらずスピードを緩めることなく大蛇まで一直線に飛んで行き。
スパッ、と綺麗に大蛇の尻尾を切り落とした。
「…っ!!」
大蛇の悲鳴らしき声が水の中、震動で響き渡る。ソレを庇うように、私は腕を前にクロスしてガードする。ビリビリと体にそれが伝わり、私は顔をしかめた。
大蛇はその辺りをのたうち回った後、私達の側から離れて遠くへと逃げてしまった。
切り落とされた大蛇の尻尾が、水の中ゆっくりゆっくりと下へと落ちていく。だが、その途中で水に分解されたかのように尻尾は砂になって霧散した。
そして、そこからはあの黒い玉が現れたので、水底に落ちていく所を私がキャッチする。
ズキッ、とやはり頭痛がした。
アルファルド君が投げた剣も持って帰らないとと思い、辺りを探す。剣は回転を止め、刀身を下に落ちていっていたので、慌てて拾いにいった。なんとかキャッチする。
「…ゴボッ!」
息が限界近い。
私は片手に剣、片手に黒い玉を持って足を必死に上へ上へと動かした。
「…っ、ぶはぁ!」
水面に出る。息を整えようと荒い呼吸を繰り返す。そうしている間にも、私は水中まで来て助けてくれたアルファルド君を探すのだが。姿が見えない。
だけど、少し離れた所で、何やらバシャバシャと水面を暴れているものは発見した。
「………」
冗談でしょ。
冗談だよね。
そうどこかで願いながら、私は暴れているもの、アルファルド君に近付く。
がばばばば、とアルファルド君は手足をバシャバシャし、
溺れていた。
「アルファルド君っ」と呼んでも彼は気付かないだろうと、私は無言でその光景を見る。本気で溺れているようだ。
さっきのカッコいい姿は何処へやら。
「ミズイロ!」
私は溺れているアルファルド君の上をぐるぐる飛び回っていたミズイロの名を呼び、持っていた黒い玉を上に放る。
ミズイロはそれを見て、黒い玉をナイスキャッチした。
これで片手は自由だ。
自由、なのだが。
「………」
がばばばば、とバッシャバッシャ溺れているアルファルド君を助けるのは自殺行為な気がした。私はプロのライフセーバーでは勿論ないし、しかも片手にはアルファルド君の剣を持ってもいるのだ。
助けようとして一緒になって溺れる。
大いにあり得た。
「…………………………」
うーん、と悩んでいたらアルファルド君が力尽きた。沈んでいく。
アルファルド君には申し訳ないが、これで助けやすくなったな、とこの時の私は思ったものだ。
アルファルド君の腰の鞘に剣を戻し、アルファルド君の首辺りを掴んで引っ張りながら泳ぐ。触れられることに不思議を感じることはなかった。黒い玉に頭痛。それのせいだろう。
岸辺にはすぐに着いた。
アルファルド君を引っ張りあげる。
「アルファルド君っ!」
仰向けに寝かせた彼の名を私は呼ぶ。当たり前だが、彼が起きるはずはなく。
「こ、これは例の人工呼吸的展開ではっ!」と恋愛フラグ立ちそうな展開にわくわくしたり。
なども勿論あるはずがない。
いや、ちょっと考えはした。
しました。ごめんなさい。
「ミズイロっ」
頭上辺りを飛んでいたミズイロに声をかける。ミズイロは、持っていた黒い玉を私に投げ渡した。私はそれをキャッチする。
『壊すな危険』な代物の、そのぞんざいな扱いをアルファルド君は怒るだろうが、当のアルファルド君は気を失っているのだから怒られようもない。
「ミズイロ、おねがいっ」
「キュア!」
説明することもなく、ミズイロは了解した。
ミズイロはアルファルド君のお腹上空一メートル辺りでパタパタ動かしていた翼を止め、そして重力の赴くままに。
お尻から落下した。
ドスッ!、という鈍い音と「ガハァッ!?」というアルファルド君の声は同時だった。
アルファルド君は息を吹き返した。
「アルファルド君、泳げなかったんだねー」
「…………」
服を乾かしながら私は言う。アルファルド君は無言だった。
「アルファルド君は、なんかちょっと残念だよね」
方向音痴とかカナヅチとか。
勇者なのに。
アルファルド君の表情は、暫くムスッとしたままだった。




