極限の赤色
「まったく、アスラは何をしておるのだ!この老体に無理をさせおって・・・」
破壊神の足元には約四万の師団兵が動かず倒れていた。今から数分ほど前、デスサイド上空に飛び出した破壊神の前に東部から攻め込んできた第二・五・十・十一師団が現れた。東部制圧に向かったフェンリル、ヴリトラ、アンフィスバエナはすでに息絶えて戦線離脱している。破壊神は迫り来る師団に闘気を高めるとその背後には巨大な隕石を創りだした。それは一瞬の出来事だった・・・約四万の師団兵は悲鳴や叫び声を出す事もなく巨大な隕石により壊滅へと誘われたのだ。その代償に破壊神から生気は失われ、老いた身体に戻っていた。すっかり足止めを喰らった破壊神はその場を去っていく。
タカヒトとミカそれにリディーネの目前に神剣サリタリオンの刃先を向けたケインが笑みを浮かべて立っている。すでに死を覚悟したリディーネ、ミカは涙を浮かべながらタカヒトに声をかけた。
「タカちゃん・・・ポンマンが、ポンマンが・・・・タカちゃん・・・?」
「・・・我は絶大なる力を・・・持つ者なり・・・」
「タカちゃん・・・?」
「怒りを開放せよ・・・・さすれば我が絶大なる力を得よう・・・・」
「・・・・・?」
遠くを見つめながらモゴモゴと口を動かすタカヒトの行動はミカから見ても異常だった。突然両腕をあげたタカヒトの身体は真っ赤に輝きを放ち、その姿は燃えて消えてしまうようにも見えた。真っ赤に染まったタカヒトの異常な行動に警戒したケインは神剣サリタリオンを振りかぶると瞬時に接近し、その鋭い剣先をタカヒトの頭上に振り下ろした。しかし真っ赤に染まった輝きがオーラとも結界ともいうべきその輝きがケインの鋭い斬撃を止めた。
「・・・やるな。ならばこれならどうだ!」
更にケインは向日葵色の闘気を高め、剣先に力を込めるがそれでも真っ赤に染まったタカヒトを斬り裂くことは不可能だった。
「バッ、バカな・・・・ありえん・・・」
ケインが驚愕すると距離をとった。真っ赤に染まったタカヒトはケインを睨むと口を開いた。それはミカの知るタカヒトの声ではなかった。
「我は絶大なる力を持つ者・・・・我に逆らうは貴様か?」
真っ赤に染まったタカヒトは瞬時にケインに近づく。右手をそっとケインの胸元に近づけると激しい衝撃を受け吹っ飛んでいった。地面に叩き付けられたケインは体勢を整えなんとか立ちあがるが胸に違和感をおぼえると口から大量の血を吐いた。生まれ出でて味わったことのない激痛、ケインは近寄る影に気づき顔をあげるとそこにタカヒトが立っている。
「ゲハッ・・・・ぐう・・・おおぉぉ~。」
恐怖に歪んだ表情のケインは上空へと移動した。そして真っ赤に染まったタカヒトを見下ろすとその場から飛び去った。
「ハァハァ、なんなんだアレは?こんなことなど有り得ん!ハア、ハア、ハア、まあ、いい・・・態勢を整えるか・・・奴がいかに強くても俺のスピードに追いつけるわけがない・・・!!!」
六道の世界で最も速い最速のケインに追いつける者などいない・・・はずだった。
「追いつけないとは・・・我の事か?」
「バッ、バカな!うげぇ~~・・・ゴハッ!」
高速で飛行するケインの横を真っ赤に染まったタカヒトが平行に飛行していた。驚愕の表情を浮かべたケインは簡単にタカヒトの接近を許すと腹部に強烈な衝撃を受けた。真っ赤に染まったタカヒトは右膝を突きあげると九の字に折れ曲がったケインは苦悶の声をあげた。
「なっ、んだと・・・!うごぉ~~~。」
息のつく間もなくタカヒトは左脚を振りあげると一気にケインの頭に踵を振り下ろした。急落下していくケインが地上に激突すると地面が陥没した。真っ赤に染まったタカヒトが地上に降り立つとケインも立ちあがるが膝はガクガクし右腕は折れているらしくブラブラとしていた。
