13.第一段階
自分よりも数十倍もある牛ボスを前に、アルファルド君は逃げる事なく立ち向かい続けていた。青白く光る細身の剣が牛ボスの鎧に当たり、キィン!と高らかに鳴り響く。牛ボスに効いている様子はなく、手に持った斧を降り下ろし大きな音と共に地面に裂け目を作る。
アルファルド君は既に数ヶ所空いている裂け目と、今しがたできた裂け目に落ちないよう足元に注意して避けながら戦っていた。
「アルファルド君が来たからボスが暴れだしたのか」
呟き私は胸を撫で下ろす。もしかしたら私が原因か?、と思っていただけに少し安心した。
アルファルド君はボスと戦闘中。なら私はひとまずボスの事はアルファルド君に任せ、自分のすべき事をしよう。今やるべき事をやろう。
私がやるべき事は、この腕に抱いている小さな生き物の避難。
そして自分も避難、だ。
地面が揺れる。
アルファルド君が牛ボスと戦闘している場所は廊下のずっと奥側。私達がいるこの辺りはまだ崩落は進んではいないが、いつ牛ボスやアルファルド君が戦いの場をこちらに移すか解らない。
早めにここから出るにこしたことはない。
辺りを見回す。
この部屋から出られるであろう扉が数ヵ所、あるにはあるのだが、崩れた壁が邪魔をしていたり扉自体が破壊されていたりしてどれも使えそうになかった。
扉は使えない。
そう判断するのに、そう時間はかからなかった。
使える扉がないならどうやって出ればいいのさ……途方にくれ、考えに行き詰まっていると、腕に抱いている生き物がもぞもぞと動き口を開く。
『あれはなーにー?』
そして、ちょっと待ったという暇もなく、私の腕から抜け出したそれはパタパタと飛んでいく。
慌てて追いかけた私の前に、天井から突然瓦礫が落ちてきた。もう少しで頭に直撃のコースだった。
「あ、危な……」
高鳴る心臓を手で押さえながら、私が『こっちー』と呼ぶ声の方へ行くと、そこには人ひとりが通れるぐらいの大きさの、壁を破壊して作ったのであろう細い通路があった。覗き込んでみると、その通路は奥へ奥へと続いているようだった。
ここから出られるのかな……?
疑問に思いながらも迷っている暇はなかった。遺跡の崩壊は進んでいる。この道も、いつ崩れて使えなくなるか解らない。他の、外へと繋がっていそうな所を探している余裕はない。躊躇している暇はないのだ。
「しっかり掴まっててね」
パタパタと頭に乗っかってきた生き物にそう声をかけ、細い通路へと入り駆け足ぎみに進んだ。外へ通じていることを願って。
少しだけ、アルファルド君の事が気がかりだった。
進むにつれて広く、大きくなっていく通路の終わりには、ダンスホールぐらいの広さがある大きな広間があった。ここは、遺跡に入った当初に見た場所で、この通路はその広間の壁の一部を破壊して作ったものだったらしい。
確か、入ってきた時はこんな道無かったはず……。
疑問に首を傾げたが、多分私達がこの部屋を通過したあとに誰かが作った道なのだろうと自分を納得させた。
誰が、という疑問は今は頭の片隅に追いやり、出口へと向かう。ここまで来れば外までの道筋は解る。
地面がまた揺れる。
牛ボスの雄叫びが微かに聞こえる。
私は遺跡の出口まで走り続け、やっとの思いで外へと出た。辺りはすでに薄暗くなっていて、上を見ればほのかに星の光が瞬いていた。
遺跡から離れ、頭の上に乗っかっていた生き物をそっと地面に下ろす。
「ここで待ってて」
そう言って私はきびすを返した。遺跡内部へと戻り、もと来た道を走って逆戻りする。先程はあまり気にもしなかったが、遺跡にはすでに所々ひび割れが請じていた。ビシッという音が聞こえたと思うと、また新たに新しい亀裂がはしっている。広間まで来た私は、先程通ってきた誰かが作った道を選んで走る。
自分の心臓の音がドクドクうるさかった。走っても疲れない体なのに、何故か息がきれて息苦しく感じる。この狭くて細い通路がひたすら長く感じて仕方がなかった。
そんな中、頭の中では声が聞こえていた。
ずっとずっとその声が頭の中を響いている。
いつか聞いた、誰かの声。誘幻に誘う甘い声。こっちへおいでと手招きするような声。危険信号が頭の中でけたたましく鳴り響き警告しているのに、その音すらかき消してなんども何度も頭に響くその言葉。
その声に、言葉に抗っていたら……。
抗っているままだったら……。
ボス部屋に着く。
足を止める。
牛ボスの巨大斧を、細身の剣を両手で支えて必死に受け止めている彼が目に入る。どくどくと煩い心臓の音を止めたくて無意識に胸の辺りの服をぎゅっと掴む。鳴りやまない心臓の音。何かを言葉にしようと口を開いてみても、声が出なかった。
巨大斧を支えきれずに彼が弾き飛ばされ、バァン!と壁に叩きつけられる。そのまま彼はずるずると崩れ落ち、
動かなくなった。それでも手に持った剣は離すことなく。
牛ボスが巨大斧を振りかぶる。
彼は動かない。
頭の中で声が聞こえた。
私はその声に『是』の応えを出した。その声に、言葉に抗っていたら……
彼を救えないから。
いいよ。
その力、貰ってあげる。
私は彼の名前を呼びながら全速力で走り、手を伸ばす。
「アルファルド君!!!!」
その後の記憶は曖昧で、いまいち覚えていない。
ただはっきりしてるのは……。
「だからさっきから言ってんだろ。俺は《アルファルド》なんて名前じゃねーって」
「いや、もう私の中で、君はアルファルド君だしさ」
「ピャァー」
「ほら、ミズイロもそうだって」
「いや、アケルは違ぇよって言ってんだよ。つか、喋りかけんな」
「ひどい」
「キュアァ」
ただはっきりしているのは、アルファルド君と喋れるようになり。
遺跡で出会った小さな水色の毛並みを持つ、癒し系生き物と言葉が通じなくなった、という事実だけ。
嬉しいんだか
悲しいんだか
何だろう、この残念な感じ。




