10.牛さん
「…っい、たい…何が……?」
体のあちこちが痛くて仕方がなかった。すぐには起き上がれない。無様に寝転がったまま。
どうやら命は無事だったようだが地面にぶつかった衝撃で体全体を傷めてしまったらしい。
いやいや。
地面にぶつかっておいて体を傷めただけって、どんだけ丈夫なんだ私?と不審に思ったがそれもすぐに理解できた。
痛む体に鞭打って起き上がる。足元がふにふにと上下に動く。ここの地面は弾力性があるみたいで、歩くたびに足が沈みこんでしまう。まるでウォーターベッドの上を歩いているかのような感覚。
これのおかげで命ばかりは助かったらしい。
針に串刺しとかじゃなくてマジで良かったよ、そんなグロテスクな終わり方は嫌だ。
でも、もしかしたらこっちで死ねばあっちの世界に帰れたりしちゃったりするのかな……と考えてもみる。
が、却下した。
そんな一か八かの大賭、乗るようなバカは世界中探してもいない、そしてそんな賭にでるほどの度胸、私には無い。と無言で頭を振る。
アルファルド君は大丈夫だったかな、と私は辺りを見回す。四畳半ぐらいの広さのこの空間に、金髪の彼の姿はなかった。彼の姿だけではなく、この部屋には何もなかった。今あるのは私のこの身、ただ一つ。
そして、出口に続くだろう扉が一つ。
上を見上げてみる。私が落ちて来ただろう所。
部屋の中を見渡せるぐらいの光量がここにはあるのに、何故か天井だけは真っ暗で何も見えなかった。天井に手を伸ばしてみるが届かない。
天井、という表現も間違っているのかも知れない。上にあるのは暗い空間。
黒くて深い闇。
ただそれだけ。
「………」
上にある空間に不気味な空気を感じて身震いし、私はそそくさと扉へと向かう。長居は無用。
罠を警戒してゆっくりとドアノブを回し押し開け、顔だけ出してそっと外を除き込む。
扉の外は、広くて長い長い廊下だった。赤いカーペットがその長い廊下を奥へ奥へと延々にひかれ、廊下の両側に置いてある無数のロウソクが何のタイミングか順番に次々と炎をあげていく。
そして、その長い長い廊下の終着点には3、4段ぐらいしかない小さな階段。その上には玉座のような豪奢な巨大椅子が置いてあり、その巨大な椅子に座る巨大な者の姿を見て私は扉から覗きこんでいたまま固まってしまった。
黒毛に覆われた大きな両腕に大きな両足。獣のような腕と足、筋肉質でとても強そうですね。体にはフルセットアーマー。防御力高そうですね。感服します。手には巨大な斧。重そうです。喰らったらちょんぱですね。
そして、その者の顔は牛。
モォーー、とは鳴かないのでしょうね。そんな可愛げのある牛さんではありません。厳つい牛さんですね。はい。
そして。
「……っ!?」
突如、その者の口から動物のような雄叫びが発せられ私は飛び上がるほどにびっくりする。あまりの声のデカさにびりびりと部屋が震え、体が重く感じるほどの重圧を感じる。
ぱらぱらと塵が落ちてくる。
数秒のち、私はゆっくりと扉を閉めた。
「…はは、ははは」
………ボス部屋?
泣きたくなった。