「おっ、おのれ~・・・・!」
ケインの脳裏にミカの存在が浮び、逃げるようにその場を飛び去った。飛び去った先でイザークの横にいるミカとリディーネを発見した。瞬時にリディーネを突き飛ばしミカの首に左腕を回すと後を追ってきたタカヒトに叫んだ。
「ハァハァハァ、形勢逆転のようだな。
動くんじゃねぇぞ!動いたらこの刃が・・・!!!」
「刃とは・・・これか?」
「あうっ・・・」
ケインはタカヒトが神剣サリタリオンを握っていることに驚いた。スピードも何もかもが上をいくタカヒトに初めて覚えた恐怖感。ミカを押し飛ばすとケインは何もかも忘れただ逃避行動へ、上空へ向かって飛び去っていく。
「・・・・返す。」
真っ赤に染まったタカヒトは神剣サリタリオンの剣先を逃げるケインに向けるとそれを投げつけた。ドスッと音が聞こえるほどの衝撃が伝わってきた。腹部に突き刺さった神剣サリタリオンを抜くこともなく恐怖に支配されたケインは痛みを堪えて必死に逃げようとした。
「我に逆らう愚かな者に・・・与えよう。」
ケインに対し真っ赤に染まったタカヒトはミカ達から少し離れるように歩いていく。真っ赤に染まった輝きが一層激しく輝きを増して両腕を必死に逃げようとするケインに向けた。
「赤玉極限闘気 ゼタアグニギガスト!!」
強烈な火炎とも波動とも見える一閃の光が逃げるケインを一瞬のうちに消し去った。タカヒトはそれを少しずつ西部に向けると天道の第一・四・六師団を壊滅、第七・八師団をも壊滅させた。その光景は破壊神からも確認できた。
「最終形体へと進化したようじゃの・・・・」
最強剣士ケインの敗北と師団の壊滅に撤退した天道軍に対して地獄軍もデスサイドまで後退していった。真っ赤に染まったタカヒトはケインを倒してほどなくその輝きを失い元のタカヒトに戻った。それから間もなくして破壊神が到着した。リディーネは涙を浮かべながら破壊神に抱きついて離れなかった。ミカはそんな破壊神に一部始終を報告すると黙って話を聞いていた。
「疲れたであろう。どれ、戻るかの。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
破壊神と共にデスサイドへと戻ってから数日が経った。天道軍は一時撤退したがデスサイドはかなりの被害を受けておりもはや鉄壁の要塞とはほど遠いものだった。ミカは傷ついたリナ、てんと、リディーネはデュポンの看護に追われていた。タカヒトにも手を貸してほしいと辺りを捜すがどこにもタカヒトはいなかった。
「ふう、忙しい・・・アレ、タカちゃん?」
ミカが部屋を出てタカヒトを探していたその頃、タカヒトは独り部屋で赤玉と白玉、紫玉と話をしていた。
(俺様もよくわらねぇんだけどなんかこう開放されたっていうか
・・・よくわかんねぇや!)(赤玉)
(でも、あの力って凄かったよね。あっ、別に赤ちゃんが凄いって意味じゃないよ)(白玉)
(どちらにせよ我々にも想像もつかない力があるということだな。もちろんそれにはタカヒトの力が必要不可欠なのだが・・・。)(紫玉)
(まっ、そういうこっちゃ!タカヒト、これからも頼むぜ!)(赤玉)
「・・・・うん」
(なんだ?元気が・・・)(赤玉)
赤玉が言葉を言いかけると紫玉がそれを止めた。それ以上の言葉は掛けずに紫玉と白玉は赤玉を連れてタカヒトの意識の奥深くに戻った。部屋に独りになったタカヒトは椅子に腰を下ろすと黙ったまま俯いていた。
「・・・・うっ、ううう・・・」
ポンマンとの思い出が頭の中を川が流れるように現れるとタカヒトは涙が止めどなく溢れてくる。タカヒトの事が気になったミカが部屋に入ってくるとタカヒトは涙を拭いた。背を向けるようにタカヒトは座っているとミカはゆっくり歩み寄ってくる。横に座ると何も言わずにそっとタカヒトの手を握った。
