改変された世界へ
学校からの帰り道、考え事をしながら歩いていると気がつけばアスファルトの道が石畳の道へと変化していた。横道にでも間違って入ってしまったのかと周囲の様子を窺うとまるで見た事のない光景へと入れ換わっていた。明らかに今まで居た大阪の光景ではなく、そして日本ですらないことも確かだ。だって、鎧を着た人や槍を所持している猫耳がついた人がいたのだから。
どれくらい自失していたか分からないけれど、道の真ん中で呆然と立ちすくんでいる僕は少々、いやかなり目立っていたようで、気がつくと周囲から遠巻きに見られている事に気付いた。慌てて、道端に移動しても視線はの量は減らなかった。少し考えてみるとその理由に気付く。僕の着ている服、つまり高校のブレザーがおかしかったのだと。といっても通学途中に持ち歩いている征服以外の服といえば体育の授業で使った体操服くらいしかないので着替える事もできず、縮こまるほかなかった。そんなどうしようもない状況に置かれている時、唐突に肩を叩かれた。びくびくしながら振り返ると、そこには皮鎧を着たいかつい男の5人組がいたのだ。あぁ、絡まれた。終わったと思いながら。とりあえず口にした。
「す、すみません。な、なにか用でしょうか?」
僕の対応がまずかったのか声を掛けて来た男は困ったような顔をして仲間と話し始めた。言葉が分からない。あぁ、そうか外国であればまだしも、異世界であれば日本語を知っている人は皆無か。そして、世界的に通じる英語であればまだ分かるけれど、流石に異世界語は習ったことはない。現実逃避気味に思考を走らせていると、仲間内での会議で結論が出たらしく、彼はこちらを見てから自分自身の事を指さし、レオと言った。自己紹介ならできると安堵して、僕も名乗った大輔と。ただ、発音しにくいらしく最終的にはダイになったけれど。
レオ達がどこかに僕の事を連れていこうとしているらしく、僕はレオの先導に従ってついていくことにした。彼らがどういった立ち位置の人間か分からないのでどう対応することが正しいのか分からなかったからだ。武装が許された人達であれば下手をすれば自警団かもしれないし、私兵かもしれない。武装が統一されていないから軍隊ということはないと思う。そして、なにより逃げた所で逃げ切れるとは思えなかったし、どこに逃げていいのかも分からなかったからだ。だから、僕は大人しく付いて行った。
警戒しながらだったから余り周囲の様子は確認できていないけれど、それでも多少は目に入る。エルフらしき長い耳の人、ずんぐりむっくりだけど筋肉質なドワーフみたいな人、そして、さまざまな獣の耳や尻尾がついた獣人のような人達。明らかに地球ではない。やっぱり異世界かと1人肩を落としていると、レオが心配した様子でこちらを見てくる。少し速度が落ちていたようだ。駆け足でレオまで追いつくとそれを確認したのかレオは先ほどよりも歩くペースを落として歩き出した。レオについてきて正解だったのだろうとこの時僕はそう思った。
歩くうちに段々肉を焼いたような匂い良い匂いがしてきた。もしかしたら落ち着いて話をするために食堂か何かに入るつもりかなと推測していると、目の前に大きな木の門が見えて来た。街中なのに門があるのかと不思議に思いながらもレオ達に連れられ門をくぐると、そこには食堂らしき建物がずらっと並んでいた。食堂街みたいなものかと納得しながら何気なくある店の看板を見ると、そこには角ばったこの国の言葉であろう文字で何か書かれていた。だけど、僕はそんなものはどうでもよかった。だって、その文字の後ろに明らかに漢字で牛丼屋と書かれていたのだから。
看板を指さし騒ぐ僕はきっと周りの迷惑だったと思う。でも、周りのことを気づかう余裕なんてなかった僕は必死だった。あれの看板を書いた人であれば日本を知っていると。駄々をこねる子供のように騒ぐ僕に、レオは落ち着くように手ぶりした。もどかしく思いながらも、とりあえず黙った。そのことを確認するとレオは僕の手を引いて牛丼屋と書かれた店に入る。店内を見て、そこはまさしく日本の牛丼と同じものを出していることに。こんな偶然あるはずないの1人確信強めているとレオはカウンターの奥にいる店員に直接声をかけた。すると、その店員はこちらを凝視した後、慌てた様子で店の外へと走り去ってしまった。
