25.逆鱗、断食、魔法使い
方向音痴は危険だ。
「アルファルド君…、本当にそっちに進むの?」
アルファルド君が進もうとしているのは、獣道。誰が見たって獣道。そんなアルファルド君に私は聞く。
この時の私は疲労困憊だった。そして、お腹も減っていた。歩き疲れてヘトヘトだった。
動機息切れ目眩。
救心求む。
ヘトヘト、というよりはバテバテだった。幽霊じゃない生身の体が、まさかこんなに私の心を蝕むとは。私は方向音痴のアルファルド君に殺意に似た何かを感じてしまっていた。
方向音痴は危険だ。
もう一度聞く。
「本当にそっちに進むの…?」
「進む」
アルファルド君は頑なだった。だが、私の我慢も限界寸前だった。このままアルファルド君が先人をきっていたら、死んでしまう。
私はミズイロと顔を見合せ、
頷く。
ミズイロの場合は、前の時の10日間で既に懲り懲りになっていたから説明せずとも通じた。
「キュアー」
ミズイロが獣道とは逆に、一人飛んで行った。それを私は「待って、ミズイロっ」と追いかける。アルファルド君が「おいっ」と言いながら追いかけてきた。作戦通り。
まさに遺跡でのアレ、だ。
私とミズイロは獣道をこうして回避した。
何回かそれを繰り返し、実は街にも一回たどり着くことが出来た。私とミズイロは残念ながら外待機だったが。
だが、さすがに何回もこれは通用しなかった。寧ろ、アルファルド君の逆鱗に触れた。
「お前ら、わざとか」
「……」
アルファルド君は口も聞いてくれなくなった。ごめんなさいと謝っても、弁解してみても、機嫌直してよ、と言ってみても。全てにおいて返事なし。
さすがのミズイロも近付けないぐらいの空気をアルファルド君は出していた。
「………」
この数日、一言も言葉を交わしていない。かなり怒っている。やりすぎた、と物凄く反省した。しゅん、と落ち込んでいるミズイロと、「もうやらないようにしよう」と小さく約束した。ミズイロはキュと鳴いた。
だけど。
私は前を歩くアルファルド君の背中を見る。逆鱗に触れる前からそうだったのだが、このアルファルド君。
実は私に気を使ってくれているようなのだ。
私が疲れてくると、歩くスピードを落としたり、地図を確認するふりして休憩してくれたり。
幽霊スキルを無くし、生身の体になった私にこの旅路は正直きつかった。幽霊スキルが本当に恋しい。だから、アルファルド君のこの行動は正直かなり嬉しかった。アルファルド君がそれを私には隠して行動している様だったので、私は何も言わないし、知らない気付いていないフリをしていた。
そのアルファルド君の行動は、逆鱗に触れた後も続いている。その優しさだけが、私がアルファルド君の後に着いていっても良いのだ、と言っているようだった。
何だかんだで、アルファルド君は優しい。
だけど、アルファルド君の方向音痴は健在バリバリふるに力を振るっていたわけだから。
断食3日目。
私はふらふらしながらも足を動かす。よもや、異世界で断食を経験しないといけなくなるとは。たまに川などを通りすぎたりするので水は飲んでいる。私は大食ではなく、むしろ少食なので別にそんなに食べないんだけど。
だけど、断食は流石にない。
ふらふらと歩く。ミズイロは、アルファルド君の頭に乗っていた。ミズイロが羨ましい。それでも私はふらふら歩く。ふらふら。ふらふら。
さすがのアルファルド君も、そんな私を心配したのか「大丈夫か?」と声をかけてくれた。何日間かぶりの会話。嬉しい、と思うがそれに浸る元気は既にない。
大丈夫だいじょうぶ、と言いながら歩く。立ち止まったら駄目だと感じたので、ふらふら歩きながらそう口にする。
今足を止めたら、
絶対倒れる。
ふらふらふらふら歩く私は、相当大丈夫ではない。アルファルド君がそんな私を見るが、私は気付かない。そんな私の遥か後方。そこからかなりのスピードで近付いて来ている者。
私が気づくわけがない。
「ひっさしぶりだなぁぁぁぁ!!!」
そう言ってその者はアルファルド君に激突した。デジャブ感。だけど、そのデジャブ感すらふらふらの頭ではあまりハッキリとはしない。
その者はアルファルド君に馬乗りになり、ガクガクと彼を揺さぶる。ああ、この光景は見覚えがある。あの女の子にも見覚えがある。
あの時の、魔法使いだ。
「………」
ああ、だけど。
私は動きを止めてしまっていた自分の足を見る。止まっちゃったよ。
私はがくりと崩れた。
倒れなかっただけマシだ。




