27.白大蛇
「じゃーなっ、レイト!ありがとなっ、アルファルド!」
そう言って笑顔全開のネイルは魔法で私達を送り届けた後、また魔法で去って行った。ネイルがパーティーメンバーになってくれたなら、こんなに心強いことはないのに。残念だ。物凄く。
そう思いながら、私はネイルを見送った。
「ひとっ飛び出来て良かったね、アルファルド君」
ぼんやりしていたアルファルド君に話しかける。
ネイルは別れる前に、次の目的地へと魔法で連れて来てくれたのだ。目的地が何処か私は知らなかったがどうやらここがそうらしい。いや、それにしても魔法は便利だなぁ。
私も使いたい。
「道に迷わなくて済んだしっ」
にはっ、と笑ってアルファルド君にそう言ったらアルファルド君に睨まれた。そして、ここで待ってろとだけ言ってそのまま歩き去って行こうとする。やばい、怒らせたか、と私は慌てた。
「あ、アルファルド君っ、私も行くよ!」
「ここはすぐ終わる」
振り返ってそれだけ言って、アルファルド君は歩いて行ってしまった。すぐ終わるなら待ってた方がいいのか?と思いながら、睨まれた私は大人しくアルファルド君の言う事を聞くことにした。
周りを見る。ここは古びた神殿のような所だった。アルファルド君は、その神殿の本殿だろう建物に一人入っていった。
神殿も、神殿の周りも所々崩れていて、今は機能していないのだろうと思われたのだが、水だけは流れているらしく、ちょろちょろと何処からか音がしている。静かになった今、それが耳によく聞こえる。
突っ立って待ってるのもアレだったので、私は水音のする方へと足を向けた。
その辺でも見ておこうと思ったのだ。ミズイロも一人で何処かへ行ってしまったし。
最初の頃は私達の近くからあまり離れなかったミズイロは、最近一人でよく何処かに優雅に飛んで行ってしまう。子供の成長は早い、ということだろうか。ちょっと寂しい。
私は一人水音へ向けて歩き出した。
だが、これが間違いだった。
水が流れている所までたどり着き、ちょろちょろ流れる水を腰を落としてぼんやり眺めていたまでは良かった。そこは大きな水池みたいな所。そこに、神殿の内部からなのだろうか、ちょろちょろと水がその水池に流れ出てきていたのだ。
私は数分もそこにいなかったと思う。さあ帰ろう、と立ち上がった所でソレに気付いたのだ。
大蛇。
私は固まった。
すぐ横に大蛇。私と大蛇の距離は一メートルも離れていない。すぐそこだ。
私の二、三倍ぐらいある大きさの大蛇が、私の背の高さぐらいまで体を持ち上げ、その金色の蛇目で私をじっと見ていた。口は開いていない。ので、蛇特有の赤い舌も出てはいない。
じ、っと金色の蛇目が私を見る。その蛇目から私も目を逸らせない。防衛本能だろう。目を逸らしたら多分喰われる。そう思った。
蛇に睨まれたカエル。
まさにそんな状態。私は今、カエルになっていた。
身動きすら出来なかった。立ち上がった状態のままピクリとも動けない。動いたらきっと大蛇はその大きな口を開き私を丸のみするだろう。だけどこの状態も何分も持たないよ、私。
「………」
白色の大蛇。白い蛇は良い蛇だ、みたいな事を聞いた事がある。富をもたらす、だとか水神様、だとか。だけど、それは私の世界での話。この異世界でもそれは通用するのだろうか。
白大蛇はじっと金色の蛇目で私を見たままだ。思うんだけど、蛇って瞬きしないんだね。金色の蛇目は吸いこまれそうなほど綺麗だけど、大蛇の蛇目は綺麗を凌駕するほどの怖さだよ。瞬きしない蛇目。じっと見たままの金色の蛇目。
「………」
そろそろ恐怖に負けてしまいそうです。
そんな時だった。
私の耳にアルファルド君の声が入って来て、私はピクリ、とそっちを向いてしまったのだ。アルファルド君の姿が目に入る。
「アルファルド君」
そう声に出そうとしたが最後まで言えなかった。大蛇の方に視線を戻したら、その大蛇の大きく開いた赤い舌と牙を携えた口がこっちに飛び込んで来ていたから。
「っひ…」
ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁ、と私は間一髪すれすれでそれをかわす。私の反射神経凄い。と自分を褒めている場合では無かった。かわしたのは良かったが、それだけだ。私はすぐに大蛇の尻尾に捕まった。
「う、わぁっ!」
尻尾は、太いくせに私の体ではなく方足だけに巻きつき、上へと持ち上げた。頭が下になって宙づり状態だ。
「う、うそ、ちょっ」
頭に血が上る。だけど、それすら今はどうでもいいと感じた。大蛇がその状態のままもの凄いスピードで移動し始めたからだ。
どこへって?
そりゃもう。
水の中。
「まっ、ちょ、がぼぉっ!」
水の中に引きづり込まれた。
水が私を襲う。目をぎゅっと瞑り手で口を押さえる。がぼがぼと口から空気が漏れ出る。足に絡みついた大蛇の尻尾は離れず、どんどんと移動していく。動きを止める気配もなければスピードを緩める気配もない。
「………っ!!」
水中移動を続ける大蛇の、私の足に絡みついてる尻尾を絡みつかれてない方の足で蹴る。水中だし物凄いスピードだしでそれはなかなか叶わなかった。私は薄らと目を開けて水の抵抗を受ける中、上半身をなんとか足の方にやり手で尻尾を外そうともがいた。
外れない。
…っ、この…っ!!
殺す気か!
「……っ、がぼっ…!」
私の口からまた空気が逃げる。
ヤバイ。絶対にヤバイ。
ぎゅっ、と目を瞑り口を手で押さえ、そして私は
「いい加減にしろよっ!!」と、片手を大蛇に向けた。
一瞬のち、水の中でダイナマイト並みの爆発音がした。
私はこの時初めて意識を失わずに『力』を使えたらしかった。