彼女が帰って来るのを待つ必要があるのだろう。レオ達はこれ幸いと開いていたテーブル席を陣取って昼食にすることにしたらしい。そして、僕の分も用意してくれた。お金がないから食べられないといった事をなんとかゼスチャーで伝えようとするも、なかなか伝わらなかったけれど、レオの横に居た優しい顔立ちの男性がレオに何か伝えるとレオも理解がいったらしい。気にするなと言わんばかりに強く肩を叩かれた。僕は頭を何度も下げて感謝の念を伝えると、まだひりひりする肩の痛みを我慢しながら牛丼に箸を伸ばした。あぁ、箸もあるんだなぁと食べながらに気付いたのだった。
牛丼を食べ終わった頃、先ほど出ていった店員に先導され、高そうな服を着た女性がやって来た。そして、僕の事を見て何か納得した様子で声をかけてきたのだ。
「はじめまして。あなたは日本人ですか?」と。
「は、はい。日本人です!」
そう答えた以降の記憶はあいまいだ。安心したのと興奮しすぎていたのだ。だけど、分かったこともある。僕は彼女に保護されることが決まったという事を。
日本語を話した彼女、セシリアに保護されることが決まってから僕はたぶん、恵まれた生活を送っていたのだと思う。朝起きると、朝ごはんが用意され、それがすめばセシリアさんが言葉を教えてくれる。でも、彼女も仕事があるらしく昼ご飯が終わった後には違う侍女らしき女の子が来てくれて、家具や道具の使い方を身振り手振りで教えてくれる。あとは晩ご飯が済んだ後は借りた絵本を眺めながら文字の習熟に努めるといったものだ。
初日はまだ異世界に来てどのようにするか分からなかったので言われるがまましていたけれど、流石にそんな生活が1週間も続けば異常なくらい厚遇されていることが分かる。それに、3日以降はそれとなく何か手伝えないかといっても客分だからといった理由で断られてしまったのだ。だけど、いいかげんなんとかしないといけないと思いセシリアさんに思い切って再度言ってみる事にした。やっぱり、なにか手伝えないかと。
「すみません。もう少し待ってください。私達のご主人様の手紙待ちなのでそれがくるまでなんともできないのです」
セシリアさんがさも申し訳なさそうな顔をしながら言うのを聞き追及を止めたくなるけれど、今日こそはと決意し疑問点を聞きだす事にした。
「それでも、そのご主人様と同郷ということだけで客分扱いなのは悪いと思うんです。皆さん働かれている訳ですし……僕だけ何もしないというのは」
「その点であれば気にしないでください。うちの従業員の大多数は奴隷です。ですので、働く事は当然のことであり大輔様が気にされることではありませんよ」
「ど、奴隷ですか?」
まさか周りにいた侍女達が奴隷だったのかと衝撃を受けるが、セシリアは何故大輔が驚いているのか不思議そうに首を傾げていた。だけど、奴隷という存在が日本にはないと聞かされていた事を思い出し理解の色を示した。
「その、大輔様が想像されている奴隷というのは、ご主人様の為にこき使われ、一生酷使されるようなものですか?」
「……はい」
「ならば、奴隷というものに難色をしめすのも理解できます。ですが、ご安心ください。こう見えて私も元奴隷ですし、私達のご主人様は大輔様が想像されたような行いはなさっていません」
くすりと笑いながら思いがけない事実を告白したセシリアを大輔はまじまじと見つめた。そんな大輔を面白そうに見詰めていたが、笑みを消しセシリアは真面目な顔に戻る。
「普通であれば酷使される。それがこの国でも、そしてこの大陸でも自然なことです。でも私達のご主人様であられる和也様は自分の買われた分を返済すれば解放してくださるのです。それに、頑張って働けば奴隷であっても休暇も多くもらえたり、お小遣いも多く支給されたりしますのであんまり不自由はないんですよ? ですから、奴隷ということで憐れんだり同情したり、ましてやご主人様に対してその点で非難することは止めてくださいね?」
あまりのセシリアの迫力に大輔は頷くことしかできなかった。そうして、この日も働くという言質は取れず与えられるままの生活を送ることになった。結局、こうした日々が終りを告げるのは、もう少し先のことになりそうだった。