「ミカちゃん・・・あのね・・・うっ、うう・・・」
タカヒトは涙が止まらなくなり大きな声をあげて泣き出した。そんなタカヒトの姿を見てミカの頬からも涙が流れる。涙とポンマンへの思いでいっぱいになった部屋は時間だけがゆっくり流れていく。
それからさらに数日経過してもタカヒトは部屋を出ることもなくずっと椅子に座ったままだった。ミカはてんとの介護に汗を流していた。ポンマンの死を身体を動かすことで紛らわしたかったのかもしれない。リナとデュポンは食事を取るほど回復していたしデュポンにいたっては飛び回っていた。リナもデュポンもこの時ポンマンの事をミカから聞いた。驚き、悲しみにくれたが破壊神の体調も思わしくなく次なる天道軍の行軍に備えなければならなかった。リナは悲しみを胸に隠して準備にリディーネは破壊神の看病に徹した。
「パパ・・・気分はどう?」
「大丈夫じゃ・・・おまえはどうなんだ?」
「アタシ?アタシはこの通りピンピンしてるわよ!」
「フォ、フォフォ・・・そうか、それは良かったの・・・ゴホッ!」
「パパ、無理しないでね。」
リディーネは破壊神の掛け布団を直すと水につけておいた布を絞り破壊神の額に優しく添えた。しばらくして破壊神は眠りにつくとリディーネは涙が止まらなかった。部屋にアスラが入って来るとリディーネを連れて外へと出て行った。
「リディーネ様、申し上げ難いのですが・・・。」
アスラによると破壊神の体力は限界に近いと伝えられた。長きにわたる猛毒の蓄積に闘気を開放した事で身体が活性化され猛毒の侵攻を早めた。内臓はすでに侵されて手の施しようがないらしい。汗を拭く水を替えようとリディーネは石畳の廊下をトボトボと歩いているとリナとデュポンが走ってきた。
「てんとの意識が回復したらしいわ!」
三人は急いで看護室へと走っていった。部屋に入るとミカがてんとの付添いをしていた。てんとには意識があり完全に回復しているように見えた。互いの無事を喜んでいる笑顔がその場を和ませた。するとタカヒトがいない事に気づいたてんとはミカに尋ねた。
「ミカ、タカヒトはまだ良くないのか?」
「タカちゃんは・・・心の病が治らないの。」
「心の病?」
てんとはポンマンの死をここで知ることになる。和んでいた場は静まりかえり誰一人として言葉を発する者はいなかった。ポンマンはそれだけ皆にとって大切な仲間でありなくてはならない存在だった。夕食を終えたてんとは独り夜空を見つめるタカヒトの部屋に入った。
「てんと、意識が戻ったんだね!・・・ゴメン、僕知らなくて・・・。」
「・・・ポンマンのことは聞いた。」
タカヒトはその名を聞くと下を向いて黙り込んでしまった。てんとも黙って夜空の星を眺めているとタカヒトは口を開いた。
「てんと、あのね・・・僕・・・・」
その内容はタカヒト自身がポンマンを殺したといったもので自分に力があればポンマンを死なさずに済んだと自身を責めるような言葉を言い続けていた。てんとは涙ながらに自分を責め続けるタカヒトの言葉を黙ってずっと聞いていた。話疲れたのか、タカヒトは黙り込むと再び下を向いてしまった。てんとは夜空の星を見ながら口を開いた。
「タカヒトは優しいんだな・・・私が死んだら今みたいに泣いてくれるのか?」
「なっ、何言ってんだよ!変な冗談言わないでよ!」
「冗談ではない・・・
明日の夜空を見られるか分からない世界に私達は身をおいている。」
「・・・・・」
明日、生きていられるのかも分からない世界・・・てんとの言葉はタカヒトに考える時間を与えた。それからしばらくして、てんとはタカヒトを残し部屋を出ていった。独り部屋に残ったタカヒトはじっくりと考えを頭に巡らせていた。