大輔が案内役の女の子に連れられて、同郷の日本人が経営する食堂街にある定食屋さんに来ていた。店の奥側にあるテーブル席が大輔の為に予約席として開けられており、混雑している昼時でも普通にのんびりと食事することができそうだった。こういった店に来ることになったのは大輔の気晴らしきにならないかと思い、セシリアが勧めたからだ。彼が客分である以上。従業員用の食堂で奴隷や従業員と一緒に食事をすることは許されなかった。けれど、ここに来たばかりの彼に友人もいるはずもなく、また言葉が分からない以上作る事もできなかった。ゆえに、食事時くらい外に出てみるのも良い刺激になるのではとセシリアの善意により外で食べる事になったのだ。
そうして、付き添いの女の子にメニューの内容を教えてもらい2人でトンカツを食べていると、何やら外が騒がしくなってきた。ふと、仕切りから顔を出し外を見ると黒髪黒目の大学生くらいの男がこちらに向かって歩いてきていた。こちらの世界に来て始めて見る組み合わせ。あぁ、彼が僕を保護してくれている人なんだと思い挨拶しなければと席を立とうとした所、向かいの席に座っていた彼女が深々と頭を下げている姿が視界に入った。出遅れたと焦り急ぎ立とうとすると、僕の目の前に既に到達した男性、斎藤和也さんが手でそれを制した。
「立たなくても良いよ。あー、席を変えるから立ってもらう必要はあるかぁ。だけど、かしこまらなくて良いよ。楽に……というのは無理かもしれないけれど、突然こんな状況に置かれた同じ日本人としてはそこまで気を回してもらわなくても気にしないから」
「あっ、はい。お世話になっています!鈴木大輔と言います。よろしくお願いします」
やんわり笑いながら斎藤さんは礼儀無用というが、それでもお礼をいうと彼は苦笑しながら受け入れてくれた。
「報告で聞いているよ。色々大変だったようだね。知っていると思うけど俺は斎藤和也という。普通に和也と呼んで欲しい。ここだと爵位の関係上、斎藤という名前は名乗れていないからね」
はい、と意気込んでいう僕に1つ頷くと、和也さんは行こうと言い歩き始めた。僕は、付き添いの女の子を置いて行っていいのかと一瞬悩んで彼女に目をやったが、彼女は頭を左右に必死に振るだけだった。どうやら、主人との上下関係は絶対のようだ。僕は和也さんに遅れないよう少し急ぎ足で彼の後を追った。
和也さんに連れてこられたのは、和也さんが経営する食堂街の中でも奥の方にある高級店の一室。置いている小物が微妙に高そうな物ばかりでびくびくしながら勧められるがままに腰を下ろす。彼の後ろに付き添っていた侍女だろうか、きりっとした目をしたできる女性といった彼女に彼は何やら言うと、彼女は頷き一礼すると黙って部屋を退室していった。それを目で確認すると和也さんはこちらに向き直って話す体制を作る。
「さて。さっそく本題に入ろうか。大輔君、君は突然この王都に居たと聞いたけれど、その辺りの事情を説明してもらっても良いかな。一応、軽くは聞いているのだけど本人の口から詳しく聞いておきたいからね」
和也さんの質問に、僕は今までこの世界に来てから何度も考えたゆえに経緯をすらすらと伝える事ができた。高校の帰宅途中だったこと。気が付いたらこの場所にいたこと。武装した人達に連れられセシリアさんの下に辿りついた事。いくつか詳しい説明を求められる点があったけれど、僕自身も異世界トリップの原因はなにかと考え纏めていた事なので忘れていることもなく全て伝えられたと思う。そうして、全てを話し終わってから和也さんは何か考えているようだったけれど、考えが纏まったのかこちらを向いた。
「うん。分かった。といってもこっちの世界に来た原因なんてさっぱりだけどね? 俺もほぼ同じようなシチュエーションで来たから。違いと言えば俺は神戸からこの国の辺境の都市に辿りついたのに対して、君が大阪から王都に辿りついたということくらいかな?俺もこっちの世界に来てから権力も金も使い色々調べたけど、結果分からないという事しか分からなかったよ。だから、帰る方法とかも教えてあげられない。ごめんね」
「い、いえ。和也さんの気にされることではありませんから。それに、和也さんが居てくれたからこうして生活できている訳ですし。感謝しています」
帰れないことはたしかにショックだけど、それは彼がこっちの世界に定住していることを聞いてから半ば諦めていたことだ。だからといってはなんだけど、さほど感情的にならずにすんだ。これからの事を決める方が先決だ。だって、まだ僕はこちらの言語をほとんど話せないから。そんな僕の様子を心配そうに見ていたが、大丈夫そうだと判断したのか彼は話を進める事にしたらしい。
「どうやら落ち着いたみたいだね。俺がこっち来た時なんて3カ月くらいはショック受けていたのに。なんか負けた気分」
「そ、そんなことありませんよ。和也さんの所の人が保護してくれて、他にも日本人の肩が居るんだと思うとなんか安心できて」
「それなら良かった。さて、本題に入るよ。君には2つほど選択肢がある。いや、もっとあるんだけれど、その中で俺がお勧めできるのは2つだっていうことかな」
2つですかと聞く僕に彼は頷いた。少ないけれどねと呟きながら彼は言う。
「1つ目は、このまま俺に保護されること。こう見えて俺は辺境伯といって、まぁ伯爵なんだけれど防衛的な関係から、伯爵よりも若干位が高い位置にいるんだ。だから、君1人くらいなら保護することは十分可能だよ。君にとって利点は、日本語を話せる人が俺の側近にはある程度居る事と日本食を食べる機会に恵まれることかな。欠点は、俺にコネを作りたい人とかが大輔君、君に近づいてきたり利用しようとすることとかかな」
日本人は食い意地がはっているからなぁと冗談めかしていう彼に釣られて笑いながら続きを聞く。
「2つ目は、この国に保護されること」
先ほどと異なり、そこで言葉を止めた彼に疑問を持ち質問をする。
「この国にですか?そんなことが可能なんですか?」
「うん。そうだね。可能だよ。この国にはね、異邦人保護制度というのがある。異邦人といっても、隣国のそのまた隣国のそのまた隣国の人くらいから適用されるものなんだけど。まぁ、言ってしまえば知らない知識や技術を持った人間を保護して代わりにその知識とか技能をこの国に役立ててもらおうという制度だよ。日本人はまぁ2人目だから可能なはずだ」
ちなみに、俺はこの制度で保護されたよと遠い目をして言う彼に、僕は何も声を掛けられなかった。だって、彼は僕にとっての和也さんみたいな存在が居ない、まるっきり1人からのスタートだったんだから。そんな和也さんは、気を使わせてしまった事に気付いたようで、ごめんねと言い話を再開する。
「そんなに悪くない制度なんだけど、俺のせいもあって勧められるかどうか分からないんだよ」
「和也さんのですか?」
「うん、そう。実はこの国に来た時、姉さんの頼みで、大学の料理サークルの本の片づけをしている時でね。台車に大きな段ボール3つ分の本を入れて倉庫に運んでいる最中だったんだよ。で、その時にこっちに来てしまったのだけど、その本の中には顧問の先生が農政学を専門とする教授だったらしくて農業関係の本や食の成り立ちなんていう本も多くてね、その情報を使って飲食関係に成功している訳だよ。そして、それらの情報は基本的に信頼できる部下に日本語を教えて日本語で伝えているんだ。だから、そういった情報を知りたい人からすれば君は暗号解読者となるからすごく使い勝手の良い人材に移るんだ。下手したら王宮内にいると利用されるかもしれない。ごめん」
そういって頭を下げて謝る和也さんに頭を上げてもらうように頼む。彼もこちらの世界に来て必死に頑張った結果、そうなっただけで僕を陥れるためにやった訳じゃない。僕だって、同じ状況だったらそれらの本を利用できるならしていたと思う。だから、責める気になんてならなかった。空気をかえる目的で僕は他の選択肢について聞いてみた。すると、和也さんは少し悩んだ様子だったけれど答えてくれた。
「大輔君は帰宅途中にこちらの来たんだよね? だったら、鞄の中に教科書とか入っているよね?」
頷いた僕に、どんな教科の教科書が入っているのと聞いてきた。こちらの世界に一緒に来た本たちは不安になった時に眺めていたこともあり、悩む事無く伝える。国語、数学、英語、日本史そして世界史と。そう答えた僕に彼は理解を示した。
「なら、成功するかは不明だけれど、商人や貴族にその情報を上手く売る事ができたら彼らに取り入ることも可能だと思う。後は、一応俺はこの国の防衛的な仕事しているから、俺が側近とかとの間で使う言葉、つまり日本語の情報を持って隣国へ渡れば高く買い取ってもらえると思うよ?」
失敗すれば監禁とかされると思うけど。と和也さんがさらりと言ってのける時点で、彼もこの世界の価値観で生きるているんだなぁとつくづく感じた。そして、和也さんが選べる選択肢が2つしかないといった理由がよくわかった。僕自身の安全をある程度確保できるのは2つだけだから。そして、自分の下に置く場合も欠点まで教えてくれる。すごく優しい人だと感じた。だからこそ、思う。僕がお世話になるだけで、何も返せないかもしれないと。不安な気持ちが顔に出たのか、どうしたの?なんて聞いてくれる和也さんに思っている事を伝えることにした。
「いえ、和也さんに保護されるのは魅力的なんですけど、返せるものがなにもなくて申し訳ないと思いまして……」
口ごもりながらいう僕に、和也さんは大した事ではないといった様子であっさり言う。
「別に同じ日本人として日本の話とか聞かせてくれたら良いのだけど。まぁ、気になるなら、色々情報を売ってくれたら良いよ」
「情報ですか?」
「そう、情報。さっきも言ったけど、教科書は良い情報となるよ。国語の教科書だったら側近の日本語勉強の教材になるし、英語とかだったら新たな暗号の材料となる。数学とかは計算に役立つし、他の学問に役立てる事も可能だよ。日本史とか世界史は資料集とかがあれば、美術品を始めとした着物そして武器の絵なんてものも参考になるんだよ」
他にも、歌とか物語の内容とかでもこちらの世界ではない物だから売れる情報だよと和也さんは教えてくれた。なるほど、確かに言われてみればそう思えた。なら、これらの教科書は和也さんに渡そうと思った。そして、それを伝えると怒られてしまった。初対面の人間を信用し過ぎだと。
「まぁ、人を信じることは美徳なんだけどね。利用されることも気にしておいた方が良いよ。だから、情報の対価とかは後で決めるとしてきちんと受け取るように。保護されるだけで気になるなら、その対価から滞在費とか払ってもらえば良いし、対価に滞在費とかを含めてもよいよ。一応、この世界ではお人好しでいると喰われることが多いから気を付けないとねー」
「はい。気を付けます」
「よし、じゃあ話は終了。さっきはご飯の最中に連れ出したからまだお腹すいているでしょ?」
はいとうなづくと、和也さんはテーブルに置いていた鐘を鳴らすと1分ほどして料理が運ばれてきた。その早すぎる登場に驚いていると、既に用意させていたんだよと悪戯を成功させた子供のような顔で笑われてしまった。
そうして、和也さんの所に身を寄せる事が決まって翌日には王都を出発して和也さんの領土、トリヤーナ領に向かった。馬車は和也さんが乗る伯爵専用馬車だったため非常に快適であったけれど、伯爵と同じ馬車に乗るためにと用意されたゴテゴテした服はすごく着心地が悪かった。キッチリした服ということもあるけれど、なにより高そうで汚したらすごく悪そうな気がして食事する時も気が気じゃなかった。そんな事を言うと、それは既にあげたものだから気にするなと和也さんに笑われたけれど、いきなり慣れるなんてできるはずもなく肩が凝って仕方なかった。ただ、和也さんと毎日日本の事やこの国の事でずっと話していたおかげか、馬車の揺れも気にならず10日ほどの旅程も楽しく過ごせた。
そんな情報交換の中で知った事。それはこの世界には魔法があるということだ。ただ、適性のある人間は少なく、顕在化しているのは1000人に1人くらいで、潜在的に適性がある人間も200人に1人くらいだという。そして、和也さんは非常に適性があったらしく、なかなかに強い魔力を持っているそうだ。その力を持って、王都を襲撃した黒竜を撃退したというのだから相当だ。ちなみに、僕はそこまで魔力はないけれど、一応魔法が使えるらしい。
ただ、魔力が伸びる余地がないかというと魔力の溢れる場所で修行というか魔力の取りこみを行えば個々人によって限界はあるものの魔力を増やす事ができるという。和也さんの伸び率はこの世界の人よりも圧倒的に高かったので、もしかしたら僕も伸び率が高いかもしれないと言っていた。もっとも、その修行する位置はかなり危険な場所で命がけらしいから機会はなさそうだと言ったら和也さんに笑われた。無理やり連れていくから安心しろって。絶対安心できないと思うのは僕だけだろうか。でも、魔力が大きくなると長生きできるし身体能力も強化されるというから運動神経がないと言われた僕にとっては少し魅力的だったりする。あくまでも、少しだけだけど。それにしても見た目がまだ20歳もいないような和也さんが実は50歳を越えているという辺りに魔法のすごさはあると思う。
そんなこんなで、辿りついたのがトリヤーナ領の領主館が置かれているという都市ガレシャだ。木柵で覆われた先には、開拓中と思われる畑や簡易な建物が並んでいた。そうした場所を馬車で2時間ほど通過するとようやく城壁が見えて来た。なんでも、今、都市の増築中らしい。将来的には木柵のあった辺りにも城壁を築くらしいけどその完成は5年は先になりそうだという。なかなかに大事業の予感がした。
城門に近づくに連れ、道には馬車や人が行きかうようになっていたけれど、僕達の乗る馬車を一目見ると皆道を譲ってくれるので待たされる事もなくすいすいと門をくぐる事ができた。門の所でされているという検査もパスできるほどだ。やはり、伯爵というのはすごいんですねとい言うと、人の家に行って、その家の家主に喧嘩を売りたいと思う?と言い放たれた。確かに、普通の人であれば躊躇する。なので、やっぱり領主ってすごいんですねと言い直しておいた。なにやらツボにはまったらしく大爆笑された。
都市の中は王都よりも派手な建物が多くそういう文化のある地域なのかなと思ったけれど、ただ単に観光地化しているからだという。和也さんの領地には温泉が出ている場所が結構あるらしいのだけど、今までそのお湯に入る文化がなかったそうだ。だけど、和也さんがというよりも伯爵が喜んで入っていく姿を見て、お付きの者も恐る恐る入り出したことが観光地化のきっかけだというから何が幸いするか分からない。今までは、臭いお湯の出る地域で、なおかつ近くに強い魔力が湧く山脈が連ねていることもあり魔物も多く出現し、なかなかに住み辛い地域だったらしいけれど、和也さんの積極的な魔物討伐と道の整備により観光客が増えてしまったそうだ。防衛的に重要な地点にも関わらず。そのせいで2つほど新たに砦を作る事になり余計な出費が増えたと和也さんは嘆いていた。だけど、この都市の収入源の2大主要財源の内の1つが観光客収入というのだから悪い事ばかりじゃないはずだ。
きょろきょろと馬車から外を窺っていると、いくつか煙が出ている建物が見えて来た。どうやら温泉の施設らしい。ただ、どの建物も和風っぽいというか旅館ぽいというかどこかで見覚えのあるような感じだったので確実に和也さんの趣味が入っていると思う。だって、ここまでに日本のコンビニっぽいマークの看板を出している店とか、道路に立っている日本で良く見る交通標識とかも見かけたから。この領地は日本かぶれになっているものが多そうで微妙に怖い。
そうやって、街の観察に時間を費やしていく内に、だんだんと大きな建物が多くある地域にやってきた。和也さんが言うには領主館の周りにある役所とか商会の本部とかがある場所だそうだ。言われてみれば、先ほどよりも装飾が多い馬車や豪華な服を着た人が多く見受けられた。ただ、どんな豪華な馬車でも和也さんが乗るこの馬車とすれ違う際には場所を譲るのだ。にこにこ笑っている和也さんは怖そうには見えなかったけれど、その避けていく人達を見て僕も和也さんを怒らせる事だけは絶対にしないでおこうと決意した。
その後は、何事もなく領主館につき、客室の1つを与えられた。そして、日本語を話せるという侍女を1人専属に付けてくれることになった。小柄だけど栗色の髪の毛が似合う女の子だ。どうやらこの女の子、リンダさんは僕の家庭教師役も務めることになるというのでしっかり頭を下げてお願いしておいた。女の子には嫌われると大変だから色々気を付けようと心に刻み込む。内心決意する僕に、こちらこそよろしくお願いしますと彼女は僕よりも遥かに綺麗な礼をみせた。やっぱり、本職の人には勝てないようだった。
そんなこんなで領主館で暮らし始めて3カ月ほど経った。今では、単語レベルだけどようやくこの国の言葉も少しずつ分かるようになり絵本などで文字を学んでいる最中だ。といっても、ただ勉強をしていただけではなかった。お仕事といって良いのか分からないけれど、リンダちゃんの通訳を通して僕は僕の持っている情報を売っていた。
楽師の前で、歌を披露してみたり、吟遊詩人の前で知っている英雄伝などを話してみたりと挙げればキリがないけれど役に立つと思われる知識は色んな形で還元できていると思う。それに、情報を売る度にこんなにも貰って良いのかというほどお金がもらえたりする。使えると判断されれば歌1つに金貨5枚とか値段をつけてもらえたりするんだ。一般家庭で夫と妻が共に働いて稼げる金額が良くて年収が金貨50枚ということを考えれば、すごく高収入なんだと思う。まだ物価はいまいち掴み切れていないけど日本円にして金貨1枚は10万円に相当する金額ではないかと僕は推測していた。
他にも、教科書は1冊金貨100枚で買って貰えたし、予想以上に利益を上げれたら追加報酬もくられるらしい。そして、教科書の販売分で5年間は衣食住の面倒を見てもらう契約を結んだ。和也さんはもっと要求して良いと言っていたけれど、色々高く買ってくれているし、何も言わなくても着替えとか小物とか必要だなぁと感じたものも次の日には用意されていたりする。そんなに厚遇されているのにも関わらず、もっと欲しいとか思う事もなかった。
それに今の生活に僕は特に不満を感じていなかった。仕事の時間や語学の勉強を除けば、和也さんと談笑したりリンダちゃんと観光したりと色々楽しめていたからだ。ただ、観光する度に思う事がある。この領は毒されていると。日本にあったようなコンビニ的な店や飲食チェーンが軒を並べているんだ。それに、ごく自然と格安な衣服を販売する店とかがあったりする。リンダちゃん曰く、昔は注文して作ったり古着を買ったりするのが主流だったけれど、最近はサイズ毎に安い値段で買えるから助かっているとのことだ。
だからだろう、その店にあるのがTシャツ風の服やジーンズ風のズボンだったりするのは。もちろん細部は違う。きっと、詳しくは知らないけれど職人に試作させて作り上げたのだと思う。でも、Tシャツジーンズ姿のエルフがハンバーガーに齧りついている姿は見たくなかった。ただ、救いはまだそこまで普及していないことだろうけど、時間の問題な気がする所が恐ろしい。
それに、最近、よく僕に対して試食のお仕事が舞い込むようになったことがその恐怖をあおり立てていた。なぜなら、僕の知っている最近流行った食べ物や、和也さんが持ってきた料理本で材料などの問題でまだ再現できていない料理の試食をお願いされるからだ。どこまで、異世界で日本文化を追い詰めているんだろうと思ってしまった。だけど、カレーの味見だけで銀貨10枚貰えて、具体的な指摘を出せたら追加で金貨1枚は貰えたことから和也さんの本気度は読みとれた。彼はきっと本気に違いないと。
ただ、満足する反面、僕は最近微妙に物足りなさを感じていた。もちろん、恵まれた生活をしていることは理解しているし、こんなことを思う事自体どうかと思うけれど、それでも言いたい。異世界に来たはずなのに異世界だという感じがそこまで感じれないのが残念だと。トリヤーナ領以外ならまだ残っているのだろう。王都では食堂街から出る事はほとんどなかったから分からないけれど、きっと異世界っぽい世界が広がっていたんだと思う。
けど、トリヤーナ領は駄目だ。確かにファンタジーな生き物であるエルフやドワーフそして獣人なんかは居る。だけど、その生活の中には日本文化が確実に根付いていた。温泉から出て来て腰に手を当て瓶に入った牛乳を飲むおねーさんとか、定食屋でお子様ランチについている国旗を見て騒ぐエルフの子供、さらには、凧揚げの練習をしているドワーフなど。そんな姿を僕はあまり見たくなかった。
そう、このトリヤーナ領はもう駄目だ。住みやすいけれどもはやここは外国にある日本人街みたいなもので異世界ではない。そんな気がしてきたのだ。贅沢なのだろうけど僕は思う。ありのままの異世界をそのままの姿で見てみたかったと。
テーマ『日本人がトリップした世界を普通の日本人が見たらどう見えるか』という話。
少し説明チックになってしまいました。